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1話 再会を果たしたければ 5章 36

 足早に移動しながら、エンリケは激しく頭を振った。

 内心でありったけの罵倒を並べ、ついには口からも漏れだしてくる。

 不意に足を止め、空を仰ぐ。夜の冷えた空気を浴びて、ようやく少し頭が冷えてきた。

 ゆっくりと歩みを再開する。ギルドハウスに着くまでに、考えをまとめなければいけない。のだが、溢れてくるのは罵りの言葉ばかりだった。


(そもそも弥生が……)


 弥生が余計なことをするから、こんなことになっている。

 ダイアナに何か話したのかと問い詰めたのだが、弥生ははっきりとは覚えていないと言うばかりだった。本当のことなのかはわからなかったが、ここで都合の良い方向に考えるのは命取りになるだろう。

 探りにいったはいいが、ダイアナもエンリケに疑念を持っているのは明らかだった。最悪弥生がおかしくなったという方向で話を進めようとしたが、上手くいくかは微妙だったので圧をかけてみた。

 圧というか、単に身体強化を使っただけだが。戦闘経験のない一般人には、これがよく効く。

 結果として、ダイアナは由流華とノエルのことを口にした。

 はっきりと、ダイアナを消そうとした。しかしそれは突然の来客によって妨げられてしまった。さすがにあの状況でダイアナに手出しするわけにもいかない。

 最悪、由流華を監禁していることも知られてしまっているかもしれない。だとすれば、中央ギルドあたりの捜査が来る可能性だってある。

 どこからこんな風に歪んでしまったのだろう。これまではうまく生活できていたはずなのに、ここにきて問題が噴出している。


(これからか……?)


 心中でうめいて、服の上から腕輪をさする。由流華から手に入れたギフトタグだ。

 衝動的にさらった由流華の件から、歯車が狂いだしたのかもしれない。施設を通った転生者をさらってしまったこともそうだが、弥生が転生のギフトタグの存在を知ってしまったこともだ。

 弥生がろくなことを言わないだろうと踏んでギフトタグを使って記憶を操作した。弥生にはそう説明したが、実際には言うほど万能の力を持つわけではない。

 記憶を操作するというよりは、暗示を与える程度のものだ。きっかけがあれば覚めるし、数日ももたないほどの弱い力で、あげく身体強化で防げてしまう。おそらく生産権があればそのあたりの問題もカバーできるのだろうが、エンリケにはどうしようもない。

 よって、弥生には繰り返しこのギフトタグを使用することにした。なにげない会話に混ぜて、転生のギフトタグに関する記憶を意識できないようにしてみた。うまくいったようだったのが、念のために外出を禁止して外からの刺激を受けないようにもした。もし失敗すれば地下室に送るだけだ。

 リンダにも言いつけておいたはずなのに弥生が外に出ていたことも許せない。おそらくエンリケにバレないなら問題ないという考えで許可していたのだろう。リンダには弥生の記憶に関することは話してはいなかったが、ギルドリーダーの指示を守れないのは本当に困る。

 ダイアナがこれからも探ってくるようなら、今度こそ消さなければいけないかもしれない。転生者ならともかく、冒険者でもない都市の住人が消えると問題が多いのだが。

 どれだけゆっくり歩いていても、やがてギルドハウスにはたどり着く。エンリケが築き上げた城だ。時間をかけて、理想の居場所になるように努めた。

 実際のところはどうだろう、と自嘲する。果たしてここが理想の居場所だと言えるのだろか。

 中に入る。共有スペースには人の姿はなかった。それぞれ自室にでもいるのか、あるいは外に出ているのか。

 探す気力もなく、エンリケの部屋に戻る。途端に疲れを感じ、ベッドに音を立てて座り込む。

 

「どうするか……」


 答えの出ない問いを口にして、溜息を吐く。

 顔を上げると、ギフトタグ置き場が目に入った。美しいその輝きに目を奪われ、一瞬悩みが吹き飛んだ。

 なぜここまでギフトタグに惹かれるのか、自分でもよくわからない。思うに特別な切っ掛けなんてなかったように思う。気付いた時には惹かれ、欲しいと思うようになっていた。

 ギフトタグのコレクターは存在する。が、多くを持っている人間は稀だ。金に困った人が売ることはあるが、数に限りはある。普通は手放さないし、所属するギルド内で共有するのがせいぜいだ。

