2-45 プルトの一手
鯨類【一般情報】
大戦争時代の龍の国海軍再編計画の一部。
これまで同国の海軍はデザイン・ベイビーを軍人が率いるという方針であった。
一方で大戦争が始まると、その消耗スピード加速し、支出面で無視できないレベルに到達した。
そのため、海軍筆頭戦力であったルビリア・サフィア(オルカ)のデータをベースに単独での戦闘能力を有したハイエンド・モデルのデザインベイビーを作成するに至った。
こうして生産されたのが鯨類である。
また、この鯨類のフラグシップ・モデルとして設計されたのがサーペントであり、納品時のトラブルから専属の戦艦こそ失ったものの大戦争時代から天龍事変直前まで、海軍のトップとして活躍した。
刃の国侵攻作戦は佳境を迎えていた。
大同盟の制圧部隊投入は、本来想定されていた先発隊2名との合流こそ叶わなかったが、順調に前進している。
それは風の国からの援軍に足止めされる形となっていたパル達迎撃組が逆に援軍を抑える形となったことも大きい。
首都近郊に残された僅かな戦力やバリケードは着実に数を減らしており、終戦は時間の問題に見える。
もっとも、この位置まで侵攻された時点で勝敗は決している。
終わってみれば当初の予想通りだった。
少しずつ大同盟という大河に削られていく様を見ながらジェスは待っていた。
この戦いを終わらせることのできる一手。
それを打てる人間がいる。
そして打たせようとする人間がいる。
打たれることで起こるその先よりも今はこの戦場にいる全員が生存することを望んでいた。
「エルシィくん、内部での迎撃にシフトしよう。地の利で数をカバーするんだぁ。」
無線機に投げた言葉に対し、了解。と返ってきた。
安堵する。
すでに死者が出ている。
それがエルシィでなくてよかったと思った。
指揮系統と呼べるものはない。
ジェスとエルシィだけだ。
それ以外はとても指揮を任せられるレベルにない。
ジェスは近づいてくる発砲音に焦りを覚える。
これ以上になんの意味があるのか。
自決か。
戦死か。
まだ選ぶことはできない。
しかし、その順番はだんだんと近づいていた。
制圧部隊の先頭にいたハウンドの小隊はクロガネとツララの生成した壁を遮蔽物とし侵攻していたが、議場への到着が早かったこともあり、防衛戦力と正面衝突、足止めを食らっていた。
そんな状況ではあったが、横からの援護をもらう。
魔力の弾丸は簡単にゴーレムを粉砕する。
「ハウンド!」
その声を聞いたハウンドは装備していた突撃銃を乱射し、パルが遮蔽物に滑り込むまでの援護を行う。
パルと合流したハウンドは弾倉を交換しながら聞く。
「お前は俺たちじゃなくて東側の援護に行ってくれ!」
その言葉に答えるようにトータスから通信が入る。
『あー、ハウンド、それからパルちゃん。合流して議場に侵攻してくれ。東側は捨てて、お前らのバックアップに回す。』
「合流した。このまま進めるぜ?」
パルがすぐさま答えると、了解。と短く返答がくる。
ハウンドは後方に控える小隊員に指示を飛ばす。
「このまま俺たちは議場に侵攻する。パルが道を開く。俺たちは援護を行い、バリケードの破壊を確認でき次第、突入。これまで通りクロガネとツララの障壁を使いながら進む。ただ、内部構造が不明だ。奇襲への警戒を怠るな。」
「了解。」
「パル、お前にはホムラとツムジを付ける。バリケードは任せてくれていい。その奥に控えてる連中を始末してくれ。」
「あいよ。」
一通りの指示を出し終えるとハウンドは頷く。
それから一呼吸おいてパルと視線を交わす。
目を見れば問題ないことぐらいわかる。
「行け!」
ハウンドの言葉でホムラとツムジが飛び出すと少し遅れてパルも走り出す。
それと同時に行われる援護射撃。
「炸裂陣形!」
ハウンドの声が通信機から聞こえた。
それと同時にツムジとホムラはバリケードの僅かな隙間へ滑り込む。
魔力の体を持つ彼らにとって机やキャビネットで作られたバリケードは存在しないも同然だった。
パルは援護射撃に合わせ、アギトを発砲。
バリケードの裏にいる数を確認する。
人間が7人。
多脚戦車もゴーレムもない。
一気に殲滅し、ルートを確保する。
パルの踏み出した足に力を込めると、それに合わせるようにバリケードが吹き飛ぶ。
ホムラの炎をツムジが延焼、拡散することで対象物を破壊する。
視界の開けたパルは加速し、議場の車両出入り口に滑り込んた。
ドッグスとパルが飛び出したことで襲撃を察知していた刃の国の防衛隊は、飛び込んでくるパルを迎撃するべく入り口を左右に挟むようにして構えている。
当然、彼女の侵入を確認した時点で挟撃を仕掛けるが、パルは右手側が僅かに手薄であることを察知しており、魔力の鎧で挟撃を躱す。
