2-57 限界を超えて
龍閃の1番-大龍哮砲【未確定情報】
龍の国の軍人、ルビリア・パルが使用する独自の魔法体系『龍閃』の1つ。
巨大な龍を模した魔力の塊を放つ。
この塊は魔力であり、人などの持つ魔力に触れると、それを取り込むようにして巨大化する。
パルの意思である程度、コントロールできるものの直進や回頭のような単純な命令だけであり、停止や急加速はできない。
また、他者の魔力を取り込み、純度が下がるとコントロール精度が大きく下がるという特性も持つ。
『ドラゴン』が実戦投入される前に開発された初期の龍閃でもあるため、取り回しよりも火力を優先されている。
魔法陣が淡い光を放つ。
しかし、プルトが僅かに右に移動すると魔法陣は輝きをなくし、消える。
後方に控える大同盟の兵士を巻き込むと、パルが判断したからだ。
無論、プルトも偶然ではなく、俯瞰視点で状況を察し、背後にいる彼らを盾にするよう位置を調整している。
プルトは魔法陣が消えたのを確認すると大きく距離を取る。
しかし、パルはそれを上回る速度で接近し、ローキックを放つことで彼の動きを止める。
そこから追撃の左右フックでプルトの頭を殴りつけ、胸への前蹴り。
プルトは僅かに沈み込む彼女の蹴りを受け、骨の軋む音を聞きながら飛ばされた。
プルトは踏ん張り、倒れまいとするが、あまりの威力に膝をつく。
だが、パルは彼が膝をつき、顔を上げる頃には接近し、膝を踏み台に膝で顔面を蹴り上げる。
膝を踏み台にされたことで威力を逃すことが出来ず、プルトの首は皮膚が裂け出血する。
パルはさらに蹴り上げた足を振り抜くようにした後、足を戻す際に膝裏でプルトの首を捉え、そのまま地面に叩き落とす。
前のめりに倒れたプルトの背中、脊椎に拳を振り下ろす。
中指の関節を出した一本拳。
それを全力で放つ。
当然、それは人間の肉体を支える梁である脊椎の一つを砕くに足る。
パルは『壊し』にかかっている。
だが、拳はプルトの左肩にある魔力の翼に阻まれる。
プルトはそれを待っていたように仰向けになると、パルの鳩尾へ蹴りを入れ、距離を取る。
「まだ…力を隠していたとは…」
プルトは息を整えようとしたが、血を吐く。
パルの戦闘能力は自分を上回っている。
プルトにとってそれは誤算ではない。
パルがプルトを殺す状況を作る。
つまり、今、この状況は彼にとって最も望んだ状況でもあった。
しかし、まだ、完全ではない。
自分とパルだけが戦い、自分が死ぬ。
それを理想の形とするならそれを妨げる最大の障害はカインだ。
パルが龍のような姿をとるまで、彼の視点ではカインの方が強いと感じていた。
確かに研鑽された技術とそれを補強する獲物。
何より、こちらを殺すことをなんとも思っていない精神力。
殺気の先にある機械的な精神を持っている。
殺意は『人を殺す』という大罪に対する防衛反応に近い。
殺意を持つことで『殺さなければいけない』や、『殺しても問題ない』。という認識へ繋げ、『仕方なかった』という結論へ至る。
『殺したくない』という至って正常な心情を持っている人間特有の思考パターンだ。
しかし、カインにそれはない。
恐ろしいほどに機械的だ。
そういう意味では彼はパルを凌駕する。
それはここに来てプルトを『壊そう』とするパルを見れば明白だ。
彼女は殺意を持たなければ非常になれない。
それでも、『殺す』という行為に至れない。
この分析はプルトだけのものではない。
カインもまた、同じようなことを感じていた。
彼の場合、パルが無理矢理殺意を持っているように見えた。という感覚的な話という違いしかない。
「下がってろよ。剣聖…!」
パルの一歩先に立ったカインをパルは睨みつける。
カインは動かず、聞こうとしない。
それは、先程のパルの提案を実行しようとしているようにも見える。
「退けってんだよ。オレが殺しゃ終わる話だ。」
「殺せるのか?」
「んなこと今更聞くな。」
「無理だな。」
カインの言葉はパルの図星を指す。
頭に来た彼女は、カインの肩を掴み、振り向かせる。
「下がってろよ…!こんなバケモンに人間であるお前がついてこれるわ痛てぇぇぇな!」
パルの言葉を遮るように刀の頭で脳天を小突く。
「バケモノなどと誰が思おうか。貴様も人であろう。」
「みりゃわかんだろ…オレは人じゃねえ。人の形をしているだけだ。」
パルは頭をさすりながら答える。
確かに四肢は龍のように変容している。
龍でも人でもない『何か』だ。
「それに、剣聖様はオレを許さんだろ?」
「以前ならそうだろうな。」
『剣聖』という肩書きは確かに彼女の言うとおり、龍を討つための存在ではある。
しかし、今の『剣聖』が継承した心を示したのは他でもない『龍』だ。
