2-54 死守
シジマ・ロウラ【個人情報】
ヤタ重工総合営業部所属。
担当地域は風の国周辺。
大戦争時代から兵器や各種製品販売担当への窓口として活躍。
場合によっては自警団のような非正規組織へ販売行為も行っている。
ヤタ全体としてはグレー・ゾーンに当たる流通兵器の改造やマッチ・ポンプによる無償供与といった手段も遠慮なく行っており、対立国への不具合品納品といった行為にまで及ぶ。
龍暦299年現在も風の国を中心とした販路の確保及び流通を担当しているが、実態としてトラ教団への支援も行っているものと思われる。
プルトの放った無数の光線とそれを広域防御で防ごうとするオルカ。
防壁展開中は無防備かつ、動けない彼女を防衛すべく今一度、戦力をまとめるママたち。
その始まる直前。
空に昇る光線はパルたちの前線でも視認できるほどだった。
パルの龍勁で倒れ伏し、咳き込みながら苦しみもだえる男から視線を外し、パルは、その光線の意味を理解しかけていた。
「あれは…まさかプルトか…?」
彼女と同じように空を見上げていたカインとハウンドが反応する。
「本当か?」
「あんなことやる必要がオルカさん達にはない。味方を巻き込むからな。」
「だが通信が入らねえのが気になる。」
パルはそう言って、通信機に触れる。
混乱を避けるため、本部への通信を控えていたのが裏目に出た。
「つながらねえ。どういうことだ?」
パルは通信機に再度触れ、もう一度試してみるが、やはり、結果は変わらない。
「機材トラブルか?」
「だとして、あんな大規模な攻撃するかね?そもそもオレ達はそんな連絡も事前の説明も受けてない。」
「であれば、妨害か?」
「ハウンド、剣聖。お前らは行けこいつはオレが相手をする。教団の新兵器の可能性もあるからな。」
ハウンドは一瞬、ためらったが、獣人化して、走り出す。
カインを置いていくほどの速度だが、この状況ではそんなことを言ってられない。
仮にパーシヴァル・プルトが戦場に出てきているのなら、パルと交戦させたくは無かった。
「いいのか?任せて。」
ハウンドとは対照的にカインはパルに心配そうな視線を投げる。
パルは背後で男が立ち上がりつつあるのを横目で確認しながら笑う。
「心配すんな。オレもすぐ追いつく。」
カインはそれを聞いて頷くと、ハウンドの後を追う。
ハウンドの速度は3人の中で最も早い。
この会話の最中も彼が全力で移動していることを考えると、カインが追いつくころにはハウンドは戦闘が終わっているかもしれない。
それでもカインは走った。
何事も無ければそれでいい。
しかし、なんとなく、悪い予感を感じていた。
それは、ハウンドに対してではなく、パルに対してだ。
この選択が。
彼女の言うままに行動することが悪手となるのではないか。
そういった類の不安を感じながら駆けていく。
視界の先でドーム状の壁が出現するのが見えた。
おそらく、光魔法による防壁形成を得意とするオルカのものだろう。
であれば、明らかに異常事態だ。
彼女があれほど大規模な防御を光線に対して発動している。
カインは焦りを感じながら足を進める。
ハウンドが先行したことも含めて。
オルカは防壁を展開しながら、怒りが増幅するのを感じていた。
プルトは彼女の防壁を潰すために攻撃を始めたが、それは凄惨というほかない。
姿を消したかと思えば、いきなり、彼女の目の前まで接近。
即座に反応したナミの腕を手刀で切断すると、続けざまに腹部を貫く。
ナミの体を投げ捨てながら、挟み撃ちを仕掛けるタキとサンをそれぞれ視認すると、大きく下がって距離をとる。
当然、挟みこもうとする2人を同時に視界に入れることになるが、彼の狙いはそこではなかった。
背後から、プルトの背中を狙おうとしていたバイソンは、いきなり下がってきたプルトに驚き、急停止した。
それが視えていたプルトは不自然なほど自然に、右足で、彼の左足を踏みつけ、動きを制限。
そのまま、右足を軸に反転しながらミドル・キックを放ち、バイソンの脇腹に深々と食い込ませる。
