1話 再会を果たしたければ 5章 41
コーエンは、不遇の人生を送ってきた。
何をやっても続かず、うまくいかず、誰もコーエンを一人前として扱わない。居場所もどこにもなく、家族からも離れどんなギルドもコーエンを受け入れなかった。
自分に向けられる目は、ほとんど同じだった。見下すような、しょうもないものを見るような、そんな目だけがこれまでの人生でコーエンに注がれていた。
気に食わなければ環境を変えるために脅したり殴ったりする。これはコーエンにとっては当たり前の選択肢だった。そうしなければ、自分の意志を通すことなんてできないからだ。
ラプトには、犯罪者の吹き溜まりである『街』と呼ばれる場所がある。犯罪者たちの集団が日々縄張り争いをしていて、独自のルールで動いている世界だ。都市も触れようとしない、まさしく吹き溜まりとしかいいようのないところだ。
道を踏み外した人間は、大体そこに行きつく。行きついたらもう最後といっていい。もはやそこから出ることはなく、どうにか生き延びるか死ぬかしかなくなる。
コーエンはそこでもうまくやれなかった。独自のルールなんて知ったことはないとばかりに暴れていたが、そこですら誰もコーエンの相手をしなかった。なんの価値もないチンピラとして扱われ、向こうの邪魔をしたときには攻撃を受けるが殺されることはなく生き延びた。
惨めだった。こんなところで味方もいないし、敵として扱われることもない。本当は違う、誰も自分の価値に気付いていないと叫んでも誰も聞いていない。
そんなコーエンを拾い上げたのは、兄だった。どこから知ったのか『街』からコーエンを引っ張り出し、都市まで連れてきた。
今になってなんだと問い詰めると、兄は弟を助けるものだからと言われた。十何年も会っていなかった兄が今更そんなことを言い出した理由はわからなかったが、気まぐれのような救いはコーエンをいっそう惨めにした。
兄が所属しているギルドへの加入を勧められたが断り、都市を歩き回る日々をすごした。日銭は兄にたかり、使い果たしてはまた無心するという有様だったが。
何もうまくいかない、働こうとしても雇われることもなく、すべての人間がコーエンをバカにしているような目を向けてくる。
我慢の限界がきたコーエンは気づいたら人を襲っていた。具体的なところはほとんど覚えていない。気遣うように声をかけてきた――誰だっただろう、性別も年すらもよく覚えていない――相手を殴り倒し、蹴りつけ、財布を奪っていた。
その場から離れ財布の中身を検めていたところで、ここが都市であることをようやく思い出した。まずいことをしたのではないかという恐怖がこみ上げてきたコーエンの前に、またも兄が現れたのだった。
兄は事情を聞くとコーエンをショートカミングのギルドハウスに放り込んだ。エンリケはえらく渋っていたが、兄がごり押したことで話が通った。
こうしてコーエンはショートカミングでの生活を送ることになった。兄は冒険に行きギルドハウスにはほとんどいなく、エンリケたちには白い目を向けられる日々はストレスが強かったがどうにか耐えた。
エンリケから、コーエンの行った強盗は騒ぎになって指名手配されていると伝えられた。あれだけのことでそこまで、と笑ったが、都市はそういうところだと強く言われた。都市は特に暴力による犯罪に厳しい。被害者が冒険者でもない一般市民だったことも災いしたようだ。
ギルドハウスでの扱いは悪く、人としても扱われていない感覚があった。なんてことはない、どこにいたってコーエンに向けられる目は誰も変わらない。クズを見る目だ。
反抗したら、エンリケに反撃を喰らいあっという間に伸された。
どんなところにも居場所はない。こんなところで匿われている意味はあるのかと悩むコーエンは、偶然エンリケの秘密を知った。
地下室の少女たちだ。エンリケが転生者をさらって監禁していることを知り、コーエンは早速その情報を活用した。
暴露するぞ、と脅せば酒をもらえた。向こうはコーエンも監禁することを考えたようだったが、兄の名を持ち出すことで回避した。それ以降は、向こうがキレない程度に要求に応えさせることで安定した生活を手に入れた。
