2-56 全力
カイン【個人情報】
山斬一刀流剣術の当代であり、先代のカドゥより、宝剣と『剣豪』の称号、山斬の業を継承している。
自身は大戦争時代に孤児となっており、カドゥに拾われる形で入門、『剣聖』の継承後は一般市民の分類でありながら天の国の戦力として数えられる。
歴代の剣聖は戦力としての参加と引き換えに天の国からの支援を受けてきていたが、カインは個人的感情から大同盟にも積極的に参加している。
カインとパル。
一年前にお互い瀕死の負傷をするほどの死闘を演じた2人が握手を交わした。
大同盟という同じ立場でありながらそれが特筆に値するのは、龍のカウンターとして存在し続けてきた『剣聖』と、『龍』の血を注がれることで人としての域を超えた『ドラゴン』の共闘だからだ。
無論、その戦闘能力は世界広しと言えと存在し得ないだろう。
パルは自身の状態を確かめるように首を回し、指の関節を鳴らす。
「遠慮せず行こうじゃねえか。お互いによ?」
お互いに相手の力量を知っているからこそ無遠慮に動くことができる。
パルの問いかけにカインは静かに頷くと刀を構える。
しかし、パルはカインの『黒乃玉鋼』を知らない。
というより宝剣が変わったことに気づいていない。
ましてや、剣の軌跡をなぞるように黒炎が走ることなど想像もしてない。
また、カインもパルの全力は知らない。
カインが交戦した際のパルは出血により魔力量の減った状態だった。
2人は2人してそこに気づいていなかった。
それは、なんとかなるだろう。
という曖昧なものではなく、知っているつもりでいるだけだ。
パルは爪先で地面を何度か叩くと急加速する。
カインはイメージより速い彼女の速度に一瞬、驚き、自身も全速力で追いかける。
パルはプルトの脇を滑るようにして背後に回る。
しかし、プルトは竜の加護によって得た俯瞰視点で即座に彼女の動きを把握。
反転して、正面に捉える。
姿勢を低くしていた彼女の顔面へ前蹴りが放たれるが、パルはあえて前に額を出すことでダメージを最小限に抑える。
パルはそのまま、前進し、プルトの胴へのタックルを狙うが、頭を押さえ込まれるようにして潰される。
「小さいな。パルよ。」
「よ…余計なお世話だってえの…」
プルトの言葉にパルは潰されたまま答える。
小柄な彼女と2メートル近いプルトでは体格差がありすぎるのは事実だ。
プルトは俯瞰視点からカインの動きを察知し、パルを解放すると、再び反転、今度は背後からの攻撃を狙っていたカインを正面に捉える。
俯瞰視点を持つ彼からすれば不意打ちの奇襲性は皆無に等しく、片方が囮になりつつ奇襲をかけるというスタンダードな連携は無意味になる。
カインもそれは先ほどの攻防で理解しているだけに、焦る様子もなく、迷いなく、横薙ぎに払うが、プルトは追撃の黒炎を警戒し、大きく距離を取るようにして回避した。
パルは回避されたのを確認して頭を上げようとしたが、横薙ぎの起動をなぞるような黒炎が走ったため、慌てて頭を下げる。
「あぶねえだろうが!つーかそれなんだよ!」
「小生の剣だ。」
「あーうん…そうだろうな…」
カインは首を傾げるが、パルはなんとなく軌道をなぞるように黒炎が出るのだろうと予想を立てざるを得ない。
カインという男はあまり口の達者なタイプではない上に天然で言われたことを鵜呑みにしがちな『冗談の通じない』タイプだ。
パルは呆れのため息を吐く。
仕方ねえ。と呟き、懐から魔力式2丁拳銃『アギト』を引き抜く。
「剣聖、お前はしばらく前に出ろ。後ろから援護してやる。」
「どういう意味だ?」
カインが即座に聞き返すと再びため息を吐く。
大丈夫か、こいつ。 まともな教育を受けていない彼女でも心配になるほどに察しが悪い。
「…とりあえず好きにやれ。お前の動きを見て改めて合わせようじゃねえか。」
「珍しいな。」
「意地張んのはやめだ。合わせるための準備の時間をくれ。」
ようやく彼女の意図を理解したカインは口角をあげて頷くと、プルトへ向け加速する。
パルは即座にアギトの引き金を引くことでそれを援護する。
プルトは動かないパルに違和感を覚えつつも、接近してくるカインを迎撃するために重心を落とす。
パルの銃撃は魔力の鎧で無力化する腹積もりだ。
しかし、パルの放った弾丸が、彼の肩に直撃した瞬間、表情が変わる。
強烈な直突きを受けたような威力に、半歩下がるほどの衝撃を受ける。
魔力の弾丸を打ち出す彼女のアギトは通常の弾丸では考えられないほどの威力を有している。
目の前まで迫ったカインに対して、更に距離を取るプルト。
銃弾は鎧を貫通してはいないが、無視できるような威力ではないのは確かだ。
仮にまた、銃弾を喰らえば、追撃となるカインの斬撃を貰うことになる。
すなわち、致命傷を負うということでもある。
プルトは、思考を走らせながら再加速するカインを睨むと、走り込みながら突きを放とうとするカインの背を踏み台にして跳躍。
パルへと標的を変える。
アギトの照準がプルトを捕らえるが、彼女は引き金を引かない。
外れればカインに当たる位置関係だ。
一瞬の躊躇。
奥にいるのがカインである以上、アギトの弾丸程度、容易に捌くことができるだろう。
