2-46 俺たちただの3人組
第七天使ラキエ【未確定情報】
トラ教団の生産した人造人間『天使シリーズ』の第一号。
パーシヴァル・プルトの要求したスペックに到達し、初めてナンバーを与えられた個体である。
彼以前にも教団は人造人間を製造していたがスペックの低さから廃棄、ないし別の役割を与えられた。
デザイン・ベイビーとの違いは遺伝子ベースとなる人物の有無であり、天使は龍の加護を得たパーシヴァル・プルトをベースとしている。
刃の国侵攻作戦は別の方向へと転がり出した。
デルフィンが正式にジェスから指揮権を取り上げれば、風の国が宣戦布告を行う。
消耗した大同盟と着実に力を貯め続けてきた教団がぶつかるとなれば、大同盟は苦戦を強いられることになるだろう。
しかし、策謀に長けた男がそれを黙って見ているわけもない。
多くの人間が嵌めた多種多様な歯車は奇跡的にも噛み合い、運命を動かす。
それは、『幸運』と言っていいものかもしれない。
風の国の古城でプルトがデルフィンを脅迫していた頃、ハウンドは小隊員達と共に議場へ繋がる長い廊下にいた。
奥にある扉の先に指揮官のジェスがいる。
だが、それを阻むように待機していたエルシィに足止めされていた。
エルシィは机を倒して壁にし、矢を放ってくる。
魔力で作られたそれはある意味で無尽蔵と言うべきもので、ハウンド達も反撃してはいたものの今一つ攻め手に欠けていた。
「どうしたもんかな…」
ハウンドは最後のマガジンを装填しながら呟く。
そこに込められた苛立ちは2人の小隊員も感じているものだった。
パルが追いつくのを待つことも考えたが、それがいつになるかは見当もつかない。
ハウンドは思考を巡らせる。
だが、思いつくどの手段も有効であるとは思えない。
水を刺すように矢が向かってくる。
天井スレスレを飛ぶそれの意味を理解するまで時間がかかった。
彼らの頭上で矢が破裂すると、細かい破片のような魔力の刃が降り注ぐ。
「ホムラっ!」
咄嗟に叫ぶと、ホムラは体を炎の渦に変化させ、刃を迎撃する。
これまで消極的な攻撃をしていたエルシィが初めて殺意を持って攻撃してきた。
それは彼もまたこの状況を打開したいと考えていたという証明でもある。
「大丈夫か!」
ハウンドが2人に聞くと、1人が足を押さえている。
ホムラの迎撃では全てを捌ききれず、そのうちの一つが運悪く命中していたのだった。
加えて、間の悪いことに出血量から動脈を傷つけているようにも見える。
負傷した小隊員は目に涙を浮かべながら必死に足を押さえつけ、もう1人が止血のためにスカーフを巻き付ける。
悲鳴をあげず、応急処置を行う2人の練度に安心したが、状況は芳しくない。
ハウンドは処置が終わるまで突撃銃でエルシィを牽制すると、銃を2人へ投げ渡す。
「なにをする気ですか!?」
「心配無用だ。」
何かを察した小隊員が声を荒げるが、ハウンドは笑って宥める。
ハウンドは右手で拳を作り、心臓のあたりを押さえる。
息を吐いた。
「お前らはここで待っていrrrrrろ。すぐ終わりにする。」
ハウンドの姿は人狼へと変化していく。
天の国で発現させた際は暴走したが、ヴァンと話すことができた今、以前ほど知性の低下はない。
獣に戻りすぎないように制御できるようになったと言ってもいい。
再び、息を吐いた。
とはいえ、実戦で使うのは天の国以来であり、一抹の不安があった。
「大丈夫だ。」
自分に言い聞かせるようにそう呟くと、懐から柄を取り出し、咥える。
ハウンドは一気に踏み出すと、風を巻き上げながら向かっていった。
エルシィはハウンド達が何かを仕掛けようとしていることは把握していたが、それがなんなのかはわからなかった。
先に仕掛け、主導権を握る。
そのつもりだったが、相手の様子がおかしい。
矢を作り出し、つがえながら顔を出すと、目の前に獣人が現れた。
反射的に机を蹴ると、獣人の下半身にぶつかったのか、僅かに距離が開く。
どこからこの獣人が現れたのか。
ハウンド達は何をしたのか。
疑問は尽きない。
むしろ混乱している。
だが、多くの死線を潜ってきた彼の体は相手を敵であると認識していた。
矢を引き絞り、照準を合わせ、力を込め放つ。
放たれた矢は3つに分かれ、正面と左右から挟み込むように飛ぶ。
GAHH!