「だが、小生とて変わる。今、貴様を殺そうとも敵だとも思っていない。故に手を貸してやった。」
『手を貸してやった』と言う表現が気に入らなかったが、カインの言葉はパルにも思うところがあった。
最近の彼は以前と異なり、素直になっている。
風の国であった時の敵愾心は感じなくなっていた。
「それに…貴様はあれを殺すことを躊躇っている。それは人の心だ。ならば貴様は人だろう?」
パルは反論せず、ただ目を逸らす。
彼女はプルトを殺すために自身をバケモノと定義することで誤魔化そうとしていた。
そうしなければ肉親を殺せなかった。
バケモノだから人を殺す。
ある種の自己暗示をしなければならなかった。
「安心しろ。変わった人間は大同盟だろうと剣王会だろうといる。今更だ。お前の姿がどう変わろうとな。」
「だとしても…背負うのはオレだけでいい。」
「阿呆。」
パルの覚悟を即座に罵倒で返される。
カインは呆気に取られるパルに自身の覚悟を言葉にする。
「お前では背負えん。だから小生が背負う。小生では背負えんものをお前が背負えばいい。」
パルはカインと目を合わせると、笑う。
「酔狂が過ぎるぜ…お前…!」
そう言い放ったパルが隣に立つと、カインは周囲にいる大同盟軍の兵士たちに指示を出す。
「貴官らは下がられよ。巻き込むわけにはいかん。」
しかし。と反論しようとした兵士をパルが一喝する。
「オレの命令だ。指示系統上、戦場にいる班長であるオレの指示が優先だ!」
その声を聞いた兵士たちは彼女たちに敬礼をすると本部のある龍の国へ後退していく。
その行軍速度の速さは彼女の指示を十分理解しており、数十秒もしないうちに、全員が戦闘領域から離脱した。
「やれやれ…ままならんものだな。」
物憂げにプルトはぼやくと立ち上がる。
パルの真価はプルトと彼女の戦力差をはっきりさせた。
出力が同じで、異なる目を持つ両者の決定的な違いは龍の血の有無である。
龍から力を授かったプルトにパルのような自身の姿を変えるような能力はない。
当然、それによって強化されるようなこともない。
戦闘における圧倒的な力の差。
それがプルトにとって最も望むことではある。
そのままパルが自分を殺してくれればよかった。
それを阻んだのはやはりカイン。
この男をどうにかしなければプルトは自身のシナリオを完遂できない。
プルトは、思考を止めると、強く一歩を踏み出す。
そこになった力を解放し、カインに急接近するが、パルが即座に間に入る。
彼女が入りながら放ったミドルキックをバックステップで回避。
勢い余って背中を見せたパルの背中へ直突きを放つが、今度はカインがパルを抱き止めながら回転、遠心力を乗せた肘で迎撃しにかかる。
プルトは急停止し、拳を納めるが、パルとカインの連携は彼の想定を遥かに上回っていく。
カインの外套から顔を出したパルの手元には大きな魔法陣が展開されている。
「大龍哮砲…!」
パルの言葉は今度こそ形になる。
魔法陣から出現した魔力の龍がプルトを襲う。
彼を喰らわんとする大口を両手で押さえながらも轍を作り、押し込まれるプルト。
彼とパルの魔力的な出力は大差ない。
それでも経験値が圧倒的に違う。
惑龍閃こそ、実際に目で見たことで再現できた彼ではあるが、初めて見る魔法に対して即座に対処できるわけではない。
だが、段々と押し込まれる速度が鈍化する。
プルトは大龍哮砲に対応しかけてはいた。
「山斬一刀流…大蛇薙!」
しかし、カインがやはり反撃を許さない。
巨大な龍の顎に剣を突き刺し、自身の力を加えて威力を底上げしている。
山斬一刀流大蛇薙。
それは自身の刀気を大蛇のようにうねらせながら叩き潰す業。
山斬一刀流という剣術に似つかわしくない圧壊を狙う業だが、今回は大龍哮砲という大蛇を黒乃玉鋼の黒炎が包んでいる。
黒い龍はプルトをさらに威力を増して前進。
さしもの彼も、抵抗できず、飲み込まれる。
「終わった…」
そう呟いたのがどちらだったかパルにはわからない。
少なくとも血を吐いているカインではない。
あまりにも衝撃的な光景に彼女は混乱していた。
プルトは貫手を深々とカインの腹に突き刺している。
それでもやはりプルトという男もまた、龍の力を持つ存在なのだろう。
受けきったのだ。
上半身が顕になっているが、それでもプルトは大龍哮砲と大蛇薙の連携を耐えた。
そして、僅かな隙を付くようにしてカインを排除して見せたのだ。
「終わったぞ…アイーシャ。」
プルトは今までの疑わしいものとは異なる、達成感に満ち溢れた顔でそう呟いた。
次回は水曜日。
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