2-50 ヒマワリを次に残すように
天虎士【一般情報】
天の国の保有する戦闘部隊。
世界最大の人数を誇る。
ゴーレム運用を前提とした現代的な編成とは異なり、旧来通りの訓練を積んだ軍人による連携を主とする。
柔軟性に富むだけでなく、訓練を積んだ兵士達による威圧感は他国の軍隊にない特色といえる。
なお、天虎士とはあくまでも陸戦部隊の総称であり、海軍は含まれない。
これは大戦争以前、同国が内陸国であったためである。
刃の国を駆けまわるのは軍人だけではない。
軍医や補給班もまた、せわしなく駆けまわる。
「パルどん!ここにおったがか!」
リョーマはパル達の元に駆け付ける。
彼は獣の国で拳を痛めた後、今回の侵攻作戦に参加する予定ではあったが、リハビリが間に合わなかった。
それでも何とかして今回の作戦に参加したいと懇願し、補給班として参加していた。
「リョーマか。ちょうどいい、そのガキを連れてってくれ。」
パルはそう言ってサラを指さす。
リョーマは頷き、荷物を下ろす。
「おまんらはどうすう?」
「アンタら、一回下がったらどうだ?オレはこのままでもいいけど、お前は、剣もねえのに戦えんのか?」
「それは…そうだが…」
「お言葉に甘えさせてもらおう…だが。」
ママはパルの肩を叩く。
「お前も一度下げるべきだ。かっこいい獲物がないのはお前も同じだろ?」
パルは肩をすくめる。
「焦っても…か。ヤタのトンデモ兵器でも貰おうかね。」
リョーマを含めた一行は補給所へと向かう。
議場を出たハウンドたちを巨大な塊が迎える。
ジェスと小隊員の2人は見覚えのないそれに驚いていたが、ハウンドはそれが何のかをすぐさま理解した。
「ノーチラス…?」
ハウンドが通信機に触れようとした瞬間、通信が入る。
『ハウンドさん、カレンです!補給拠点ノーチラス、現着です!』
ノーチラスのハッチが開き、彼らは迎えられるまま、乗船する。
本来、潜水艦として設計されたものに陸上での行動能力を追加したノーチラスは、陸上での機動力に難がある。
しかし、こうした補給艦としては十分な性能を有しているともいえた。
彼らの乗り込んだ人員用のハッチの後方にある大型ハッチからは数体のゴーレムが物資コンテナを下ろしはじめている。
だが、ハウンドはノーチラスの作戦参加についてはなにも聞いていなかった。
そもそも、今回の刃の国侵攻作戦は短期決戦を前提としており、補給艦の存在は不要ともいえる。
それでもこれだけの物資を揃え、議場の前という敵地の重要拠点付近に上陸できたというのは偶然にしては不自然でもある。
当然、誰かが、ある程度、独断で用意したということになる。
それを行える地位と知見を持つ人間。
レイモンド・サイカー。
ブリッジで彼らを迎え入れたその男は、笑みをたたえている。
「会うのは初めてかな?幸運のジェスさん?」
「能書きはやめてもらおうかあ。それとも君にとっては私がここに来ることも予想通りなのかなあ?」
レイモンドは小さく笑う。
「まさか。僕は君の死体と会うつもりだったよ。」
「利用するだけしてか?」
反論したのはハウンドの方だった。
彼の言葉にはわずかに不信感がある。
それは当然だ。
無断でのノーチラス出航だけではない。
彼はこの刃の国侵攻作戦を含む全ての裏で暗躍していたのだから。
「僕から話しておきたいことは沢山あるけど、まずは負傷者がいるようだからそっちから始めよう。この船にはドクと天の国の医師が何人か乗ってる。荷物の搬出が終わればここは野戦病院として機能できるようにしてあるから。」
「だれの指示で…?」
ハウンドは驚きを隠せない。
この短期間でそれだけの準備ができるとも思えなかった。
「そこは心配しなくていい。ツスルさんとレイア女王に内諾を貰ってるから。」
レイモンドは簡単にそう言ってのけると、カレンに小隊員2人を案内させる。
まるでこの船の主のように慣れた振舞いだ。
「さてえ、これで邪魔者はいなくなったわけだあ。」
ジェスは嫌味を言う。
「そう怒らないでよ。確かに君の部下が亡くなったことに関しては僕にも責任がある。けど、僕だって未来が見えている訳じゃない。」
ジェスは明らかに不満気だが、納得したのか、椅子に座る。
ハウンドもそれに習い、腰かけるとタバコに火をつける。
「で、どこからどこまでお前のシナリオだ?」
「話、長くなるけどいい?」
始めろ。ハウンドは即答する。
むしろ、この状況に対し、簡単に説明されても理解できないだろう。
