2-5 小さな事件
非正規軍事力問題【一般情報】
大戦争のころから表面化した国際問題。
文字通り、国家に属しない軍事力組織の台頭を指す。
ヤタ重工の非個人認証式火器(N-PAA)の普及により、民間であっても各国の軍隊に匹敵するだけの装備を持つことが可能になっただけでなく、大戦争によっていくつかの国が崩壊したことによって元軍人がこれらの組織に所属することが頻発した。
元軍人の参入により、戦術面での知識、技術の向上は少年兵の増加を招く事態となり、各国はその対応を軍縮と並行しながら求められることとなった。
彼らの多くは国から国を転々とし、守りの手薄になりがちな辺境地での略奪行為を働いている。
加えて、近年では船舶を使用した海賊行為も問題視されている。
なお、ここには傭兵を含まない場合が多い。
これは傭兵が、短期的な戦力増強のために国と傭兵が契約するという性質のためである。
大地の龍の住む守護の森の洞窟を出たパルとレイアを月明かりが出迎える。
「体は大丈夫なのですか?」
レイアは不安そうにパルに問いかける。
洞窟内でずっと座り込んでいたために立ち上がった際にふらつき、倒れかけたのを心配していた。
「先ほどは失礼しました…オレ自身、思ったより体が鈍っていたようです。まあ、さほど問題ないでしょう。」
パルは笑顔で答えると、軽く拳を振るう。
その速度は素人のレイアに見えるものではなく、彼女の言葉に嘘はないことがよくわかる。
安心しました。とレイアが答えると、2人は歩き出す。
レイアが森に来た時とは異なり、木々は2人を送り出すように道を作っている。
これも、自然を操る大地の龍の計らいだろう。
簡単に森を抜けた2人は龍の国の王城裏手にたどり着く。
パルとしては約3か月ぶりとなる龍の国だが、見覚えのある一方で、細かい部分がアップデートされている。
「少し…変わりましたね。」
以前に比べ、商店と思われる建物が増えており、テロ攻撃を受ける前の賑わいを感じさせる。
「そうですね。大同盟の交易強化政策の一環として店舗の準備に支援金を出しているのが大きいです。龍の国も教団の被害を受けた場所ではあるので。」
レイアは嬉しそうに語る。
彼女が女王に就任して最初の仕事は国の復興だっただけに、彼女としては、パルの感想は素直にうれしいのだろう。
和やかな雰囲気の2人の前に大型の車が止まる。
「迎えですか?」
パルはレイアを横目で見ながら問いかけるが、彼女は首を横にふる。
龍の国国内である以上、そこまで警戒する必要もないと、2人は考えていたが、車から降りてきた男たちは銃を突きつける。
大型の火器だが使い込まれた様子はない。
かといって、構え慣れていない素人というわけでもなかった。
「動くんじゃねえ。用があるのはガキのほうだ。」
パルは臆することもなく両手を挙げて抵抗の意思がないことを示す。
相手の目的がわからない以上、下手に手を出せない。
レイアもそれをわかっているのか、素直に車に乗る。
「あー?ちょっといいかな?君ら何の用かな?」
パルは自分に銃を突きつけている男に問うが、答えは帰ってこない。
レイアの方に目を向けると、彼女は頷いた。
パルはすぐさま彼女の考えを理解する。
生け捕りにしろ。
こうした状況でレイアに対して即座に危害が加えられる可能性は低い。
暗殺であれば銃を突きつける必要はなく、それ以前に車でひき殺せばいい。
それに、彼らは誘拐した少女が龍の国の女王だと気づいていない。
メディアへの露出もそれなりある彼女だが、それらは煌びやかに着飾った姿であり、一般庶民と変わりない衣装では気づきにくいというのはある。
そもそも、こんな時間に女王が重装備の護衛もつれず外出していること自体が、異常でもある。
総合すると、彼らは身代金目的の誘拐犯であり、抵抗がなければ危害を加えない。
彼らの犯罪が秀逸なのは近くにいたパルまで攫うのではなく、目撃者としておいていったことにある。
これにより、誘拐したレイアから情報を引き出すことなく身代金の払い手まで情報が行く。
手慣れた連携や持っていた銃が高価な大型火器であったことから彼らの犯行は初めてではない。
これまでも同じようなやり方で大金をせしめてきたのだろう。
しかし、今回だけは相手が悪かった。
攫ったのが龍の国最高クラスの要人であるレイアであり、一緒にいたのは龍の国はおろか世界で最上位クラスの実力をもつパルだったのだ。
パルは、車が走り出したのを見送ると、最高速に達するまで待った。
最高速まで達した車は簡単に止まれない。
何より、レイアを守るために自分が追いかけだすのを見られたくなかった。
最高速になれば、車に乗っている人間はパルから視線を切る。
当然、彼女の視界からも車が消える。
しかし、大地の龍の血を持つ彼女にとって、大地の上を走る車を探知することは容易だ。
パルは足元から大地の様子を知る。
最高速に達した車。
逃走しているだけに規定を守っていないが、それは問題にならない。
パルは、足に力を込めると、龍のもつ鱗のように変化する。