胴から切断されそうな痛みにバイソンの表情が歪む。
プルトはバイソンの髪を掴み、背後で足を止めていたサンに投げ渡す。
サンがバイソンの体を受け止めようとする瞬間、プルトの貫手がバイソンの右胸を突き刺すと、その後方に位置しているサンの左胸まで真っ直ぐに食い込む。
プルトは腕を引き抜き、血を払うように振る。
飛散する彼らの血がオルカの顔を塗る。
お前が殺した。
お前のために死んだ。
そう言わんばかりだ。
陸軍に所属するとはいえ、三兄弟もバイソンも戦友だ。
それが目の前で簡単に殺されていく姿に怒りの涙が頬を伝う。
拭うことはできない。
そうすれば彼らの死を無駄にするだけだ。
やめろ。
頭でそう理解していても心が言葉を出した。
小さく過ぎてタキの悲鳴にかき消された。
彼の右ひざはあり得ない方向へねじ曲がり、内臓を破壊されたのか血と吐瀉物の混じったものを吐いている。
やめろ。
心に頭が同調する。
仕方ない。と割り切れるものではない。
プルトがタキの腹部を蹴り上げた後、次の標的であるオルカを見下ろす。
そこに割って入った、ママの拳を回避し、距離を取るプルト。
ママが何か叫んで向かっていったが、聞こえなかった。
やめろ。
だが、他にどうしようもないことは理解していた。
プルトは雄たけびと共にゴリラのような腕で殴りかかるが、プルトはそれを回避し、伸びきった腕を掴むと、肘へ掌打を加える。
ほう。骨折も関節も破壊されなかった、ママの腕の強度にプルトは驚嘆の声を上げる。
「まだだッ!」
ワニのような尾がプルトの足を掴み、残った左腕もプルトの体を捕らえ、縛る。
頭を下げ、プルトの首へのルートを開けと、ママの後方からオジマが走り込む。
鍛え上げられた右腕が、プルトの喉元に食い込んた。
そのまま、首を刎ねる勢いで振りぬこうとするが、プルトは動かない。
いや、腕が動かないのだ。
プルトは首の力だけで、喉元に直撃した彼の腕を固定し、笑っている。
それに気づいたママは即座に虎のような牙を生やし、噛み付こうとするが、開いた口からはうめき声を出すことに使われる。
プルトはママの尾が巻き付いた足を力任せに引いて、引きちぎったのだ。
そして、引いた足で膝蹴りを密着しているママの腹部へ叩き込み、引きはがす。
更に、右側にいたオジマの首に手を回すと、彼ごとバク宙して、自身の体重を掛けながら叩きつける。
オジマの上に乗るようにして落下したプルトは立ち上がろうとするが、今度はオジマが足を取って彼を離さない。
「ヤマトォ!」
その声が出る前にはすでにヤマトが体重を乗せながら飛んでいた。
ギロチンのように左足を伸ばしている。
狙いはプルトの頸椎。
ちょうど、オジマの腕で首を挟む様な形だ。
プルトもさすがにこの連携に危機感を感じたのか、貫手をオジマの脇腹に刺し、脱出しようとするが、オジマは離さない。
プルトは舌打ちすると、落下してくるヤマトを羽で払いのける。
そして、背筋で上半身を持ち上げると、肘を構えて、オジマの顔面へ落とす。
オジマも歯を食いしばり、耐えようとしていたが、さすがに失神したのか拘束が解けた。
プルトは立ち上がり、ヤマトのタックルを膝でかち上げて迎撃、頭が上がったところを左右のフックで殴り抜ける。
ヤマトが倒れ伏すのをみて、再度、オルカに視線を戻す。
他の兵士は抵抗する気力を失ったらしく、銃等を持っているが、動かない。
一歩踏み出そうとするとヤマトが足首を掴んで止めたが、振り返ることなく、反対の踵で側頭部を蹴り抜け、気絶させる。
光線はまだ落ちてこない。
オルカは滲んだ視界で、プルトを睨みつけるしかなかった。
プルトが再び消える。
次の瞬間、オルカの首は回し蹴りを受け、弾ける。
それに合わせて、舞う髪をプルトは掴み、彼女の顔を引き戻す。
「お前はなにも守れん。パルも仲間もな。」
プルトはそう言い放つと、首を掴み、彼女の体を持ち上げる。
構えを解かれたことで光のドームが薄くなり、消えかかっている。