「僕の行動指針が変わったのは花の国だ。」
「会談かい?」
ジェスが口を挟むと、レイモンドは首を振って否定する。
「花の国での会談前に、プルトとパルは一度会っている。プルトからの要求にこたえる形でね。」
ハウンドは口を挟もうとしたが、レイモンドが手を出して制する。
「この時点でパルは自分の父親がプルトだという事実を知っていた。僕も含めてね。ただ、プルトとパルが直接会ってどんな話をしたのかはわからない。ただ、その後、僕もプルトと会った。個人的な仲だからね。」
そこで。とレイモンドは続けようとしたが、言葉に詰まる。
流れるように話を進める彼にしては珍しい反応だ。
「そこで…プルトに会って、彼が狂っていることに気付いた。彼は、奥さんと娘を失って狂ったんだよ。」
珍しく感傷的な彼の言葉。
上辺だけの態度ではないことはジェスにもハウンドにも理解できた。
「彼が狂ったとして、僕はそれでもいいと思った。だから彼に手を貸した。でも、事はそう単純じゃない。彼の娘は生きていた。ならパルはどうなる?狂った父に振り回されて、結果、いろんなものを背負って死に場所を探しているだけの存在…僕は、それが我慢できなかった。」
「本音か。それが。」
ハウンドは口を挟むと、レイモンドは頷く。
「そこを偽る気はないよ。僕はプルトを止められなかった。それどころか『レギオン』の崩壊に手を貸して、彼が『遺産』を手にするのを黙認したからね。」
当事者の語る真実にハウンドは複雑な思いを持った。
嘘で塗り固めたこの男の下地とも言える部分を覗いている。
「罪滅ぼしい…かい?」
ジェスの言葉はハウンドが思う部分でもあった。
この混乱を生み出した一因としての後悔。
それが彼の行動原理である。
そう解釈していた。
だが、彼は再び首を振る。
「罪滅ぼしとは少し違う。僕は教団やプルトの現状に対して思うことはない。それは形やタイミングが違うだけでいずれ露見することだ。ただ、この件で一番被害を受けるのは?母親を失い、父は世界の混乱を生み出す根源。そうなっているのは誰?その父を殺さなきゃいけないと覚悟しなきゃいけないのは誰?」
「あいつか…」
レイモンドの問いにハウンドが答える。
悲劇のヒロイン。
そう言ってしまえば正に劇の一員として同情を集めるだろう。
しかし、そんなものがなんになるのだろうか。
彼女という等身大の人間についた傷をそんなもので埋めることはできない。
「信じるのかい?」
ジェスがハウンドに問いかける。
レイモンドの話に流されそうになっていたのは事実だ。
相手に答えを出させ当事者意識を持たせる。
その先は思考を誘導する必要もない。
自分で出した答えを疑うのは難しいからだ。
ジェスはそれを理解した上で止めた。
だが、それはハウンドも理解していた。
「今は…風の国との戦闘に集中したい。というのが本音だ。だからそれまではお前の話に乗る。それは変わらない。」
ハウンドの答えにレイモンドは深く頷く。
「それで構わない。ただ、パルはプルトを殺す気でいる。できればプルトは殺さずに確保したい。」
「やれるだけやってみるさ。」
ハウンドの目に覚悟が宿る。
自分がどうなろうとも。
そういった覚悟だ。
だが、それは彼女が望むものではない。
それでも、彼は言葉にしなかった。
止めるようなことはしなかった。
己の目的を達するためだけに。
ハウンド達がレイモンドと合流してから2時間ほど経過した。
刃の国に侵攻した大同盟のうち、比較的軽症だったものは補給を済ませ、想い想いに休息をとっていた。
疲労感を誤魔化すように皆、風の国の話題を避ける。
これからまた戦闘になる。
それを口に出せば現実になるような感覚を全員が持っていた。
そんな中、全員の通信機に声が入る。
オープン・チャンネルを使用したものを龍の国にある本部が中継している。
『余は、風の国軍総括のパーシヴァル・プルトである!刃の国は大同盟を名乗る組織に占領され、難民の虐殺が行われていることは周知の事実である!』
パーシヴァル・プルトのその声は続々と信じがたい事実を謳う。
『全ては!大国と呼ばれるかの3国!あれらは事実を隠蔽し!汚職に塗れ!世界そのものを支配せんとする悪である!これより我が風の国は大同盟を討つ!これは聖戦である!』
流れるようなプルトの言葉。
そこに真実はごく僅かしか含まれていない。
しかし、この一方的な演説を即座に否定する準備は大同盟にはない。
