2-47 だがために
キュドウ・エルシィ【個人情報】
刃の国軍総括を務めるコラン・ジェスの副官。
文官出身であり、大戦争の際、軍部と役所の橋渡し役を求められたことで、正式にジェスの副官となった。
戦闘技能は一線級の腕を持つ一方で事務処理能力も高く、大同盟侵攻作戦の際は書類仕事の面で大いに活躍した。
趣味は釣り。
殿を買って出たパルは最後の戦車を破壊し終える。
車両用に作られたこの地下は道幅が狭く、戦車が全力を発揮するには些か状況が悪い。
指揮官はそれを承知で戦車をぶつけていたが、それは単にパルという強大な戦力を足止めするためだけだった。
パルもハウンドもそれは承知していたし、事実、ハウンドはジェスの目の前まで到着した。
パルはタバコに火をつけ、通信機に触れようとするが、手を止める。
違和感のようなものが背筋を走ったからだ。
先ほどまで舞い上がって気が付かなかった。
「あのガキ…」
パルは苛立ちながら呟くと全速力で駆け出した。
「ジェス…貴方はなにを!どこまで知っている!全て話してもらおうか!」
議場ではハウンドがジェスの胸倉を掴み、問い詰める。
「お…落ち着きたまえ…よ…」
ジェスは腕を押し返そうとするが、机に叩きつけられる。
咳き込むジェス。
だが、ハウンドは力を緩めない。
むしろ力を込める。
「パルの父親がパーシヴァル・プルトとはどう言うことだ!大地の龍の力とは!教団はなにを考えている!お前はなにを話した!お前はなにをするつもりだ!」
『さて、そろそろ僕が話す頃合いかな?』
矢継ぎ早の問いに答えたのはハウンドの通信機だった。
聞き覚えのある声と含みのある口調。
思えば花の国での会談以降、不気味なほどこの男は大人しくしていたものだ。
「レイモンド…サイカー…」
相手の名が反射的に声になった。
ジェスを解放し、通信機に触れ応答する。
「納得のいく答えをしてもらえるんだろうな?」
オルカ、カイン、バイソンは合流し、事態の進行を待っていた。
数十分ほど前から銃撃の音は耳に入ってこない。
それは敵の指揮所である議場の制圧に移行したということを示す。
「どうなってんだろうねえ…」
オルカは呟くと新しいタバコに火をつける。
彼女の座る周りには10本ほど吸い殻が転がっている。
「先輩を信じるしかないのでは?しかし…パルさんがいるのならもう終わっていてもおかしくないですが…」
バイソンは立ち上がり、議場の方を見つめる。
煙が上がっているわけではない。
戦闘の光が見えるわけでもない。
最悪の事態。
それは彼らに指示が飛んできていない以上、ありえない。
だが、この静けさが不安を掻き立てる。
「加えてママー元帥の姿も見えん。あれほどの実力者が相打つほどの相手だったのだろうか…?」
「待ちな…!」
オルカはタバコを捨てる。
彼女もまたパルの感じた違和感のようなものを感じた。
本質的にはパルの感じた『自分と同じ構造の人間がいる』という異物感にも似たそれとは異なる。
言うなれば直感。
『なぜか嫌な予感がする』という非論理的かつ現実的な経験則からくるものだった。
風の国の古城ではリト達とプルトの戦闘が始まっていた。
リエルを主軸にリトとラキエがカバーする連携にプルトは少しずつ追い込まれていく。
「そんなもんか?ええっ!」
リエルは左右の拳によるフェイントを見せ、ローキックを放つ。
フェイントに乗ったプルトは無警戒の足に蹴りを受け、動きが止まる。
「ぐぅっ…」
わずかに体勢を崩したプルトはリエルから視線を切ってしまう。
即座に立て直し、正面を向くとリトに入れ替わっている。
「そら!」
リトの振り下ろす剣を自身の剣で受ける。
鍔迫り合いだが、第二世代天使との単純な腕力勝負では部が悪いのか徐々に押し込まれる。
「ぬぅぉぉぉぉ…」
声が漏れる。
押し込まれ、肩にリトの剣が触れる。
プルトはリトの腹部に蹴りを放ち、距離を取る。
相手と距離があき、息を吐くプルト。
しかし、吐き切る前にプルトの足は地面から離れる。
エルカが彼の背後から腕を腰に巻き付けるようにしてクラッチし、持ち上げられたのだ。
そのままエルカは上体逸らしの要領で勢いよくプルトの後頭部を地面に叩きつける。
エルカはブリッジを解き、笑う。
「我々が出ててくるまでもなかったですかね?」
大の字に倒れたプルトはそのまま声を上げて笑う。
「頭を打ってイカれたか?」
リトの言葉はプルトの笑い声にかき消される。
笑いながら立ち上がるプルト。
その目は宝石を思わせるような赤に変わっている。
「今のが全力か?それが本気か?そんな程度で余を倒せると?イカれているのはお前たちの方だ。所詮は出来損ないというところか。」
リエルは身体強化魔法を使い、即座に背後からハイキックでプルトの頭部を狙う。
プルトは自然に一歩前に出てそれを回避すると、振り返り、バランスを崩したリエルを蹴り飛ばす。
当然、先ほどまで正面にいたリトとラキエに背を見せることになる。
リトはそれを好機と見て突きを放つが、プルトは不自然なほど自然な動きで半身になって回避し、空中で伸びたリトを肘撃で叩き落とす。
「やはり…その目は…」
仕掛けず、2人が迎撃される姿を見ていたラキエは確信する。
「天の龍から授かったこの目は、奴のそれと同じよ。貴様らがどう動こうと、いかに死角へ回り込もうと、天から見下ろすようにして見ることができる。」
