1話 再会を果たしたければ 5章 39
冒険者として絶域での経験をそれなりに積んでいる琴倫だが、対人戦の経験は豊富とは言えない。皆無ではないが、未知の敵と戦う緊張はいつまで経っても慣れない。
ノエルからは、簡単な言葉で教えられていた。
『絶域での魔物か神獣相手はよく観察して慎重に。人相手は戦いが避けられない場合はなるべく速攻』
『人と戦うことなんてあるの?』
『こういっちゃあれだけど全然ある。素材の横取りとかね。絶域内で人に会ったら、警戒は解いちゃだめ』
『こっちからやっちゃえばいいってこと?』
『それはそれで問題になるかな。戦いになったらって話。先手を取るか、即逃げか。人相手だと様子見してると遅れになってる場合もあるんだよ』
ノエルはじゃらっと身につけているギフトタグをいくつか手に取った。
『魔物や神獣は基本的には事前情報を手に入れられて対策を取れる。けれど対人になったら事前情報はない。そうなると厄介なのが――ギフトタグと奥義だね』
『…………』
『ギフトタグも奥義も、効果が色々ありすぎて事前の対策なんてとれっこないからね。それなら使われる前にやっちゃった方がよっぽどマシってこと』
『一撃で殺しちゃえばいいってことだよね』
『琴倫はたまに物騒なこと言うよね……倒せなくても、怯ませて逃げられるなら逃げるでいいんだよ。まずは生き残ることが何より大事。ああはいったけど、もし琴倫が単独だったら即逃げね。私がいれば絶対に守るけど、万が一ってこともあるから』
この話をしたのは、琴倫が冒険者になった直後ぐらいのことだ。
琴倫が未熟だからこの話をされたわけではない。琴倫が経験を積んで強くなっても、この基本が変わることはなかった。
一流の冒険者が身に着けている身体強化の発展とされる奥義は、まだ琴倫は習得できていない。その前段階である技の練習をしている状態だ。
問題は、エンリケが奥義を使えるかどうかだ。
だが、琴倫はその問題を意識的に無視した。これはノエルの教え通りだ。
相手がどんなギフトタグを持っていようが、奥義を使えようが、使う前に倒してしまえばいい。
そのための一撃を放つ。抱えた剣は左手に抱えながら、踏み込みからの右拳だ。
最初の一撃で、ある程度のことがわかる。受けるか、躱すか、攻撃を合わせてくるか。力量差は大体そこで判明し、プランが決定される。
真っすぐに突きだした右拳は、エンリケに届く前に弾かれた。硬い壁が突然出現したよう手応えに、勢いの分後ろに身体が流れる。
琴倫は激しいショックを受けていた。攻撃が弾かれたことに、ではない。ギフトタグなのは間違いないが、そのギフトタグが発動したことにショックを受けていた。
手応えでわかった。これまでも何度か同じ感触を味わったことがあるからだ。
「その、ギフトタグ……っ」
ギフトタグそのものは視界には見えない。おそらくはポケットにでも入れているのかもしれないが。
ノエルが持っているはずの、リヴァイブのメンバーのギフトタグと同じものではないのか?
バランスを崩した琴倫に、エンリケは肉薄してきた。お返しのように放たれた右拳を抱えていた剣で受ける。
剣が琴倫の手から離れて飛んだ。琴倫は回転して勢いを流し、エンリケに向き直る。
静止は一瞬で、エンリケの前蹴りが飛んでくる。
「くっ」
うめいて、後ろに飛んで躱す。事態に頭がついていけずに動揺しているのが自分でもわかる。
同じような効果を持つギフトタグは存在する。手応えで琴倫が知っているものかと思ったが、似たような効果のものをエンリケが持っていたとしても不思議ではない。いや、それならノエルの剣がここにあることの説明が――
頭に渦巻く思考で、行動が遅れた。
エンリケが横に振るった拳が琴倫の脇腹をとらえた。身体強化を防御に回すのも間に合わず、骨が軋むのを感じる。
咄嗟に身体を前に倒す。エンリケの追撃を受けながらの体当たりするような形になり、エンリケの身体がわずかに後ろにそれる。
生じた隙間に放った押すような蹴りで、二人に距離ができた。
今度の静止は一瞬ではなかった。向かい合ったまま、エンリケは伺うような眼差しを刺している。
真っ向から受けて、動揺のまま問いを口にする。
「ノエルから、盗んだ……?」
「だったらどうした?」
その答えは、問いへの肯定なのか。
判断がつかず、エンリケへ問いを重ねる。
「あの剣はノエルのだし、今のギフトタグもノエルが持ってたものだよね……なにしたの?」
「うるさいな……人の邪魔ばかりして、こっちは大事なところだと言うのに」
「答えて!」
「大声を出すな」
断ち切るように言って、エンリケは上着の中に手を入れた。
ギフトタグを使うつもりか。致命的な隙に、ほとんど反射的に攻撃を仕掛ける。
エンリケの余裕の表情に、琴倫は自分が追い詰められたことを悟った。
琴倫の攻撃はギフトタグで弾かれる。その間にエンリケは悠々と目的のギフトタグを取り出して使えるだろう。
だからといって今更止められない。それならいっそ攻撃を貫徹する。
琴倫が知っているギフトタグと同じものなら、効果は一日三回の発動に限定される。発動回数を消費させる目的に割り切って、体重を乗せて拳を振り切る。
攻撃が弾かれる。その勢いに逆らわずにエンリケから距離を取るべく後ろに跳ぶ。
エンリケが取り出したのは、大きめの十字架? のような形をしたものだった。先端を銃のように琴倫に向け――
「がっ!?」
右肩に衝撃が跳ねた。こらえきれずに倒れ床を転がり、壁に衝突する。
すぐさま立ち上がり、右手を何度か握っては開く。動かすのに問題はない。衝撃は重かったが、わかっていれば耐えられないことはなさそうだ。
エンリケはやや不可解そうに眉をひそめた。ちらと手の中の十字架を見やって、再度琴倫へ向ける。
床を蹴って、一息にエンリケに詰め寄る。エンリケの攻撃がガードのために固めた腕に二度命中したが、こらえて腰から体当たりした。
倒れたエンリケに上に馬乗りになる。慌てて十字架を向けるエンリケの腕を払った。十字架が飛んで、部屋のどこかへ転がっていく。
ぎゅっと拳を固めて、エンリケの顔面に鉄槌を落とす。弾かれることを覚悟しての一撃だったが、予想した手応えはなく琴倫の鉄槌はエンリケをとらえた。
もうどこかで使ったのだろうか。いや、余計なことを考えている暇はない。このまま気絶させれば琴倫の勝ちだ。
さらに何発か拳を打ち込んだところで、エンリケが右腕を突きだしてきた。邪魔だ、と勢いよく払うと、エンリケが反対側の手を上着の中に突っ込んでいるのが見えた。
(別のギフトタグ――?)
阻止するか、攻撃を続けるか、それとも一旦逃げるか。迷った末に決断ができず、攻撃を止めてしまった。
しまった、と思いながらとにかく行動しないとと身体を動かす。
鉄槌でポケットに入れている手を狙う。が、自分でも遅かったことがわかった。
エンリケが取り出した何を琴倫に投げる。琴倫の拳と交差するように飛んできたそれは、琴倫の胸に当たり軽く跳ね――
爆発を起こした。




