1話 再会を果たしたければ 5章 42
階段から引っ張り落とすときに、女の体があちこちにぶつかりがんがんと音を立てた。
「やば……っ」
女から少し距離を取って観察するが、目を覚ます様子はない。胸をなでおろして、再度女を運ぶ。
一階まで来たので小休止したいところだったが、呑気なことも言っていられない。女がいつ目を覚ますかわからないし、もしそうなったときにまたギフトタグを使う体力が残されているかはあやしいところだ。
ふと、ギルドが静かなことに気が付いた。エンリケは倒れているし、リンダは外に酒を飲みに行っているから当然だが。
リンダが戻ってくればややこしいことになる。その前に、やることをすべて済ませておかなくては。
リンダだってエンリケを快くは思っていないのはわかっている。このギルドの人間関係はハリボテで、利害関係ですらない薄い関係性しかない。それは中にいながら部外者として扱われたコーエンにはよくわかっていた。
行動を起こし切ってしまえれば、リンダはきっと状況に流されることを選ぶはずだ。最悪の場合はリンダも打倒してしまえばいい。それだけの力が、きっと今の自分にはある。
地下への扉を開ける。また階段を下りなければいけないが、女を引っ張り下ろすとまたぶつけてしまいそうだ。
目を覚ましても電撃を撃ち込めばいいだけだが、これ以上はコーエンの方が倒れてしまうかもしれない。少し休憩したいところだが、先にののを出してからだ。
ふと、女の骨を折っておけばいいのではと気付く。骨折は身体強化でもすぐには治せないし、治癒や痛みの緩和に身体強化を回していれば戦う力は削がれるので制圧するのも楽になる。
逃がさない意味合いでも、足を折るべきだ。
女の足を掴みひざのところをおさえて逆向きに傾ける。このまま体重をかければ――
「……がっ」
女の声が耳に届く。さすがに目を覚ましてしまったか。
まずい、と体重をかける。早く折らないと、と焦るのだが女は抵抗して膝をわずかに曲げている。コーエンが力を絞っても、折る体勢に持っていけない。
「この……っ!」
焦りと苛立ちから、反射的に電撃を放ってしまった。掴んでいた女の足に電撃が集中する。間近で弾ける電撃に、視界がチカチカと眩んだ。
ギフトタグを使ってしまったことで、身体から力が抜ける。失敗した、と後悔するコーエンの耳に、何かが折れるような鈍い音が聞こえた。
床に手をつく。完全に女の足から離してしまった。早く立ち上がらないと、反撃を受けてしまう。
なんとか立ち上がり、視界も復活してきたコーエンが見たのは、足を抑えてうずくまる女の姿だった。その足は、明らかに逆向きに曲がっていた。つまりは、折れている。
電撃を受けたのに、痺れて昏倒している様子がない。なんらかのギフトタグなのかもしれないが、結果として足を折れたのなら深くは考えなくていいだろう。
女がコーエンを睨み上げてくるが、折れた足を蹴ると悲鳴を上げて倒れこんだ。立ち上がろうとしても同じようにすると簡単に倒せた。
女の目が怯えの混じったものに染まっていく。ぞくぞくと興奮するものがあったが、今はそんな場合ではないと気を引き締める。
どうして立てているのか自分でも不思議なぐらいの疲労感がある。いくらなんでも、もうギフトタグを使えそうにない。
女の折れた方の足を掴み引っ張ると、抑えきれなかった悲鳴が上がった。それも階段を下りているうちに小さいものに変わっていく。気絶したというより、全力で身体強化を回して痛みを抑えているのだろう。
地下室の扉まで行くと、中には誰も見えなかった。物音もないので、寝室で寝ているのかもしれない。
もうそんな時間だったか、とかぶりを振る。早いところこの女を地下室に入れて、ののを出さないと。
「のの! 出てこい!」
呼びかけた返事は、しん、とした静寂だけだった。
めんどくせえな、と鉄格子を蹴りつけた。金属音を響かせ、再度ののを大声で呼ぶ。
それでも反応がない。寝ているにしてもおかしい、と眉をひそめる。
気絶したエンリケからくすねておいた鍵を取り出す。様子を見るためには中に入るしかないが……
全身の重さは変わらない。まだギフトタグを撃つのは無理そうだ。
ぐずぐずしてはいられない。傍に転がしている女のこともだが、早くエンリケを地下室に入れなければコーエンの支配は達成できない。
仕方ない、と鍵穴に鍵を差し込む。
「コーエン、助けて!」
「のの?」
寝室からののが助けを求める声がした。
くそ、と舌打ちする。訳が分からないが、他の女が余計なことをしているようだ。
鍵を開けて地下室の中に足を踏み入れる。思い知らせてやる。このギルドハウスの中では、もうコーエンに逆らっていい人間なんていない。
頭に血が上がる感覚が、コーエンを突き動かしていた。エンリケに突貫したときと同じ感覚。かつて『街』で気に食わない相手に突っかかった時はいつもこうだった。頭が熱くなり、目的に向かって一直線に突っ込んでいく。
この感覚が役目を果たしたことはない。これまではコーエンは熱くなったところで相手に敵わずに阻まれるだけだった。
そんな日々はもう終わった。感情のまま動いても誰にも邪魔されない、そんな世界が実現する。
「お前らいい加減にしろよ!」
怒鳴りながら寝室に入り込む。薄暗い室内の奥に、女たちが固まっているのが見えた。
ののは女たちの後ろに囲われている。その表情に確かな喜びが見えて、少しほっとする。が、頭の熱さは変わらない。
「ののを渡せ」
「渡さない。あたしたちはここから出ていく」
「バカか。話にならねえな」
一番前にいた女の言うことを鼻で笑う。
誰が出るかを決めるのはコーエンだ。ギフトタグを向けると、全員が緊張で固まる。
に、と笑むのを抑えられなかった。どんなに威勢のことを言ったところで、力には誰だって逆らえない。
これまでされてきたことを、自分がやり返す。
女たちは動かないままだ。ののに顎で合図をする。が、ののも動かない。よく見ると、隣にいる女がののを掴んでいた。
このまま撃ってしまうか? と頭によぎる。ののを巻き込まずに撃てるかは正直怪しいが、当たっても後で謝ればいいだろう。
今の勢いなら、気絶することなく撃てるかもしれない。もし倒れてもコーエンの方が先に動けるようになるはずだし、それからののを引っ張っていけばいい。
よし、と心を決める。狙いを定めるように目を細めると、女たちがびくりと震えた。
いや、一人はまったく動いていなかった。ののではない別の女は、眠たいのかぼーっとしているように見えた。
なんだあいつ、と呆れるコーエンの目にその隣にいる女の動きが見えた。身体ではなく、目をを動かしている。それはコーエンの後ろを向いている。
まさか、と地下室の外にいる女を思い出す。立ち上がってこちらに来ているのか。いや、それなら物音がするはず。
もういい、とギフトタグを放つことにする。まずはこいつらを打ち倒してから確認すればいい。
コーエンがギフトタグを放とうとしたまさにその直前のことだった。
コーエンの首に、冷たい何かが触れた。




