1話 再会を果たしたければ 5章 34
「いません」
「そっ、か……」
「伝言があるなら伝えますけど」
ぶっきらぼうな物言いの少女に、ダイアナはどうしようかなと頬を掻いた。
弥生を追いかけることは保留にして、リヴァイブのギルドハウスに来ていた。目的はギルドリーダーに会うことだ。
前回もここで会った少女――東江琴倫≪あがりえことり≫は不機嫌そうな表情を隠す気もなくじっとダイアナを見ている。
施設に来たときは食事も摂ることができないほど弱っていてまともなコミュニケーションもとれなかったことを考えると、格段に進歩したといっていいのかもしれない。リヴァイブに入ってからはノエルに依存する傾向が強くなり、口には出さなかったがノエルも少し困っているというか心配しているようだった。
琴倫に話すのは論外だろうな、と早々に結論する。ノエルが死んだかもしれないと知れば、ノエルに依存している琴倫がどんな行動に出るのか想像もつかない。
ここまで不機嫌なのは、ノエルがまだギルドに戻っていない証拠ともいえる。ノエルが由流華につきっきりだったことで生まれたストレスもかなり大きいだろう。
せめて他のメンバーがいればと思ったが、琴倫しかいないようだ。空振りになったことは残念だが、出直すしかない。
「じゃあ、シンが戻ってきたら施設に来てもらうように伝えてくれる?」
「わかりました……いつ戻ってくるかまだわかんないんですけど、急ぎですか?」
「それなりにね」
「そうですか」
抑揚のない口調で返事をした琴倫は、そのままじっとダイアナを見つめた。
帰れということだろうか、と踵を返すか迷っていると琴倫が何かを言った。が、小さすぎて聞こえなかった。
なんだろう、と心持ち顔を近づけるとかすかに琴倫の声が耳に届いた。
「ノエル、いつ帰ってくるだろ……」
「…………」
いつものダイアナなら「そのうち帰ってくるよ」と笑って言えた。ノエルの帰りが遅いと琴倫がこうなるのもいつものことらしいからだ。
だが、ノエルが死亡しているかもしれないという懸念を持っていると、うかつなことを口にできなかった。
ダイアナにも確証がある話ではないのだし、琴倫を慰めることを言えばいい。それなのに口にできなくなってしまっている。
幸いにも琴倫は気にならなかったようで、ダイアナが黙ったままでいると目を伏せてギルドハウスに戻っていった。
小さく吐息して、踵を返す。
リヴァイブのリーダーであるシンは落ち着いた真面目な人間で、ダイアナの話も取り合ってくれるだろう。連絡してもらえるように言いはしたが、いつ戻ってくるかわからないということなら待つしかない。
いっそ通報してしまおうかとも思う。国防隊か中央ギルドか、どちらに通報するかで何が起こるか考えてみる。
国営の治安維持組織である国防隊は転生者絡みのことにはあまり積極的には動かない。仮に動いたとしてもギルドにははっきりした犯罪の証拠がない限り国が立ち入れない権利が存在するためそこまで効果があるかは不明だ。
中央ギルドもギルド内のことにはあまり干渉しない姿勢だ。転生者絡みのことに積極的でないのは国防隊と同じで、ちょっと話を聞いて終わりになってしまうかもしれない。
これがなんらかの不正行為なら話も違ったが、転生者一人が行方不明なだけでギルドに話を聞くところまではいかないだろうと結論する。
結局、頼れるものはないということだ。というより、頼るには材料が足りなすぎるということでもある。そしてダイアナ一人では、何かあったときに対応ができない。
「待つしかないかな……」
一人で考え込む限界にうめく。シンに連絡がつけば、もう少しマシなことが思いつくかもしれない。
リヴァイブを巻き込むことにしり込みしていたが、ノエルが関係する話ならリヴァイブだって当事者になると割り切った。その勢いでギルドハウスを訪ねたのだが……
施設に戻る。弥生を追いかけて不在のプレートをかけてもいなかったが、誰かがいることもなかった。もとより来客なんてめったにないところだ。
後回しにしていた書類仕事を手に付けようと机の上のスペースを整える。そうして机に向かい合ったダイアナの手は、すぐに止まってしまっていた。
まったく集中できない。普段からそれほどスラスラとやっているとは言えないが、一文字すら書きだせないのはさすがに言い訳のしようもない。