エンリケから厳命されたのは、兄へは黙っておくことだった。これはコーエンも納得したので、言われた通りに黙っている。バラしたところでコーエンには何の得もないのだ。
エンリケも開き直り、コーエンに地下室の見張りを任せるようになった。出られないのだから見張りなんて必要はないのだが、食事を入れたりの雑用と言うことだ。
ここでコーエンは、新しい光を見つけた。
最初に地下室に入れられたというののという少女だ。
食事を入れる際に軽く会話するようになり、あっという間にのめりこんだ。ののはコーエンのことを理解してくれた。コーエンの行き詰った人生を肯定してくれ、こいつしかいないと思うようになるまで時間はかからなかった。
問題はののが監禁されているという事実だ。エンリケに軽くかけあったところで相手にはされなかった。やっと出会えたコーエンをちゃんと見てくれる女を腕の中に入れる機会は、どこにも見つからなかった。
時間は瞬く間に過ぎていき、地下室を見張り酒を飲むだけの生活にも慣れてきてしまった。
制圧用にと電撃のギフトタグを与えられたときは舞い上がったが、エンリケには通じないと念を押された。やってみろと言われエンリケに電撃を撃ち込んでもダメージはなかった。どういうカラクリからはわからなかったが、エンリケの持っているギフトタグなのだろう。
本当のチャンスはさらにそのあとに訪れた。
ののが密告てくれ、渡されたギフトタグ。対象の武器を強制的に外す能力。エンリケも知らない、切り札となりうるもの。
これをうまく使えば、エンリケを倒せる。そうすればこのギルドはコーエンのものになり、思うままに生活ができる。
急にエンリケがののを出してもいいと言ってきた時は驚いたが、どのみちエンリケを倒してしまった方が都合がいいのは変わらない。
そして今日、エンリケの部屋からする大きな物音に駆け付けてみると、知らない女と戦闘していた。
ここだ、と考えることなくエンリケにギフトタグを撃ち込んだ。効果はてきめんで、電撃を使いエンリケを倒すことに成功した。
初めて自分を褒めてやりたかった。あたふたすることなく、予想外の事態にうまく行動できた。やればできる人だ、とののにも言われていたが、ようやくそれが実感できた。
そして。
「このギルドは……俺の、ものだ」
口にすると実感がわいてくる。にやけるのが止められず、止める理由もないことに気付くと思い切り哄笑を放った。
エンリケの部屋にはエンリケと、エンリケと戦っていた女――というか子供だ――が気絶して転がっている。
女には少し焦らされた。電撃でしびれることなく向かってきたが、何度も撃ち込むとようやく床に倒れて動かなくなった。よくわからないが、倒せたならそれでいい。
ギフトタグを連続で使ったせいで、息が上がっていた。ギフトタグは身体強化を込めて発動させる。一発二発ぐらいならともかく、何発も撃ち込み続けると疲れがひどくなる。そもそもコーエンは身体強化の訓練を行っていない。女がもう少し粘っていたらもしかしたらまずかったかもしれない。
エンリケも女もこのままにはしておけない。二人とも拘束して、地下室に放り込む必要がある。そこまでやれば、このギルドは完全にエンリケのものだ。
「う……」
エンリケが身じろぎをする。びくっとして、反射的に電撃を撃ち込んだ。エンリケは全身を激しく痙攣させて、再び気絶したようだ。
安心すると同時に、くらっと立ち眩みがして片膝をつく。さすがに使いすぎたようだ。
二人とも地下室に運ぶのは無理だ。一人ずつ連れて行く方がいいだろう。
軽い方が運びやすいと女から先にすることにした。念のためエンリケから落ちたギフトタグを拾い集めてポケットに詰め込んだ。使い方はわからないが、エンリケに持たせたら何をするかわからない。
女を持ち上げようとして、失敗した。思った以上に力を使ってしまったようだ。
諦めて、女の服の襟を掴んで床を引きずって女を運ぶ。
この女と入れ替えにののを出して、エンリケを運ぶのを手伝わせよう。
疲労がありながらも手に入れた自分の世界にニヤつきを隠せないまま、一歩一歩を確実に歩いていった。




