3-3 矛盾の中で…
守護の森【一般情報】
龍の国の北に位置する森で、同国により、自然環境保護ための指定区画に指定されている。
そのため、入場には相応の手続きが必要になっている上、整備された一部区画のみしか入ることができない。
一説によれば、森の奥には龍の国の兵器試験場が存在しているとされ、日夜、新兵器の性能試験がおこなわれていると言われている。
特に大戦争時代にはそれと思われる光が刃の国などで目撃されている。
森は年中、葉におおわれており、上空からもその実態を把握することができないことから、特殊な木が自生していると思われるが、これも龍の国の生物兵器実験のそれではないかと噂されている。
龍の国の北に位置する守護の森。
様々な内容の噂が絶えない場所ではあるが、その真実はかつて人類によって打ち倒されたとされる『大地の龍』、それが歴史の影で身を潜めるための場所である。
だが真実を知る人間はごく一部で、自然保護区として入場の制限されてもいるこの場所を偶発的に知ることもできないように厳しく管理されている。
この真実を己に流れる黒い血で知ったルビリア・パルは、今、龍が身を隠している洞窟で同じように身をひそめていた。
それは、龍の加護を受けた実父、パーシヴァル・プルトの遺体を守るという使命感からだが、それは建前に過ぎない。
単純に皆のもとに帰りたくない。
父殺しとして、龍の国の生物兵器として、『レギオンの遺産』の継承者として、帰りたくなかった。
ふさぎこむように、地面に座り、膝を抱えたまま顔を伏せる。
どのくらいそうしているのかわからない。
足元に転がるタバコの吸い殻は長さがまちまちだ。
覚悟を決めて戦った。
それなのに心に穴が開いていた。
父は最後まで、いや、もっとずっと前から自分を娘として愛してくれていた。
花の国で再会したとき、そう感じていたはずだった。
だが、父のやろうとしていたことはテロであり、破壊でしかない。
だから止めなくてはいけなかった。
しかし、殺すこと以外に手段はなかったのだろうか。
首にかけられたネックレスを取り出す。
父からの贈り物。
いや、父と母からの贈り物。
成人の祝いに両親が用意してくれたものだ。
だが、それだけではない。
『遺産』につながる鍵でもある。
鍵ということはこれは『遺産』ではない。
一方でこの鍵から逆探知するようにして隠された『遺産』の場所を知ることもできるだろう。
しかし、『遺産』というものは国家間のバランスを崩壊させかねない。
それほどの力を秘めたものでもある。
問題は彼女さえも『遺産』の場所は知らないということだ。
そして、この『遺産』に関する状況を冷静に理解しているからこそはっきりとわかることがある。
投げ出せないのだ。
自分がこれを投げ出せば世界は再び戦乱の世に逆戻りする。
ようやく大同盟という一つの形になりつつある中で、そんなことをすれば、もう二度と世界はまとまることはないだろう。
そんな重大なことに他人を巻き込めない。
そして、そんな自分が外に出るわけにもいかない。
ここで人知れず朽ち果てることこそ、彼女が選んだ答えでもあった。
「それでいいのか?」
彼女の思考を読んでいたかのように声をかけられる。
これまで一言も語らなかった大地の龍が久しぶりに口を開いた。
パルは龍を見上げる。
その目に光はなく、力もない、死人のような目だ。
「それで本当にいいのか?」
再び同じことを問われる。
わからない。
喉から絞り出すような声は声になっていない。
だが、迷いを感じさせる音ではあった。
「ワシはお前の結論を尊重する。お前がこうしていることが肝要だと判断したのなら、それを尊重する。しかし、今のお前は見てられん。」
龍の言葉に、彼女の目は怒りを宿す。
何がわかるのだろうか。
人ですらない。
親などいない。
宿命など背負っていない。
そんなお前に何がわかる。
「睨むのは勝手だ。しかし、迷うなら相談することぐらいすべきじゃないのか?」