だが、躊躇した。 反射的なそれが、この状況で致命的になることはパルも理解している。
クソ。 パルの悪態は声にならなかったが、肉体は反応した。
飛び込んでくる左の肘撃を足の裏で受け止め、打ち下ろすように銃口をプルトに向け引き金を引く。
プルトはその弾丸が魔力の鎧に触れた瞬間、体を回転させ、衝撃を受け流すと、その回転を乗せた右の拳をパルの顔面へ放つ。
パルは即座に頭を低くし、拳を躱すと、拳を外したことでガラ空きになったプルトの脇腹に銃口をねじ込み、引き金を引こうとする。
しかし、反射的に放たれたプルトの貫手が、突き刺さり、アギトを変形させた。
パルは左のアギトを手放すと背中から地面に倒れ込む。
それと同時に空いた空間を使い、プルトの体を蹴るようにして距離を離す。
プルトもパルの行動の真意に気付いたのか反転しながら防御姿勢を取る。
「山斬一刀流…半神一閃…!」
背後からカインの高速剣がプルトを襲う。
全力の魔力防御は刃を通さなかったものの、追撃の黒炎を防ぎきれず、振り抜かれた剣に押し切られるようにして、彼の体を弾く。
きりもみ回転の最中、彼の目が地面に向こうとした瞬間、その視界は打ち上げるように放たれたパルの蹴りに塞がれた。
横に回転していたところに縦の攻撃を受けたプルトは制御を失った凧のように複雑な機動で地面に叩きつけられる。
彼の目や耳からはわずかに出血し、起き上がることもできない。
パルはそれでも攻め手を緩めず、低空のドロップキックを側頭部へ叩き込み、仰向けに倒れた彼に馬乗りになる。
そのまま左手で胸倉を掴み、強引に体を起こすと、そのまま、右の拳で殴り抜ける。
力なくプルトの首が弾けた。
パルは左手で引き寄せるようにしてプルトの顔の位置を調整し、もう一度殴り抜ける。
さすがにプルトも気が付いたのか目がパルを捕らえるが、そんなことは意に介さず、拳を振り下ろそうとする。
だが、プルトは逆に体を起こし、パルに抱きつくようにして拳を回避すると、そのまま力任せに胴を締め上げる。
「っく…がぁッ…」
咄嗟のことで反応できなかったパルはうめき声を上げる。
彼女の骨格は悲鳴を上げてはいないが、その内側にある内臓は圧迫の苦しみを感じている。
パルは身体強化魔法を発動し、力で対抗しようとするが、プルトの目に閃光が走る。
身体強化魔法である。
パルが元々持つ、人間の域以上の身体を身体強化で引き上げるようにほぼ同じスペックのプルトも自身の能力を引き上げている。
力比べは互角。
だが、受けに回ったパルは徐々に押されていく。
カインは何とかしてこの状況に介入したかったが、プルトはパルの体を盾にするようにして動きを調整している。
背後に回ろうとしても、俯瞰視点を持つ彼に対してそれが有効でないことはわかっている。
プルトはパルの体を締めたまま強引に後転。
パルの脳天を地面に叩きつけながら、反動で立ち上げると、更に締め上げる。
パルの体内で骨格も悲鳴を上げ始める。
彼女としては珍しくその痛みで形容しがたい声を上げた。
これで終わるのか。
パルは楽になることを考え出す。
力を抜けばそのまま死ぬことになるだろう。
それと同時に彼女の脳裏には、死んでいったアリアンナやフレイルの顔がよぎった。
目の前のこの男が、彼女たちを殺した。
自分が遠因になったとは言え、原因はこの男なのだ。
トラ教団の長、パーシヴァル・プルト。
パルの目に光が宿る。
怒りが、痛みを消していく。
怒りが、力を与えていく。
パルは力づくでプルトとの距離を作る。
「馬鹿な。」
力の抜けいたパルに勝利を確信していたプルトは目を見開く。
先ほどとは明らかに何かが違う。
プルトとパルはほぼ同じスペックを持つが、戦闘経験は大きく異なる。
数十年単位で最前線を生き抜いて来た彼女だが、その戦闘能力の全てを解放することは少ない。
それはアギトという制御用装備だけではなく、望まずに手に入れた力だけにパル自身、あまり異常な戦闘能力を使いたがらなかったという心理的な部分もある。
それがもたらした望外のメリット。
それは限界いっぱいまで力を使うのではなく、段階的に力を使うというスタイル。
そして、それを周りにいた龍の国の軍人も理解していた。
それにより、彼女は段階的に使用解禁される能力を十全に活かす方向で適応していったのだ。
それはプルトのように自由に力を振るう存在には到達できない領域。
50%の力で80%の結果を。
70%の力で100%の戦果を出すということ。
パルの腕と足が変化する。
それは誰も知りえない彼女の100%。
人ではなく、龍という化け物に近い。
腕にはそれぞれが光を反射し、螺鈿のように怪しく光る鱗に覆われ、指先にはあらゆる動物が持つのにはいささか過剰とも言えるほどの強靭な爪。
「龍…」
その変化にプルトは驚嘆の声を無意識に放つ。
パルは引き付けようとするプルトの力を利用して頭突きを放つと、拘束から脱出。
プルトがパルに視線を戻した時、眼前に巨大な魔法陣が出現していた。
「龍閃の1番…!大龍哮砲ッ…!」
次回は土曜日。
活動報告更新してます。
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