 エンリケの現在のギフトタグは10個。地下にいる6名分と由流華から回収した転生のギフトタグと弥生のもので8、他はどうにか伝手で手に入れたものだ。

 都市の外で闇ギルドなどの伝手があればまだ手に入れられる可能性はあるが、難しい。偽物を掴ませられるならまだいいほうで、どうにか取引を持ち掛けてもみぐるみを剝がされる恐れの方が大きい。

 エンリケにはそういったところに入り込む伝手は作れなかったし、なめられないレベルの戦闘力を持っているわけでもない。多少は絶域で戦えるが、対人となると勝手は違う。さすがにリスクが高すぎる。


(そうだ、余計なリスクは冒せない……)


 そうしてやっていることが、転生者をさらって地下室への監禁だ。リスクというなら、これ以上のものはない。

 けれど、どうしても我慢ができなくなってしまう。ギフトタグが欲しい。転生者という無防備で、誰も存在を把握していない人間は格好の餌食だった。

 慎重に慎重を期して行ってきた転生者の誘拐、当初は獲物と思える転生者を見ても動けずに機会を逃すこともあった。

 次第に手馴れてきて、最終的にはほとんど衝動的に由流華をさらうことになった。

 明らかにタガが外れてきている。その時その時に冷静に考えて行動してきたつもりだったが、振り返るとエスカレートしてきた道筋が見えてしまう。


「……潮時か」


 苦い思いでうめく。ここまで築き上げた城を手放すことになるのは忸怩たる思いだが、一番大事なものがあればそれでいい。

 ギフトタグさえあればそれでいいはずだ。

 そう決めると、気持ちが少し楽になった。考えれば考えるほど、それしかないとすら思えた。

 移動するとすれば隣国のガリトリアに行くのが一番だろう。それにもかなりのハードルがあるが、このままラプトにいるよりははるかにいい。

 すべてを置いていくとして、地下室の転生者が発覚するのがいつになるかはわからない。問題はリンダたちが逃亡した場合、地下室の転生者たちがそのまま死んでしまう可能性があることだ。そうなれば、ギフトタグが消えてしまう。

 ガリトリアに移動する直前に通報しておくのがいいだろうか。保護されればギフトタグの無事はほとんど保証されるだろう。

 ただ、その場合エンリケの手配がすぐになされてしまう。最悪、ガリトリアにも追手がかかるかもしれない。


「確か、あいつに聞いたことがあるな」


 ショートカミングのもう一人の冒険者の話を思い出す。都市の外の闇ギルドの中に、人の顔を変えられる人間がいるらしい。

 見つけ出し、金を積んででも顔を変えてもらう。そうしてからガリトリアへ……

 いや、とかぶりを振る。ゼロから探し出すには時間がなさすぎる。とにかくガリトリアへと脱出し、あとのことはそれからでもなんとでもなるだろう。

 少しすっきりした気持ちで、ギフトタグをすべて回収する。やることは山積みで、すぐにでも行動しなければいけない。

 と、部屋がガチャリと空いた。

 エンリケは反射的に思い切り後ずさり、闖入者に対して構える。


「そんな驚くか?」

「……ノックをしろ」


 入ってきたのはコーエンだった。間の抜けた顔でエンリケを見てくるコーエンに舌打ちして、構えを解く。


「エンリケさんも結構小心なんだな」

「何の用だ。忙しいんだがな」

「ああ、前言った件だよ。女が欲しいって言っただろ」

「……そうだな」


 まさかその催促に来たのかと目を細める。

 コーエンは下卑た眼差しで、阿るように笑う。


「地下室の一人を俺の部屋に入れたいんだよ。出られないようにするからさ、いいだろ?」

「……そうだな、好きにしろ」

「え、いいのか?」

「ああ、ただ今日はやることがある。僕も立ち会うから明日だ」

「わ、わかったよ。ありがとよエンリケさん」

「いいんだ、待たせて悪かったな」


 だらしのない顔で笑むコーエンに嫌悪感を覚えながらも、心にもない言葉すら出てくる。

 部屋を出たコーエンを扉越しに嘲笑する。むしろよかったのかもしれない。コーエンなら、必ずなんらかのミスをする。地下室から一人でも出しておけば、いずれ外に発覚して転生者が保護される事態になる可能性は十分にある。

 せめてエンリケが脱出するまでは発覚されない方がいい。そのためにも、弥生も地下室に入れておいたほうがいいかもしれない。

 今日はここでしっかりと計画を立て準備をし、明日には行動を始めよう。

 ここが瀬戸際だと意識すると妙な高揚感があった。そんな自分を笑う。笑っている場合ではないのに、どうしてだか止められない。

 やり遂げる。そして、ギフトタグをこれからも集め続ける。


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