3-1 リン
風の国【情報更新:有】
サンヨウ大陸に存在した国家。
軍事産業を中心とした国家であり、大戦争時代にキメラ部隊等を擁したことで大きく躍進。
各種産業の地盤を獲得しただけでなく、その産業の運営も実に堅実に行ったことで大戦争の勝者となった。
一方で同時期にパーシヴァル・プルト率いるトラ教団と関係を持つようになったこともあり、三大国と対立、大同盟結成を契機として対立構図が明確化した。
その後、傘下となった刃の国に即時攻撃を行うことで大同盟軍の主力を撃破しようとしたが、返り討ちにあい、その後の政治的駆け引きにも失敗。
結果として国境付近の産業拠点を刃の国復興のために譲渡させられた上で、官僚陣の即時解雇、行政府の解散がなされ、事実上の解体となった。
カインとハウンドは跡地となった風の国へ来ていた。
この国もかつては栄華を誇ってはいたが、政府、官僚、一般市民に至るまでトラ教団の傀儡となり、汚職と腐敗にまみれていた。
今は住民と呼べるものはおらず、解体されてから2か月という短期間に夜盗に会い続けたこの場所はかつての官庁街『凪通り』だと理解していても実感できない。
「良かったのか?病み上がりなのにこんな仕事して。」
「小生はじっとしているのは好みません。」
「そういうもんか?怪我の具合は?」
「心配には及びませぬ。この程度ならば。」
彼らの眼前には無人仕様の大型ゴーレムが道を塞ぐように立っている。
カインが宝剣を抜くと、ハウンドも獣人となり、駆けだす。
ハウンドはゴーレムに反応させるように目の前で瞬間的に減速、ターンを交えながら後方へ抜ける。
当然、ゴーレムは視認したハウンドを標的に設定し、彼に掴みかかろうとするが、頭頂部から真っ二つに両断される。
「ホントに…元気そうだな。」
彼の想像以上に簡単にゴーレムを倒したカインにハウンドは舌を巻く。
いくら『剣聖』と言えども10メートルはある大型ゴーレムを両断できるものは歴代でも少ないだろう。
彼らの目指す場所は旧トラ教団の本部である古城。
大同盟との戦闘後、旧風の国は刃の国に一部が吸収され、復興とその後の発展のために使われることとなるが、トラ教団の生産した人造人間『天使シリーズ』にまつわる施設がこの古城に隠されているという。
情報提供者はかつて教団の走狗となっていた剣王会の筆頭。
大同盟との戦闘を生存した彼女に対して取引という形で情報を得る代わりに剣王会の人間に対する訴求を行わないことを提示し、情報を引き出した。
ただ、訴求を行わないというのは一つの罠であり、さかのぼっての追及をしない代わりに剣王会に類する人物が問題行動を起こせば即座に大同盟軍が沈めにかかることになっている。
無論、それは筆頭であるカヨに説明されたわけではない。
彼女自身、半分理解している程度だ。
この取引の本懐は剣王会への牽制ではない。
筆頭である彼女を情報提供者の保護として監視下に置き、それに対して事情を知らぬ剣王会残党が動けば常設されることとなった大同盟軍の特記戦力たちが撃滅する。
大同盟としては、剣王会を協力者ではなく、目の上のたんこぶのように考えているのだ。
それにトラ教団の意思を継ぐものとしてではなく、トラ教団に協力した組織を合法的にかつ、見せしめとして派手に処理したいという思惑も強くあった。
薄暗い古城に踏み込んだカインとハウンドはゆっくりと進んでいく。
ハウンドは使い魔である4体の猟犬を囲むように配置、カインもまた、獲物である大剣を抜刀したまま進んでいる。
この2人はまだ部隊名すら決まっていない常設の大同盟軍、その一期生として元の所属から離れている。
「しかしまあ…ツスル事務局長も思い切ったことをしたな。常設の大同盟軍なんて反発もありそうなもんだが。」
ハウンドは独り言のようにぼやく。
常設の大同盟軍の持つ意味は複数存在する。
一つは各国の余剰戦力の吸収。
これにより、最低限の防衛能力のみを国が保有する一方で、大同盟という組織の足並みを乱そうとすれば圧倒的なまでの力で叩きのめすことが可能になる。
ハウンドの言う通り、この『各国の軍拡及び大規模な軍事行動に対する牽制』というのは国の脆弱さを晒し、常に大同盟の意思決定にかかわる人間の機嫌をうかがうことにつながる。
「龍の国が真っ先に賛同し、ハウンド殿を含む人員派遣を即決されたからでしょう。」
ぼやくハウンドに、カインは毅然とした声で答える。
常設大同盟軍の設立が承認されたのは、これまで圧倒的な軍事力を有していた龍の国がその力を減らすことを認めたことが大きい。
