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1話 再会を果たしたければ 5章 37

「要は……あれだよ。そういうことだろ?」

「それじゃなんにもわかんないよ」


 小春の指摘に、幸恵はひどく嫌そうな顔をした。

 寝室で由流華たちは三人輪になって話をしている。ののはともかく、他の二人もリビング(といって正しいかわからないけど)にいる。もめて以来、明確にグループ同士一緒にならないようになってしまっている。

 ののが激昂したことについて話しているのだが、これではないかという推測はすでに出ていた。

 幸恵は心底嫌そうな表情を崩さず、由流華にあごを向けた。

 由流華もなんとなく口にしたくなくて、小春に視線でパスを回す。

 小春は由流華と幸恵を交互に見て、あっさりと口を開いた。


「ののはコーエンのこと好きなんじゃないかな」

「……お前、言ってて恥ずかしくないか?」

「これで恥ずかしいってのはさすがにないけど……幸恵だって恋バナぐらいしてたでしょ?」

「しねえよそんなの。なあ、由流華」

「あたしも……してない」


 小春はやや眉をひそめて、半眼で二人を交互に見やった。


「彼氏いたこととか……」

「ねえ」

「……ない」


 二人の答えに、小春はまあいいやと話題を戻した。


「誰だって好きな人の悪口を言われたら嫌だと思うの。だからののも怒ったんだよ」

「あんなやつをか?」

「うーん……」


 小春は明言こそしなかったが、ほとんど同意しているような困り顔を見せた。

 由流華も同感といえば同感だったが、ののが激昂した気持ちもわからないではなかった。大事に思える人を悪く言われたら、怒るのは当然のことだ。由流華だって、灯を悪く言われたら耐えられない。というか、それで玲香にキレたのだった。