嫌な汗がラキエの頬を伝った。
想像以上にこの男は龍の加護を自分のものにしている。
彼らの目的達成のためにはプルトの熟練度が大きく関わっていただけに、最悪のシナリオをなぞる可能性を考慮する必要が出てきていた。
「まだだ。セリンスロ…!」
レイモンドからの通信に気を取られていたハウンドは反応が遅れ、復活したエルシィに組み付かれる。
「邪魔するなあhhhh!」
叫びながら獣人化し、エルシィを強引に振り払うと、銃撃がエルシィを襲う。
「エルシィくん…!」
ジェスは副官に呼びかけるが答えはない。
多くの死体を見てきた彼は、エルシィが即死であると即座に判断した。
「ご無事で!」
負傷者の護衛のために後方で待機させていた2人が議場に入ってくる。
負傷した方に肩を貸し、なんとかここ近くまで進んできていたが、エルシィがハウンドに組みついたのを見て発砲したようだ。
ハウンドがジェスの言動に興味を示していただけで、状況としては依然、大同盟と刃の国は以前、交戦状態にある。
故にエルシィは組み付き、故に彼らは打った。
ジェスはそれを理解している。
だからこそ彼らを非難することなく、沈黙で副官の死を悼むだけだった。
「ジェスは殺すな。ただ、不審な動きがあれば迷わず射殺しろ。」
ハウンドが指示を出すと、小隊員は2人とも頷き答える。
負傷した方を椅子に座らせられると、持っていた突撃銃で、ジェスに狙いをつける。
椅子に座った方も同じように背後から拳銃を突きつけた。
ハウンドはその様子を確認すると、再び、通信機に触れる。
「なにがどうなっている。」
レイモンドはしばらく黙っていた。
『どこから話すべきかな…いや、君にだけは全て話しておこうか。少し長くなるだろうけど。あと、途中で話を止めないでね。君はすぐ止めたがるから。』
彼からの返答は真剣そのものだった。
「善処しよう。」
ハウンドが短く返すと、レイモンドは話を始める。
『まず、僕とプルトは古い知り合いだ。僕らは大戦争の始まる5年くらい前に学校で知り合ってね、酒場で賭けをやって稼いでいた。』
「それで?」
『学校を卒業した後はお互い地元に帰ったもんだから会う機会は減った。僕が再開したのはプルトが結婚した直後くらいだったかな。すでに彼の奥さんは身籠っていてね。それがパルだったってわけだ。』
「確証はあるのか?」
『微妙といえば微妙…ただ、パルの本名は『ダグラム・アイーシャ』。本人も最近まで忘れてたけど龍計画の資料とトータスの証言からほぼ間違いない。そして…』
「それはプルトの娘と一致する…か。」
『そういうことになる。知っての通り彼女は戦災孤児だ。大戦争の影響で増えた山賊がプルトの村を襲った。プルトは幸か不幸か不在、パルは彼女のお母さんが逃した。後は君の知る通りって感じだね。』
ハウンドはパルの事情を聞きながら、冷静なままでいた。
それは彼自身がどこかで、最近の彼女から感じていたらしくなさがあったからだ。
特に、自分と娘の件に関しては必要以上に関係修復に尽力してくれたように今は思う。
あれは自分自身と重ねていたのだろう。
「龍の力とはなんだ?あの黒い血か?」
『ああ。信じないだろうけど大地の龍の血が彼女に投与された。その結果が今の彼女の強さの秘密ってわけ。で、それを遡ると娘の生存を知ったプルトが彼女に自分を守るための力と教団として相応のポストで迎え入れるために仕組んだことだった。』
「相応のポスト?」
『遺産の後継者。』
これまで余り今回の遺産争奪戦に関わって来なかった彼だが、軍人である以上、今の情勢は把握していた。
パルがその後継者となる。
その意味は今の彼には理解できなかった。
それでも、プルトの思い通りにはさせたくなかったし、レイモンドもその部分では一致しているように感じた。
「俺はどうすべきだ?駒でいい。あいつがこれ以上、泣かないで済むならな。」
『プルトはパルに殺されようとしている。そうすることで『遺産』という存在感で政治的に守るつもりらしい。』
「そうなればあいつは親殺しの上、世界中から狙われる。どんなに強かろうとな。」
『だからこそ君の力が必要になる。それに、彼女も死に場所を探している。』
「それは昔からなんとなく感じていた。最近はそれほどでもなかったが。」
『まあそっちはそっちで手を打ってある。君はとりあえず刃の国降伏をそのまま待っててほしい。』
「わかった。」
ハウンドはジェスの方を向く。
「刃の国の降伏は?」
「それはあ…私の一存ではできない。レイモンド・サイカーのシナリオに従うのならねえ。」
ジェスの言葉に嘘はない。
彼が降伏を宣言できるならとっくにしていた。
だが、それを許さなかった。
教団とレイモンドが。
とは言え、レイモンドの策に乗ったのは他でもないジェスだ。
場合よっては全員助かるかもしれない。
それが悪魔の囁きであったとしても、教団という特大の異物相手には乗るしかなかった。
レイモンドはどこまで関与しているのか。
この作戦か。
それとももっと前、花の国の会談からかもしれない。
ハウンドは彼の底知れなさを感じる。
そうまでしてなぜパルのために動くのか。
それが少しだけ引っかかった。
次回は水曜日。
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