獣人が短い咆哮を上げると、3体の使い魔が矢をそれぞれ噛み砕く。
その様子からここで初めてあの獣人がハウンドであることに気づく。
「龍の国はバケモンしかいないのか…!」
悪態をつきながら、腰からナイフを引き抜き床に突き立てる。
土魔法の術式展開能力を有したそれが地面に紋様を作ると、ハウンドへ無数の土の棘が襲いかかる。
視界を塞がれたハウンドは急停止し、姿勢を低くする。
「無駄なこと!」
エルシィの言葉に反応して、棘が枝分かれするようにして、ハウンドを追う。
床に無数の棘が刺さる。
エルシィは矢をつがえ、警戒はしていたが内心では勝利を確信していた。
いくら獣人の反応速度と筋力があろうと広範囲からほぼ同時に襲う棘を回避し切れるはずもない。
それに、本能的に自分を狙ってきていたハウンドが沈黙していることも勝利を補強している。
土煙が晴れ、死体を確認したら後方の負傷者を狩る。
そうすれば、まだ時間を稼げるだろう。
エルシィは息を小さく吐いた。
大戦争の頃から何度か顔を合わせた相手を倒しただけに安堵するのも無理はなかった。
しかし、土煙の先から何かが飛び出してくる。
ハウンドだ。
先ほどまでの獣人の姿ではない。
記憶にある姿で剣を握り、飛び出してきた。
馬鹿な。
予想外の事態なだけにエルシィは反応が遅れる。
ハウンドの剣が弓を両断する。
いや、エルシィは咄嗟に弓を投げつけることで距離を取る僅かな間を引き出していた。
見る限りハウンドは無傷ではない。
少し距離を取ればまだ仕切り直せる。
客観的に。
戦場で。
予想外の事態を前にして。
冷静な分析などできない。
故にハウンドはこの瞬間に仕掛けた。
再びの獣人化である。
エルシィは目を見開く。
混血の獣人がその力を引き出すのは容易ではない。
その前提知識があったからだ。
獣人となったハウンドは僅かな間を引き裂くようにステップイン。
そのまま彼の顔面を掴むと議場の扉へ叩きつけた。
無論、壁ではない扉はそのまま壁から離れる。
ハウンドはそのまま地面に叩きつけるような形でエルシィの頭部に2度目の衝撃を与えた。
瞬間的な獣人化とその解除。
本来ならあまり必要性のないものだ。
混血の獣人が重視するのは獣人となった際にどれだけコントロールできるか。
以前のハウンドのように戦闘能力が大幅に上昇した上で暴走すれば、味方への損害は計り知れない。
だからこそ、獣人となっている時間を長く、理性的に行動できるよう訓練する。
しかし、ハウンドには使い魔と剣術がある。
かねてより獣人であることを隠し続けるための努力がある。
獣人となっていても使い魔である猟犬を使役することができるが、それは半自立型であるが故だ。
つまり、ハウンドは獣人となっている間、細かい指示をドッグスに与えてはいない。
半自立型の利点ではあるが、自立しての判断力はベースとも言える犬のそれに近い。
故に、咆哮である程度のコントロールは可能だった。
しかし、大まかな指示を遂行することはできても即座の判断で行動することは不得手となる。
そのため、実際に連携しての作戦行動や複合魔法は司令塔であるハウンドの指示が必須となる。
獣人としての身体能力と複合魔法を含む使い魔の連携の両立はそういった面から運用が難しかった。
使い魔を軸とした平常時と、自身の能力を引き上げる獣人化。
その境をなくすのではなく細かく切り替えることで長所を殺すことなく短所を減らす。
先ほどは伏せた後に獣人化を解除、クロガネを使い、致命傷になりうる棘を優先的に迎撃した。
流石に全てをカバーするとこはできず、幾つか出血も見られるが、指示通り致命傷は避けている。
ハウンドの高速変化とも呼べる技はこの一年の間に身につけたものだ。
それは、獣人ということがある程度周知の事実となったことだけではない。
彼もバイソン同様、天使との交戦を経て、自身の能力を強化する必要性を感じていた。
それから取り組んできた課題はこの場である意味の成果を見せたことになる。
彼が目標としたのは奇しくもオルカのいう審判の日に近いものがある。
最強の兵士ルビリア・パル。
しかし、剣聖カインとの戦闘や、天使のような存在の登場は彼の中にあった確信を揺らした。