プルトはそんなことを気にもせず、彼女の腹部を蹴りとばす。
腹部への衝撃と、その後に襲い掛かってきた背中の衝撃で、オルカは血を吐く。
そして、砕けて散り落ちていく光の壁の残骸と共に自分の涙を見ながら、自分の意識が闇に消えていくのを感じた。
ごめん。
誰に向けた謝罪かはわからなかった。
守れなかったこと。
これから自分を含む多くの戦友が死ぬこと。
そして、義妹を置いていくこと。
パル、ホント悪いねえ。
彼女に向けた言葉が声になることはない。
彼女に届くこともない。
かつてアリアンナを失った悲しみ。
それをもう一度、再現しかねない。
その一方で、妹にまた会えることを考えていた。
なにを話そうか。
その思考が、結論に至ることは無かった。
だが、自分の体を、何者かが運んでいく感覚だけが最後まで残った。
オルカに止めを刺す絶好の機会を得たプルトは、落下してくる彼女へ追いつき、首を刎ねようとしたが、乱入してきた何かが、彼女の体を持っていった。
大同盟軍へ降り注ぐ無数の光が、すぐそこまで迫ってきている。
だが、その光線は横なぎに払われる熱線で撃墜されていく。
プルトの視界の外から放たれたそれは光線を迎撃し尽くした。
熱線の発射点へ視線を動かすプルト、だが、それは、急に現れた獣人に塞がれる。
拳が直撃し、ボディ、顔面への打ち下ろし、ハイ・キックのコンビネーションをそのままもらい、飛ばされるプルト。
俯瞰視点の外からの攻撃で咄嗟に視点を通常の目に戻した瞬間に距離を詰められたため、反応が遅れたのだった。
体を起こそうと頭を上げたところに追撃の蹴りが飛ぶ。
腰を軸に半回転するプルト。
その攻撃で、自信の魔力が大きく削られていることに気付く。
まだ、問題になるレベルには程遠いが、この襲撃者の攻撃を受けるのは危険だと判断した。
獣人が彼の前に立つと、その姿は彼も見たことのある人の姿に変わる。
「猟犬セリンスロか…犬の使役以外にも面白い芸を持っているようだ。」
「てめえだけは…ここで倒す…!」
ハウンドはプルトを睨みつける。
歴戦のつわものたちが倒れ伏す惨状を見れば、彼だけでプルトを相手取るのは無謀としか言いようがない。
それでも、彼は戦うしかない。
それは使命感や報復といったものではなく、全ては彼女のために。
覚悟はすでに決めている。
ハウンドは4体の使い魔を展開し、再び獣人の姿を取る。
獣の咆哮が戦場に響くと、左右から挟みこむように使い魔が走り出す。
プルトは一瞥もしない。
指令を出す、ハウンドに照準を絞ったようで、彼に向け距離を詰める。
ハウンドはそれに答えるように駆けだす。
至近距離でお互い立ち止まる。
両者とも大振りの一撃を放たんと構えながらだ。
速度はほぼ互角。
風を払い飛ばすような速度で交錯する拳は空振りする。
背中合わせに睨みあう両者。
プルトはハウンドの目に己を捨てて戦う覚悟を知る。
そして、その奥にあるのはカヨの持つものに近いものが見える。
先ほどの言葉と、今の状況で激高するわけではない。
答えにたどり着いたプルトは小さく笑うと距離をとる。
やめようか。
小さくつぶやいた言葉にハウンドは驚き、人の姿に戻る。
言葉の真意が見えないからだ。
「なんといった…?」
「やめようか。そういったんだ。」
プルトの目から殺意が消える。
「お前はアイーシャのために戦おうとしている。私たち親子が殺しあわないように。」
「それが何の関係がある!いや、むしろだからこそ、戦わなきゃいけねえんだろッ!」
「君も戦士なら力の差はわかっていよう。」
「関係あるかよ。」
「本気か?」
「本気だ。お前を殺せなくても、あいつとお前を戦わせない道を作れるはずだ。」
「そんな希望的観測に基づいた曖昧な理論で死ぬのか?」
「黙れ。」
返す言葉を失ったハウンドはプルトとの対話を拒否する。
力の差など、わかりきっている。
それでも逃げることはできなかった。
逃げたところで何の解決にもならないからだ。