彼女が自身の身体能力を最大限に発揮する際に見られる現象だ。
龍の足が大地を蹴った。
車の初速どころか最高速など相手にならない一歩。
そのまま風を追い抜くように地面を蹴り、そのたびに加速していく。
パルの目が車をとらえると、速度に乗ったまま踏み切る。
高く跳躍した彼女は車のボンネットに着地する。
唐突に衝撃をうけ、運転手が反射的にブレーキを踏み込む。
車が停止したとき、すでに彼女の姿はボンネットにない。
慌てて、1人が後部座席の扉を開け、飛び出そうとする。
しかし、その右足が地面につく前に龍の足が、彼の側頭部を蹴りぬける。
蹴った勢いで回転しながら着地するパルと異常な状況にあっけにとられる男たち。
パルは視線を走らせ、人数を確認する。
前後3列、7人ほど乗れる車種ではあるが、最後尾には荷物が積まれ、乗っているのは5人。
そのうち、1人はレイアで、もう1人は今、蹴り飛ばした。
レイアに危害が加えられた様子はないことに安堵した。
誘拐という一大事ではあるが、彼女はパルに絶対の信頼をおいているがゆえに動じた様子もない。
あと、3人。
このうち、真っ先に冷静さを取り戻したのは運転手だった。
ダッシュボードから拳銃を取り出すと、パルに向ける。
彼女は運転手は優先しない。と判断を下す。
いまだ、混乱の中にいる男2人。
ちょうど進行方向に対して左に座っている。
パルは龍の足で地面を蹴りだすと、車の後列あたりに蹴りを放つ。
当然、車はボンネット側を軸にするようにして回転する。
彼女の力加減は絶妙で、車は左側を彼女に向けるようにして止まる。
パルは両手で同時に助手席と真ん中の位置にある窓ガラスを破りながら2人の首をつかむと、強引に引き抜く。
勢いよく窓から引き抜かれた2人を今度はドアに叩きつける。
頸動脈を手で締められながら背中を叩きつけられた2人は呼吸できず、すぐに失神する。
運転席の男は助手席の窓からパルを撃とうとしたが、そこに座っていた男を包み込むように変形したドアが邪魔でそれができない。
さらに視界をふさがれているだけに、パルの動向を把握できない。
「こっちだ。」
男は背後から声をかけられ、振り返るが、その視界を塞ぐようにパルのドロップキックが炸裂した。
彼女はその勢いのまま、車内に乗り込むと、レイアに笑顔を向ける。
「お待たせしました。」
レイアは動じず、笑顔で返す。
パルは失神した4人を車内に乗せられていた麻縄で縛ると、トランクに詰め込み、変形した車を走らせる。
助手席に座るレイアは夜風に頬を撫でられながらパルと他愛のない会話をする。
この何でもない時間が無限に続いてほしいと思ったが、30分もしないうちに龍の国の王城まで戻ってきた。
2人は誘拐犯を常駐の守衛長であるサカラに引き渡し、翌朝、改めて会いに行くと約束をかわす。
名残惜しそうに手を振るレイア。
「今日は本当にありがとうございました。また、明日。」
そう言って、パルは唇を重ねた。
2度目となる今回はレイアも動揺することなく、それを受ける。
また、明日。
振り返ることなく歩いていくパルの背中を見送りながら、レイアは約束を呟く。
そうすることで明日が早く来るような気がした。
執務室に戻ったレイアはコンに声をかける。
どうやらずっと立っていたらしい。
「大丈夫ですか?」
「ひょへぃか!?」
奇声に近い返事をするコンを笑う。
「ずっと待ってたんですか?しかも立ったまま?」
「いやだって…私、はじめてで…」
「悪いこと…しましたね…」
「あっ違います!そういう意味じゃなくて!そういう意味では問題な…じゃなくてえ!いいんですかね!私なんかがへ…陛下からくく口づけなんて…!」
レイアは声を挙げて笑う。
あまりにも動揺する彼女が面白かった。
「私の口づけなんて大した意味なんてありませんよ。誰にでも…いいというわけでもありませんが。」
「そ、それはどーゆー意味で?」
「ふふ。あまり真似してみるものではないかもしれませんね。あの人の口づけはもっと優しいから。」
「パルさんですか?」
頬を赤らめるレイアにコンは状況を思い出しつつあった。
レイアはパルを探すために飛び出したのだ。
自分に口づけして混乱している間に。
「パルの件は心配ありません。」
「どーゆーことです?」
「そのままの意味です。今日はもう休まれていいと思いますよ?それともまだ何か仕事が?」
コンはそろそろ日付の変わろうかという時間になっていることに気づく。
「な…長居しすぎましたあ!失礼します!おやすみなさい!陛下!」
慌てながら速足で執務室を出るコン。
見送ってばかりね。
レイアは呟く。
見送って会いに来るのを待つ。
それが上に立つ女王であると言われればそれまでだ。
しかし、今日は違う。
自分からパルに会いに行った。
あまり経験したことのないことをしただけに彼女はなかなか寝付けなかった。
次回は土曜日。
活動報告更新してます。
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