待つしかない、とわかっていてもどうしても頭では考えてしまう。何かができないか、できるとすればどのように進めればいいのか。
書類仕事はあきらめてコーヒーを淹れる。そのまま食事も済ませ、気付けば夜になっていた。
シンは来ない。まあ、いくらなんでもその日のうちに来るわけもないのだが。
早めに寝ようかと考えていると、施設のドアが静かに開かれた。
机に突っ伏していたダイアナはがばりと立ち上がった。もしかして、シンかと思ったからだ。
「こんばんわ、少しいいでしょうか」
柔らかい声とともに見せた来客の笑顔に、ダイアナは凍り付いた。
来客は、エンリケ・アズファイアだった。
「すみません、聞きたいことがあるのですが」
「……なんでしょうか」
警戒しながら応じるダイアナと対照的に、エンリケはさわやかな笑みを浮かべてカウンター前の椅子に腰かけた。
ダイアナもカウンターを挟んだ椅子に腰かける。ちらりと確認するが、エンリケの耳には何も着いていない。
「今日、うちのギルドのものが来たと思うのですが」
「……ヤヨイさん、ですか」
「はい、ご迷惑をおかけしたのではないかと」
「どういう意味ですか?」
いえね、とエンリケはカウンターの上で手を組んでわずかに前のめりになる。
「恥を隠さずに言うと、最近弥生の調子が悪いんですよ。精神的に不安定になってきまして、元の世界に帰りたいということを言っています。そういうところをケアできていないのはギルドリーダーとして恥ずかしいのですが」
「…………」
「今はギルドでおとなしくしています。こちらに来ていたと本人が言っていたのですが、何か変なことなどを言っていませんでしたか」
「……いえ、特には」
「そもそも、なぜこちらに来ていたのでしょうか。本人は言わなくて」
エンリケの口調は柔らかい。表情も朗らかで、様子のおかしいところは見当たらない。
それなのに、いやに圧力を感じる。下手なことを言えば、それが致命傷になってしまうかのような。
(落ち着け)
自分に言い聞かせるように唱える。とにかく、下手なことを言わないようにエンリケの真意を探りたい。
変に誤魔化すことは言わない方がいいか、と営業用の笑みを作る。
「こちらから声をかけたんですよ。転生者のケアは私の仕事です。施設を通っていなくても、できる限り都市内の転生者を把握しておきたいんです。その一環で、こちらに来てもらっていました」
「なるほど」
「こちらでもなにか困りごとはないかということを話していました。私が話していた限りでは、おかしいところはありませんでしたね」
「本当に?」
すっと刺すような声に、ぞくりと背筋が震えた。
ショートカミングのギルドハウスでエンリケと話した時と同じだった。耳飾りのことに触れた瞬間に、殺されると思った。
エンリケはじっとダイアナを見据えて動かない。視線に縫い留められたようにダイアナも動けなかった。
早く何かを答えないといけないのはわかっているのに、頭がまるで動かない。
弥生はエンリケに何を話した? それを聞いてエンリケはダイアナを殺しに来た?
ばかばかしい、と内心で首を振る。いくらなんでも無茶苦茶すぎる。そんな無駄なリスクを負うに足る理由なんて思いつかない。本人の言う通り、弥生がここに来たことについての話をしたかったと考える方が自然だ。
『ノエルは……どうして死んだんだっけ』
弥生はそう言って施設を飛び出した。この言葉が、ダイアナにショートカミングを調べることを決心させた。
沈黙は不自然なほどに長くなっていたが、エンリケは何も促さない。あくまでダイアナが何かを言うのを待っている。
ダイアナが口を開いたのは、意思が働いたわけではない。ただ、緊張にこらえきれずに思ったことが口から零れただけだった。
「ユルカを……ノエルはどうしたの?」
エンリケがすっくと立ちあがって、ダイアナは自分が発した言葉を自覚できないままに後ずさろうとして床に倒れた。
慌てて起き上がったダイアナが見たのは、こちらに手を伸ばすエンリケ――ではなく入口の方に首を向けている姿だった。
エンリケ越しに覗いた向こうに、今日話した少女が訝しげにこちらを眺めていた。
施設のドアを半端に開けて顔を入れた琴倫が、小首を傾げて遠慮がちにつぶやいた。
「……取り込んでます?」