「黙れ。」
パルは立ち上がると、龍をにらみつける。
「黙れよ。お前に何がわかる…外の世界に無関心でただここにいるだけのお前に…私の何がわかる!」
「わからんよ。だが、お前の迷いは見える。」
「そうやってわかったような口を聞く…!お前は人じゃない!ただの龍だ!お前には私のことなんて、人間のことなんてわからないんだ!」
龍もさすがに怒りを覚え、声を荒げる。
「貴様こそ人といえるのか!龍の血をもち、人の域を外れた力を持つお前はどうなんだ!ええ!」
龍の一喝に言葉を失う。
人でも龍でもないなにか。
それが彼女だ。
「私は…オレは…違う…だって…人間で…龍で…そうじゃない…だって…」
パルは膝から崩れ落ち、頭を抱える。
人ではない。
しかし、龍でもない。
矛盾する命。
「すまん…言葉が過ぎた…お前が人として生きるのなら、そうすればいい。」
「むりだよ…わたし…は…」
弱弱しい言葉が洞窟に響く。
龍は彼女が人として生きることを強制したわけではない。
ずっと前に彼女自身が選んだことだ。
それを尊重し、肯定してきた。
それは、彼女の決断を尊重した。という部分もあれば、そうするべきである。と判断したからでもあった。
ワシは間違っていたのか。
彼女をここに縛り、龍として歴史の陰に潜み続けさればよかったのか。
答えの出ない問いではあるが、今のパルを見ていると、そう思わざるを得なかった。
龍の国女王、ドラゴ・レイアは執務室で本日の仕事を終えたところだった。
幼いながらも軍事力を背景に世界でも有数の『大国』である龍の国を治めている。
就任直後はトラ教団によるテロ被害の復興が主であったが、それは落ち着き、その次に起こった大同盟軍の結成にかかわる業務も落ち着きつつあった。
それは彼女の優秀さだけでどうにかなるものではなかった。
様々な分野を専門に扱う人材と、彼らが彼女のためにと粉骨砕身の働きをしてくれたからだ。
当然、彼女自身、それは十分すぎるほど理解している。
その優秀な人材の1人にして、自分の友人の1人でもあるルビリア・パル。
大同盟軍の結成、そしてトラ教団との全面対決を経て、帰還することなく、行方を眩ませた彼女の動向。
それは彼女が遺産を持つからではなく、純粋に1人の友人として心配しているものでもあった。
「陛下。よろしいでしょうか?」
開け放っていた入口の扉から声がした。
いちいち返事をするのが面倒で開けたままにしている扉は、彼女が仕事をしていることを示し、職員が彼女に相談することが可能であることを示す。
レイアが頷くと、申し訳なさそうに若い女性の職員が入室してくる。
彼女は陸軍の総括補佐、コン。
総括であるパルの秘書役であるが、彼女が戻らない今、事務方面で彼女の仕事を代行している。
コンはレイアの机の前までくると書類を渡す。
「夜分にすみません。書類は明日にでも目を通してください。常設大同盟軍の作戦報告です。」
レイアは書類を受け取りながら笑顔で頷く。
彼女がわざわざ、明日でもかまわない書類を持ち込んだ理由は別にある。
「端的に申し上げると、風の国の事前調査は問題なく終了、安全確保がなされたとして後日、専門チームが入るそうです。カインさんとハウンドさんは休暇に入られるようで、専門チームの護衛はヤマトさんとオジマさんが担当するとの連絡がありました。」
「ハウンドは帰ってくるのかしら?」
「いえ、休暇といっても滝の国現状調査とのことです。陛下の思惑通り…ってとこですかね?」
コンの言葉に笑みがこぼれる。
レイアのカリスマ性は確かに高いものがあるが、それは崇拝されたり、忠義を尽くさせる。というものではない。
言ってしまえば『みんなの妹』とでもいうべきもので、『偶像』的な意味合いが強い。
それゆえ、彼女の周りでは様々な発言が飛び交い、活発で柔軟な議論が行われる。
優秀な人材が繰り広げる議論に彼女も首を突っ込み、様々な角度から精査する。