むしろ、プルトが不意打ち気味に『遺産』に含まれるスキャンダルを公表することをしなかっただけマシとも言えた。
『総員!戦闘準備!各班長の指示に従い、所定の迎撃位置へ迎え!』
プルトの言葉を咀嚼する前にトータスの指示が飛ぶ。
深く考えるより先に動く。
訓練を積んだ軍人にとってその方が混乱を避けられる。
命令によって思考をそちらに集中するのだ。
「カレン。負傷者を連れて下がれ。お前も一緒に行った方がいい。」
ノーチラスのハウンドはトータスからの指示を受け、即座に指示を出す。
カレンとレイモンドが頷くのを確認して、ハウンドは走り出した。
「リョーマ!お前はヴァンと一緒に物資を持っていけ!連中にくれてやる訳にもいかん。」
オルカもまた、即座に動いた。
近くにいたリョーマとヴァンに叫ぶ。
「おいも戦えもす!」
「いえ、下がってください。後方支援もまた戦闘です。」
食い下がろうとしたリョーマをバイソンが止めた。
あくまでも彼らは獣の国の要人であるというスタンスは崩さない。
リョーマは渋々了承するとヴァンと共に引き返した。
「サラ…お前の…その…お前は…」
パルはサラに対し取り止めのない声をかける。
何を伝えるべきかわからない。
一緒にいたザイチとママはすでに移動しており、付近には彼女達しかいない。
「なんだ。戦ってほしいのか?」
サラは首を傾げる。
違う。と咄嗟に答えるパル。
だが、何を言えばいいのか微妙に出てこない。
下がれ。と伝えるだけなのだが、それがとても難しく感じる。
下がれ。というだけでいいのか。それさえも疑わしくなってくる。
パルは深呼吸して、サラを抱きしめた。
サラもこれは予想外だったらしく、えっ。と声が出た。
「なんて言えばいいかわからねえが…その…とりあえず下がっててくれ。あ、いや違う…待っててくれ。オレが帰れる場所として。」
「どういう意味だ?」
サラは言葉がわからず、なんだって。と聞き返した。
パルはサラを離す。
「言葉通りさ。多分、オレはみんなのとこに帰りたくなくなるだろうから。」
サラはそれでも言葉の意味はわからなかった。
だが、パルの目がおおよその意味を伝えていた。
後戻りできないところに来ている。
そう感じた。
「『サヨナラ』と違う答えがありゃあ…まだ、笑えたのかもな。」
パルはそう呟いた。
サラはどうしていいかわからず、聞かなかったことにした。
いや、帰ってきたら聞かせてもらおう。とそう思った。
龍の国に設置された大同盟軍の本部には続々と報告が入ってきていた。
『こちらオルカ、龍の国第一班ルビリア・サフィア!総員陸戦装備にてポイントデルタ3に展開完了!』
『天虎士第一班、オジマだ。こちらも展開完了。』
『港の国、コオウ・ママー以下14名、配置完了した。』
『天虎士第二班、ヤマト!こっちも終わったで!』
『龍の国第二班、バイソンです。こちらも準備完了です。』
続々と届く報告がピタリと止む。
まだ展開し終えていない部隊がひとつだけあった。
トータスはその責任者を怒鳴りつける。
「パル!いつまで遊んでやがる!」
『るせえ!耳元で叫ぶんじゃねえ!』
怒鳴り返す声。
耳元で怒鳴っている訳ではないし、非は彼女にある。
『クソジジイが…待つってことを知らねえのかよ…あのクソジジイ。』
悪態をつく声もマイクは拾っていた。
「いい度胸だねえパルちゃん?帰ったら外周走りてえんだな?」
やべえ。という反射的な声まで本部には響いていた。
小さく笑う声が聞こえる。
トータスも顔は笑っていたがその目は怒りに満ちていた。
『ルビリア・パルだ。遠くに風の国の軍勢が見える。こっちはハウンドと剣聖含め準備完了だ。』
茶番を挟むことになったが、最後の部隊からの報告に本部にいる全員がトータスに視線を集める。
そこには先ほどまでのゆるい雰囲気はない。
トータスは息を吐き、マイクの電源を入れる。
「お前らを待ってたんだよ。ノロマのパルちゃん。」
『そうだったけか?まあそうカリカリすんな。仕事はするからよ。』
「そんなに仕事が好きとは知らなかったぞ。早速だが、沢山お仕事してもらおうか?お前らは風の本隊を迎えに打って出ろ。連中が誰に喧嘩を売ったのか、きっちり教えてやれ!」
『そう来なくちゃあな。んじゃ始めるか。』
風の国と大同盟の全面戦争はここに開幕した。
次回は土曜日。
活動報告更新してます。
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