そのまま、右手に固まっている集団へ加速する。
「打つな!」
彼女の背後で声がした。
当然、向かい合った両者が真っ直ぐに銃を構えて撃てば、標的だけでなく対岸の味方への攻撃と同じだ。
パルが滑り込んだ際の挟撃はあくまでも滑り込んでくる彼女を狙うためその照準は下を向き、斜めに打ち下ろすようになっていたため可能なものだった。
だが、パルが体を起こし、集団へ向けて移動している以上、その照準は味方へも向く。
こうしてパルは挟撃を無力化すると、アギトを乱射する。
パルの弾丸は近くにいた2人にいくつもの穴を開け絶命させる。
彼女は命中した弾丸が致命傷であると確信し、少し照準を下げる。
パルは加速を保ったまま右手側の最後に残った義勇兵の膝を撃ち抜くと、素早く背後に回る。
左腕で首を締め上げ、左手側への盾にしつつ右手のアギトをもう片方の集団に向ける。
パル自身、小柄なことも相まって、膝を打たれた義勇兵は彼女の体をほとんど隠す。
「さあ…どうすんだ?」
パルの言葉は単純な脅しだ。
味方を挟んで撃ち合うか。
見殺しにするか。
この盾の秀逸な点は、盾となっている人間に意識があり、出血が目に見えてわかりやすいことにある。
決断を迫るようなローキックが義勇兵の傷口へ打ち込まれると血が弾け飛ぶ。
情けない声を上げる義勇兵。
意識がある故、緊張を誘発する。
悲鳴が引き金を躊躇わせ、出血が判断を煽る。
我慢比べというほど平等でもない。
義勇兵といえど、ヤタ製のアーマーを着ているため、盾を無視して発砲しようとも貫通してパルに弾を当てるにはある程度の運が必要になる。
加えて、パル自身、カインと同様の防弾、防刃仕様の衣装を着ているため運よく貫通した弾が彼女を傷つけるのはほぼ不可能に近い。
睨み合いの中、パルだけが状況の変化に気づく。
龍の力だけではない。
ハウンドならば音の止んだタイミングで動く。
経験上、そういう男だと知っている。
何かがパルと防衛隊の間に投げ込まれた。
それはコンクリートの床を音を立てて跳ねる。
「グレネード!」
パルは敢えてそれと思しき名前を叫ぶと盾を蹴り捨てる。
全員の視線が爆発物に向かう。
外に比べて薄暗いこの場所が悪かった。
投げ込まれたものがなんなのか。それを知るのが全員遅れた。
パルはしゃがみ込みながらアギトを連射。
残った防衛隊を全滅させる。
ヤタ製のアーマーは確かに実弾に対して高い防御力を持つ。
しかし、魔力の弾丸はそうはいかない。
想定すらされていない。
結果、肉体を大口径の魔力弾で抉られた歪な死体だけがそこには残る。
銃声が止むとハウンド達が入ってくる。
「助かっただろ?」
ハウンドはそう言って手を差し出す。
「どうだかな?」
ハウンドの手を取りながら笑って返す。
手を借りながら立ち上がったパルは長時間の戦闘で消耗していたのかふらついてしまう。
ハウンドは彼女を体で抱き止める。
「大丈夫か?」
ハウンドの言葉に反応はない。
静かに呼吸するパル。
「…おい。聞こえてるのか?」
「ん…元気出たわ。」
2度目の問いかけにパルはそう答えると彼から離れる。
「問題ないのか?」
パルはハウンドの言葉に頷き答えると、奥へ向けて歩き出しながら小声で呟く。
「問題なのはお前の鈍さだよ…」
それからパルとハウンド、そして2名の小隊員は車両入り口から議場に入っていく。
足止めとして残った戦力はそう多くない。
周辺を互いに警戒しながら進んでいく一行。
ハウンドとパルは異変に気づく。
「この音は…戦車か?」
「多脚戦車だな。5輌ってとこか。」
2人の隊員は注意深く音を聞こうとするが、何も聞こえない。
「お前らは行け。オレが相手する。」
「消耗しているお前だけ置いていけるか。ここで迎撃する。」
「いいから行けっての。オレは問題ねえ。」
ハウンドは納得しきれない様子だが、渋々、2人の隊員へ前進の指示を出す。
「頼む。」
去り際の言葉にパルは口角を上げる。
「ああ。任せとけ。」
ハウンド達の足音が遠くなる。
そして戦車が視界に入ると、パルは深呼吸する。
パルの目から閃光が迸り、背中からは龍の片翼、全身には魔力の鎧が出現する。
「ご機嫌なんでな。全力でやらしてもらうぜ。」
大同盟の制圧部隊が議場へ突入したのとほぼ同時刻、風の国でも動きがあった。
トラ教団の長、パーシヴァル・プルトは刃の国議長であるディーガ・デルフィンと向き合う。
向き合うと言っても玉座に悠然と腰掛けたプルトが拘束されて組み付された状態のデルフィンを見下ろしている。
「さて…そろそろ仕事をしていただこう。デルフィン議長?」