風の国と並んで強力な軍事力を持つ龍の国は大戦争時代からその圧力を用いた外交を行っており、大同盟として花の国で教団と会談を行った際にはその高圧的な交渉にほかの同盟国が安堵する程でもあった。
龍の国はかつてトラ教団のテロ事件により大きな被害を被っており、その復興に大同盟が手を貸したこともあり、こういった大同盟共有の組織という施策に積極的な姿勢を見せている。
「まあ。確かに、こんな仕事は、他はやりたくねえだろうしな。」
ハウンドは笑って見せる。
「故に小生たちが必要なのでしょう。誰かがやらねばならない。」
カインはそう言って足を止める。
地下に続く階段が暗闇に伸びている。
2人は目を合わせると、ハウンドがうなずいた。
それに合わせて、彼の使い魔の1体、炎の体を持つホムラが前に出ると、暗闇がその体の光で照らされる。
「なんか懐かしいな。」
ハウンドは確かめるように階段に足を置きながらつぶやく。
心当たりのないカインは首をかしげると、ハウンドは申し訳なさそうに苦笑する。
「ああ、あんたは知らんか。レイア女王の先代、フレイル陛下を連れてパルに会いに行ったとき、ちょうどこんな感じだった。古びた施設をホムラの光で照らしながら進んだんだ。」
「興味があります。」
「大した話じゃねえよ。パルは教団の策で幽閉されていたんだ。それにフレイル陛下が目をつけて私設部隊に抜擢した。俺はそん時部隊長を命じられてたのさ。」
「白の部隊…」
「知ってたのか?」
ハウンドは思わず足を止めて振り返る。
カインは頷いて続ける。
「ドラゴ・フレイル陛下の訃報は天の国にも届きました。それに、あなたとルビリアは指名手配されてもいた。」
ハウンドはさっきよりも白々しく笑う。
一年半近く前の話ではあるが、そういう意味では彼とルビリア・パルは世間的な知名度は高い。
「トラ教団の策だった。俺はついでだったが、パルをフレイル陛下暗殺の下手人に仕立て上げることで行動を制限し、その後に続くテロを円滑に進めようとしたのさ。」
「あれは滑稽でした。教団はルビリアとあなたを止めるだけの力がないと、そう白状したようなものです。」
天龍事変。
龍の国、港の国、天の国という大国3つへのテロ攻撃は総じてそう呼ばれる。
まず、龍の国で当時の女王フレイルの暗殺と彼女の私設部隊であったルビリア・パルへの牽制。
続く港の国で、教団への抵抗を行っていたレイモンド・サイカーを混乱に乗じて殺害しようとした。
こちらは、脱走兵集団『サーベルタイガー』とパルそしてハウンドらの尽力で未遂におわったが、トラ教団が港の国の軍部を納めていたという事実が露見、同国の内政は大きな打撃を受けることとなった。
最後に天の国における民間のデモに乗じた武力進行及び天の国と龍の国国家元首暗殺。
港の国での失敗もあってか、過去2つに行われたそれとは比べ物にならない程の戦力を投入した作戦であったが、作戦は失敗。
一連の事件はトラ教団という裏に潜んでいた組織を表に引きずり出すことにつながっただけでなく、大同盟という巨大国家連盟の契機ともなった。
「教団にまつわる話はすべて決着したわけじゃねえ。むしろ面倒な状況になりつつある。」
先ほどまでの軽い口調とは変わって真剣なトーンにカインは目を細める。
「確かにそうです。教団の残党勢力はさらに闇に隠れ、その掃討は困難を極める。」
「それだけじゃねえ…最大の問題は…」
「『レギオンの遺産』」
ハウンドの言葉をカインは忌々しく遮る。
かつて国家間の戦闘が常態の手段であった大戦争という狂気の時代、そしてそれ以前に国家の政治ゲームの舞台装置として存在した民間組織『レギオン』。
デモ行進や民間人という立場から政治家のスキャンダルをリークするといった活動を行っていたが、大戦争となると、政治の中心が文官から軍官へ変わり、その存在意義が薄れるとともに、一部の会員がクーデターめいた組織転覆を図ったことで消滅した組織でもある。
問題の『遺産』とは、そのレギオンが活動の報酬として受け取っていた土地や不動産、そして、各国政治家の汚職をまとめたデータベースである。
土地や不動産は複数の仲介人を介し、架空の名義で貸し与えられ、今も静かに利潤を生み出している。
政治家の汚職とはレギオンが活動の際にAという政治家からBという政治家への批判デモの依頼を受け、その報酬としてCという政治家の汚職の情報を得る。
そしてCに対して告発をすると脅しをかけ、Dという政治家の汚職の情報を得る。