 コーエンに対する印象はともかく、ののがコーエンに好意を持っているのなら馬鹿にされたら怒るのはわかる。


「人質が犯人を好きになるとかいうの聞いたことあるし、そういうのじゃないかな」

「はぁ……よくわかんねえな」

「でも、それならののが協力してくれるの難しいかな……?」

「そうだねー……逆にコーエンに味方しそう」

「てか、これも聞かれてるの?」


 声を潜めて幸恵が囁く。三人とも寝室の入り口に視線を向けるが、別にののが見えるわけでもない。

 それでもまるで傍でののが耳を澄ませているような感覚があって、背筋に寒気が走った。


「聞いてる、と思う」

「そういうのわかるの?」

「……なんとなく、そう思うだけ」

「まあ、あいつならそうするだろ」


 幸恵が吐き捨てる。

 ここからは見えないが、本を読みながら耳を傾けているののは想像に容易い。


「コーエンはののをどう思ってるのかな」

「どうも何もないんじゃねえの」

「何もないって?」

「いや、それは……知らない」


 気まずそうに幸恵が小さく答える。

 たぶん、適当に言っただけなんだろう。恋愛系の話はとことん苦手なようだった。そういえば小春が元カレの話をするときも居心地が悪そうにもぞもぞしていた。

 いやまあ、由流華もその手の話はわからない。苦手というより、これまで接してこなかった類の話なのでどうすればいいのかがわからずに戸惑ってしまう。

 灯との関係は恋愛だとかそういったものではない。由流華も灯も、それは共有していた。きっとお互いに恋人ができたとしても、一番大事なのは灯だろうと思う。


「よく話はしてるみたいだし、悪くは思ってないんじゃないかな」

「だったらここに閉じ込めたままってのもおかしくないか?」

「コーエンに権限はないんだよ、たぶん。私たちを出すなんてしたくないだろうし。もしコーエンがののを出したくても許可は出ないんだと思う」

「下っ端なんだな、結局」


 鼻で笑う幸恵に、ふと気になって体をずらしてののを探す。

 さっきの様子から、また苛立っているのが見えるかもしれない。そう思ったのだが、違ったものが見えた。


「……話してる」

「由流華?」

「ののがコーエンと話してる」


 鉄格子を挟んで、ののとコーエンが顔を寄せ合って話していた。

 小春も同じように確認して、由流華を引っ張った。


「見られない方がいい……由流華、話聞けない?」

「え、聞きに行くの?」

「そうじゃなくて、身体強化で」

「あ」


 そうだ、ののが聞いていたように由流華も聴覚を強化して話を聞けばいい。

 そのための練習をしていた甲斐もあって、集中するとののとコーエンの声が聞こえてくる。


「聞こえる?」

「しっ」


 訊いてきた幸恵を制止する。近くだったせいで、少し耳が痛い。

 改めてののたちの方に耳を傾ける。


「……うに?」

「ほんと……のも……」

「うれ……いられ……」


 小声で話しているせいか、断片的にしか聞こえない。これでは何の話をしているのかなんてわからない。

 もっと、と耳に力を込める。あの二人のそばに自分の耳があることを想像して、身体強化を全力でいれた。

 スイッチが切り替わったように、はっきりと会話が聞こえ始めた。


「……明日、迎えに来るから。そうしたら俺の部屋にいられるんだよ」

「建物の外には出られないの?」

「すぐには無理だけど、そのうちなんとかする。とにかく明日だ」

「他の子たちはどうするの? コーエンに暴力振るおうとしてるやつとかいるし」

「あんなガキども束になったってどうってことねえよ」

「うん、でも……」

「なんだったらこいつを食らわせてやるよ。こっから出れるのはお前だけだ」

「じゃあさ、どっちみちやってくんない?」

「あ?」

「出るときに、あの子たちが電撃食らってるの見たい」

「ははっ、やっぱいいよお前。わかったやってやる」

「明日何時頃?」

「わかんねえけど、なるべく早く来るよ」

「うん、待ってるね」


 そこで会話が終わったようだった。

 身体強化を解くと、軽く頭がくらっときた。座っていたのにバランスを崩しそうになって、床に手をつく。


「大丈夫?」

「うん……それより」


 今しがた聞いたののとコーエンの会話を二人に話す。

 たちまちに幸恵の表情が激昂のそれに染まっていくが、小春は逆に困惑しているようだった。


「ののだけが出るってことは……それぐらいの関係?」

「んなことどうだっていい!」


 吐き捨てた幸恵が、足早に寝室を出て行った。え、と小春と顔を見合わせて、慌てて幸恵に続く。

 寝室を出た時にはすでに幸恵がののに突っかかっているところだった。


「てめえなにしてんだ!」

「いきなりなに、やめてよ」


 応じるののは鉄格子の外を見ていた。どうやらコーエンは話し終えるなりすぐに地下から出て行ったしまったようで、姿は見えない。

 ののもそれを理解したのだろう、気だるそうに溜息を吐いて、


「そういうこと。人の話を盗み聞きするなんてはしたない」

「どの口が言ってんだおい」

「あんたたちには何もできない。明日コーエンが来て私は出ていく。痛い目を見るのはあんたたちの方」

「今はそのコーエンもいねえんだよ」

「だったら? 私に何かしたら余計に痛い目見るだけだよ。それとも殺す?」


 挑発的に笑うののにとうとう限界がきたらしい幸恵が、頬をひっぱたいた。

 さすがに小春が止めに入り幸恵を引きはがす。ののは叩かれた頬をおさえ、それでも勝ち誇った表情でいた。

 由流華は一歩ののに近づいて、囁くように提案する。


「のの、出るのに協力して」

「は? 私はこのまま出れるのに? バカじゃないの」

「コーエンが約束を守るかなんてわからないし、どうせならみんなでギルドハウスの外まで行こう」

「出るのは私だけ。話は終わり? それとも殴る?」


 ののは誘うように両腕を広げた。

 幸恵は小春が押さえている。由流華もののを攻撃するつもりはなかった。

 ののはにっこりと微笑んで、由流華を押しのけるようにして寝室まで歩いて行く。

 小春と目を合わせる。幸恵はさすがにもうおとなしくなっていて、じろりと由流華をねめつけた。


「どうすんだよ」

「どうにかする」


 反射的にそう返す。

 どうにかする、ではない。どうにかしなければいけない。どうすればそれが叶うのかはまだわからないけれど、絶対にどうにかする。

 幸恵は疑いのこもった眼差しを由流華に向け、小春も不安そうにしている。

 内心の決意ほど自信のある表情をしているとは、自分でも思えなかった。


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