これまで、戦闘はパルに任せておけば問題ない。と考えていた。
それが通用しない時、白の部隊の部隊長として自分はどうするのか。
彼女を守るための力。
或いは、彼女の隣に並び立ち戦う力。
彼が欲したのはそれだった。
ハウンドは顔を上げる。
手応えは十分。
エルシアは死んでこそないが、気絶している。
衝突の寸前に身体強化魔法を使ったらしい。
「猟犬…だねえ。これまでかなあ。」
議場の椅子に座っていたジェスは懐から拳銃を抜くとハウンドに照準を合わせる。
「お久しぶりです。あなた方の負けだ。」
ドッグスがジェスの周りを囲む。
「そうらしいねえ。パーシヴァル・プルトはあ…カードを切り損ねたあ。まあ素人にしてはあ…よくやったのかなあ?」
賞賛の言葉だがその声からは落胆が見える。
ハウンドは首を傾げる。
「なぜパーシヴァル・プルトが?」
ハウンドの疑問に割って入るように通信が入る。
「出てもいいかなあ?お互いのためにい。」
ハウンドはすぐさまクロガネを手元に戻す。
「下手に動けば殺します。まだ息があることをお忘れなく。」
ハウンド刃をエルシィの首に突き立てる。
仮にジェスが本気でハウンドを殺すつもりなら部屋に入った時点で発砲していただろう。
それに、何かを待っている。という予感。
故に人質をとる。
単なる連絡なら承諾しない。
返答代わりに発砲するだろう。
しかし、ジェスは頷き、銃を下ろす。
「議長お…話はわかっていますう。パーシヴァルと話せるかなあ?」
ハウンドは会話の内容に興味をそそられる。
なぜここまできて、パーシヴァル・プルトの話が出るのか。
「そうかい。君の一手で何人か死なずに済んだよお。だが、忘れないことだあ…『ドラゴン』は健在さあ。大戦争の頃と変わらずねえ。」
ジェスの言葉の真意を測りかねる。
パルの話題がなぜここ出るのか。
警戒すべき戦力としてだろうか。
それなら剣聖カインの名前もそこに出るはずだ。
とはいえ、大戦争の際、直接、彼女の戦闘能力を見たジェスからの警告という意味ではあながち間違いではない。
パルとプルトには面識以上の関係性があるのだろうか。
思考を巡らせるハウンドだったが、ジェスの、あっ。という声に止められる。
「困ったなあ…通信機を壊したらしい…」
「なぜパルの話が出た?」
ハウンドの言葉にジェスは不思議そうな顔をする。
「なぜって彼女の父親はパーシヴァル・プルトだろ?」
「嘘をつくな。」
「この問答に意味はないねえ。この状況でジョークをいうわけがなあい。」
「ふざけるな。」
「ふざけてないよお。彼女は孤児になった後お、教団が龍の力を得るためだけに作ったあ…言うなれば第0世代天使だあ。」
ハウンドは言葉を失う。
何もかもが理解できなかった。
そして、自分が彼女から生い立ちを聞いただけで全てを知った気になっていたことを恥じた。
風の国の古城に3人組が入ってくる。
「タイミングバッチリだったろ?」
先頭の少女は笑いながら、後ろの2人に胸を張る。
「あの男が連絡してきた通りじゃねえか。」
気だるげに2人のうちの1人が答えると、少女はムキになって反論する。
「あ?あいつが言ってきたのは降伏直後だろ?ワシのタイミングで良かったんだよ!詐欺師だかコンサルタントだか知らんが、知恵比べでワシが負けるわけないわ!」
「どちらでもいいでしょう。結果的に我々は我々の仕事ができる。」
プルトは立ち上がると、古城にいる職員控室専用の通信機を取り出す。
予想外の事態だったのか目に見えて慌てている。
「余だ。誰かおるか?」
「いねえさ。」
先頭の少女、リトが代わりに答える。
「いくらパーシヴァル・プルトと言えど天使3人相手で無傷とはいかない。」
「喧嘩相手に不足なしってヤツだ。」
リトに並ぶようにして、ラキエとリエルが前に出る。
プルトは通信機を置くと、剣を抜く。
いつもの余裕ある態度だ。
「よかろう。名もなき廃材品共、余がまとめて廃棄処分してくれる。」
次回は土曜日。
活動報告更新してます。
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