「お前がアイーシャを愛し、あれと添い遂げるというのなら。それをあれが望むのなら、私はお前を殺したくはない。」
「黙ってろよ。俺は既婚者だ。妻は死んだけどな。」
「すまない。君の事情に深入りするつもりは無かった。」
「なんなんだよ。アンタは…」
「これでも昔は心理学を学んでいてな。目を見ればなんとなくのことはわかるのだ。ジェイン…そう、レイモンドだったか、あれの方が出来はよかったが、昔はそれなりに有名な賭博詐欺コンビだったものだ。」
「何の話だ?」
「まあ少し話そうじゃないか。」
戦場とは思えないプルトの言葉と雰囲気。
レイモンドと同じルーツを持つプルトを相手に話をするのは分が悪い。
だが、話をしてしまうのは、そう言ったテクニックによるものなのだろうか。
「今、君の中にある感情をここで暴露するのは悪趣味というものだ。だが、見過ごせんという部分もある。」
プルトはゆっくりと距離を詰める。
敵愾心の類は感じない。
ただ、話をしようとする姿勢は本物に感じる。
「まあ、なんというかな。君は亡くなった奥さんのことを思うふりをして、自分の気持ちに蓋をしているだけだ。」
蹴ろうと思えば、殴ろうと思えば簡単に当たるだろう。
その距離で無防備に視線を外し、構えもしない。
先ほど展開していた龍の翼すら消えている。
ハウンドが警戒と呆れの混ざりに混乱している中、プルトは話を続ける。
「この蓋をする。というのが中々厄介なものでな。知らず知らずのうちに、蓋をしている感情を忘れてしまう。例えば何かの心配事や悲しみ。それを忘れるようにして没頭する。そうして塞いでしまえばいつかは解決する。そう思いがちだ。」
ハウンドは聞き入っていた。
彼の言うことは自分のそれに当てはまるように感じていた。
「だが、それで解決する場合もあれば、しない場合もある。君の場合は解決しないものだ。後悔と悲しみに縛られ、それを許容している。だが、それでは君は前に進めない。進むという選択肢と可能性を自分から握りつぶそうとしている。」
「違う。」
「そう思おうとしているだけだ。もし仮に、君が蓋をした感情を時間が解決しているのなら、君は先に進む可能性を否定しない。保留するか、進むか悩む。そういうものなのだ。」
「わかったようなことを!」
「わからんよ。私が言っているのは教科書通りの一般論だ。だが、強い拒絶反応を示すのは君自身、どこかでそれを理解しているのだ。」
「なにがいいたい!敵に対して!アンタは!」
「君は一度、ゆっくり考えたほうがいい。という話だ。レイモンドもいるのだろう。こういうパターンの典型は、相談相手がおらず、答えが出せないまま蓋をするというものだ。それぞれ話せる事情が悩みの種というわけでもないからな。そういう意味ではあれに相談するといい。それに君は先に進もうとする自分の意思を過去の後悔で縛ろうとするようだ。」
ハウンドは言葉を失う。
拒絶することもできなくなっていた。
立ち止まり、何かと理由を付けて逃げる。
それは彼が娘に対してこれまでしてきた姿勢と一致する。
「私が…こんなことを言うべきではないのだろうが。」
プルトはハウンドの視界から消える。
いや、彼が警戒を解いていたが故に反応できなかったのだ。
ハウンドの腹部へ、プルトの拳がめり込むと、彼の意識は闇に飲まれていく。
「あれには普通に生きる権利も持つ。もし、あれがそれをのぞむのなら、娘をよろしく頼む。」
視界が闇に包まれたところで聞こえた優しい声は幻聴だったかもしれない。
しかし、その感想も彼の言う、進むことを否定したい。という思考が事実と認めようとしないだけかもしれない。
次回は土曜日。
活動報告更新してます。
あけましておめでとうございます。
ひとまずシーズン2終了まではこれまで通り、火、金曜に更新して翌日となる水、土曜の0時に公開という方針でやらせてもらいます。
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