「仕事だと!ふざけるな!議会の人間を虐殺し、私だけを残してなんの意味があるというのだ!」
プルトの要望にデルフィンは声を荒げて拒否する。
プルトは落ち着いた笑みをたたえたまま言葉を返す。
「何をおっしゃる。『戦時状態などの緊急時には議長が議会決定の権利を持つ。』刃の国を始めとする多くの議会政国家が採用している議会原則、忘れたとは言うまいな?」
「それは国が正常に機能していればの話だ!」
デルフィンの反論をプルトは鼻で笑う。
「全く察しの悪い方だ。刃の国議会は軍総括であるジェスに全権を一任し代行させている。そしてそのジェスが刃の国として戦争をしている。つまり、今、貴方が正式にジェスから代行権を剥奪し、議長として国家運営を行えば良い。」
プルトの言っていることは書面上正しい。
問題はそれをこの状況で実行する意味だ。
ジェスが今、代行権を剥奪されれば彼らは抵抗するための後ろ盾を失う形となり、戦闘行為を続行すればそれは刃の国という国家への背信行為となる。
そもそもトラ教団は大同盟の刃の国侵攻に対し、同国に抵抗させ、大同盟の力を削ぐことを要求していたはずである。
思考を巡らせるデルフィン。
だが、水を刺すようにプルトは説明を続ける。
「我々が望むのは刃の国が『大同盟への参加を条件』に降伏すること。それだけでいいのだ。」
プルトの要求の真意に気付いたデルフィンは言葉を失う。
刃の国が大同盟に加わる。
それの意味するところは一つだ。
「教団は…風の国は!刃の国へ宣戦布告するというのか!同盟国である刃の国へ?!」
デルフィンの結論にプルトは満足げに口角を上げる。
「同盟国である刃の国が我々の共通の敵である大同盟に参加する…それはつまり、風と刃の間にあった盟約、それに対する重大な裏切りであろう?教団は風の国の制裁行為に合わせ、微力ながら力添えするだけのこと。」
プルト達教団にとって大同盟への攻撃は一組織のテロ行為としか解釈されない。
それでは、例え大同盟を破ったとしても世論は味方につくことはない。
教団はあくまでも世界に裏側から介入し続けることでパワーバランスを是正することを目指す。
そのためには教団という悪役として戦うのではなく、戦争という国家的手段を取る方が好ましい。
戦争には大義が付き纏う。
大義は、時として全ての愚行に対する免罪符となり得る。
問題は国家である風の国が大同盟へ宣戦布告する大義名分がないことだ。
まず、話し合いを行うべきである。という論が出てくる上、同盟国である刃の国の消滅は避けられない。
だからこそ、このタイミングで降伏させる必要があった。
大同盟、特に主戦力である龍、港、天の三大国の兵士が刃の国に集中しているこの時、この瞬間が、肝要なのだ。
刃の国の降伏が認められれば裏切りという大義名分を持ってまだ存在する刃の国へ宣戦布告。
大同盟の主力が消耗しつつある中で教団の全力をぶつけられる。
加えて、刃の国が大同盟へ加入するという前提がある以上、大同盟は刃の国を放棄することができず、そのまま迎撃する他ない。
国家を束ね、国家に属さない組織への対処を行うことを目的に集ったのが大同盟である以上、加盟国を無視することなど世論は許さない。
プルトは玉座から立ち上がるとデルフィンの首に剣を添えた。
無言の脅迫。
嫌な汗が剣を伝う。
「わ…わかった…!ジェスに預けてある全権を即時、議長である私に返還させる!戦時下の議長権限で大同盟とも話をする!だから剣を収めてくれ!」
プルトは何も言わず、剣を収めると、通信機を投げる。
デルフィンは這ってそれを掴むとすぐさまジェスに繋がる緊急回線に周波数を合わせた。
『議長お…話はわかっていますう。パーシヴァルと話せるかなあ?』
ジェスの言葉が聞こえていたのかプルトはデルフィンから通信機を取り上げる。
「余がパーシヴァル・プルトだ。」
『そうかい。君の一手で何人か死なずに済んだよお。だが、忘れないことだあ…『ドラゴン』は健在さあ。大戦争の頃と変わらずねえ。』
ジェスの忠告にプルトは声を上げて笑う。
健在。
『ドラゴン』としてはそうだろう。
だが、『アイーシャ』としては健在とは言い難い。
プルトは自分の意思とは関係なく通信機を破壊する。
娘を思う気持ちと自分のやろうとしていることが矛盾する。
玉座に戻ったプルトからは笑みが消えている。
『アイーシャ』は健在ではない。
だからこそ殺すことができる。
あれは娘ではない。
ただの人外だ。
そう結論付けた時、破綻した精神を支えていた何かが崩れ、涙となって頬を伝った。
次回は水曜日。
活動報告更新してます。
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