手探りといえばそれまでではあるが、彼女自身の成長速度もあって、議論の質は非常に高い。
コンの冗談めいた発言もそういった雰囲気がなせるものであった。
レイアは笑顔で返す。
「そうね。ツスル事務局長の配慮に感謝しなくては。」
コンも笑顔で頷き返すと、一礼して下がろうとするが、レイアは呼び止める。
ビクつきながら、振り返るコンを追い抜くようにして扉へ向かったレイアはそのまま、入口の扉を閉める。
「そんなに緊張することないわ。あなたがわざわざ来た理由…私も多分同じことを考えている。」
レイアはそう言って、応接用のソファーに座ると、コンにも着席を促す。
コンは一瞬、躊躇ったが、頷き、レイアと向かい合うようにソファーに座る。
「パルのことでしょう?」
レイアの言葉に、コンは俯きながら小さくうなずく。
「状況からして生存の可能性は非常に高いです…それに教団も倒した英雄ですよ!なのになんで…」
コンの言葉に嘘はない。
パルは作戦終了の通信を入れてから姿をくらました。
それは彼女がプルトとの対決に勝利したことを示し、生存を示す。
それに、彼女が教団を討った英雄である。というのも一般的に見れば間違いではない。
ごく一部の関係者しか、彼女がプルトの娘であることは知らない。
コンはその関係者ではないがゆえに英雄と称したが、関係者であるレイアからすれば、運命に翻弄された親殺しとして彼女を見ざるを得ない。
それを不憫と感じ、行方を眩ませたという事実は彼女の境遇を考えれば、致し方ない部分でもある。
「貴女の言うとおりね。パルは生きている。それでも私たちを避けるように失踪した。」
「陛下は、何かご存じなんですか?」
コンの言葉を素直に肯定しようとしたのを思いとどまる。
彼女の真実を流布することは自分に真実を話してくれた彼女への裏切りになる。
「ごめんなさい。私に答える権利はないわ。ただ…」
レイアは言葉を切り、ソファーにもたれかかる。
彼女の中にある一つの手段。
それだけは避けたかった。
というより、そうする前に帰ってきてほしかった。
「私って、弱いですね。」
コンの言葉に、衝撃を受ける。
それはレイアの中でくすぶっていた感情を形作る何かに感じたからだ。
「続けて。」
コンは一瞬困惑した様子だったが、俯きながら続ける。
「だって、相談相手にすらなれないんですよ…パルさんが強い兵士だってのは知ってます。それに私にとって頼れる人です。でも、私はパルさんのこと、何も知らないんだなって。私の知ってるあの人はあの人が見せてもいい部分ばかりで、本音というか一番底の部分は誰にも教えてない…そんなに、頼りないですかね…」
コンの言葉はレイアの感情と合致した。
「もっと頼ってくれればいいのにね…パルは私に自分の真実を話してくれました。それは、私を頼りたいってことじゃなかったのかな…それなのに…!」
レイアは感情のままに机を叩く。
「ああもう!あんなにいろいろと相談しておいていざってときは背負いこんで逃げたあッ!?怒った。ありがとう、コン。私もさすがに遠慮しすぎました。」
「えっ!?待ってください?!きっとパルさんにも事情が…」
「関係ないです!冗談じゃないわ。勝手に動いて勝手に逃げて…手のかかる…!」
コンの目には暴走しているとしか思えない様子で、レイアは身支度を整える。
目立たないデザインのお忍び用だが、防弾防刃仕様の衣装だ。
「待って待って!ストップです陛下!いったい何をするつもりですか!」
「ちょっと出てきます。朝までに戻らなかったら捜索隊を守護の森へ。」
「意味わかりま…んぅ!」
レイアは反論しようとするコンの唇に唇を重ね、黙らせる。
レイアが足早に部屋を出るとあっけにとられたコンだけが部屋に残された。
なお、呆けたまま立ち尽くす彼女が発見されたのは4時間後になる。
次回は土曜日。
活動報告更新してます。
Twitter→https://twitter.com/yukks_sousaku?s=21