こうして膨れ上がった各種スキャンダルの山は国だけでなく、世界最大の産業会社『ヤタ重工』さえ恐れる恐怖の箱となった。
現状、この遺産に関してすべてを把握していたパーシヴァル・プルトが死亡し、その全容は再び闇に飲まれている。
しかし、その継承者であり、彼の娘であるダグラム・アイーシャ。
つまり、ルビリア・パルに引き継がれていると思われている。
各国は刃の国の復興やトラ教団の残党への調査を進めつつも、彼女の動向を中止し続けている。
唯一遺産につながる彼女こそ、次の大国を決める決定権を持つ強者として認識されているのだった。
「『遺産』はパルしか知りえないものになった。まあ、肝心のあいつはここ何か月も姿をみせちゃいねえけどな。」
「死んだのでは?」
ハウンドはカインの言葉を返さず、静かに階段を降りていく。
少し不躾な質問だった。とカインは後悔した。
彼にとっては戦友だったし、彼女から好意を向けられていた。
そして、彼はプルトとパルという親子が殺しあうことを避けるために尽力した一人でもある。
「失礼しました。無礼な言葉を許していただきたい。」
カインの謝罪にハウンドは笑顔で答える。
「気にしちゃいないさ。ただ…はっきりいわれると、それを否定しきれない自分がいる。信じて待つことしかできないのが歯痒いよ…」
2人は階段の終わりにたどり着き、重厚な鉄の扉を見上げる。
明らかに何かを隠している。
カインが剣を振り上げようとした時、ハウンドが扉を殴り飛ばした。
見ると、外側に出ていた蝶番が溶けている。
彼はホムラの熱で蝶番を溶かし、扉の固定を外し、殴ることで道を開いたのだ。
ハウンドは音を立てるように一歩、倒れた扉に踏み出す。
「あいつは死んでないよ。そんな軟な女じゃない。ただ、ちょっと優しいんだ。だから悩んでるだけだ。そのはずなんだ…」
自分に言い聞かせるようにつぶやくハウンド。
悲痛ともいえるその姿にカインはかける言葉を失う。
カインもまた、彼女と戦った経験を持つ。
そんな彼からしても彼女が軟な人間だと思えない。
うなだれるようにして踏み出した自分の足を見つめるハウンド。
そこにあるのは言葉とは裏腹に、自身への怒りだった。
なんで俺を頼ってくれねえんだ。
そんなに俺は頼りないのか。
彼女が何に悩み、なぜ姿を消したのか。
それに対してありきたりで現実味にかける仮説しか出せない。
それほど彼女のことを知らない自分が腹立たしかった。
握りしめた拳に血が伝う。
そしてその拳を小さな手が包む。
あまりにもそれが自然で暖かく、心地よかったためにハウンドは反応が遅れる。
「君は…?」
いつの間にか現れた少女にカインもおどろく。
教団の先兵。
至極当然な結論が頭によぎるが、ハウンドは警戒していない。
「私…?私はリン!ただのリンよ。お兄さんが怖い顔をしていたから出てきたの!」
「リン…いい名前だね。どうして君はここに?」
カインは飛び込んで少女に斬りかかろうと重心を前にしていたが、ハウンドの背中がそれを制する。
「私?私はお散歩していたの!そしたら大きな音がして、お兄さんが怖い顔をしていたの!」
8歳くらいの少女はそう言って、カインの目の前に移動する。
わずかにおぼつかない足取りはなんとも警戒しにくい。
「大丈夫よ!ここには怖い人はいないわ。あの蛇みたいな人も!」
「蛇?サーペントのことを言ってるのか?」
ハウンドの表情が軍人のそれに戻る。
「サーペントじゃないわ。でも何人かここにきていろんな話をしていたわ。」
「どんな話か。教えてくれるかな?」
ハウンドはリンと視点を合わせるようにしゃがんで問いかける。
「うぅ…ごめんなさい…私は遠くから見ていただけで…」
「大丈夫。君の知っていることを話してくれるかな?ここは何の施設なんだい?君はどうやってここに来たの?」
リンはハウンドの真剣な目に少し気圧されたように、視線を下げ、考える。
ハウンドは声をかけることもなく、少女の思考がまとまるのを待つ。
リンのぱあっと表情を明るくなる。
「そうだ!ここには人が眠っているの!そして私もここにいた!なんでだろう?」
そう言ったリンの指さす方向にはわずかに光が漏れている。
ここが教団の何らかの施設であり、リンもまた、ここで生み出された教団の兵器であることは間違いない。
そして、彼女のまとう柔らかな雰囲気は、彼らの対峙したパーシヴァル・プルトを僅かに思わせるのだった。
次回は土曜日。
活動報告更新してます。
Twitter→https://twitter.com/yukks_sousaku?s=21




