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1話 再会を果たしたければ 5章 33

 殺す、と告げた由流華を見上げて、ののは頬を引きつらせていた。


「何言ってんの。とうとうおかしくなった?」

「身体強化使えるよね」

「…………」


 黙り込んで見上げてくるののに浮かぶ薄ら笑いに、首筋にぞわりとしたものを感じる。

 どこか不快にさせる表情に既視感を覚えて、由流華は黙って踏み込んだ。

 振りかぶった由流華の足は、あっさりとののの腹に突き刺さった。げはっ、とうめいてののが少し後ろに吹き飛ぶ。

 もう一撃、と詰め寄る由流華に、ののが弱弱しく手を突き出してくる。

 特に構わずに放った蹴りが、ののが突きだしていた手を跳ね上げた。


「いたっ! ふざけんなよ!」

 

 文句を言いながらも、ののは視線を別に向けている。

 その視線を追ってみると、鉄格子の外で寝ているコーエンに向けられていることがわかった。

 由流華の脇を抜けてののが走っていく。咄嗟に伸ばした手がののが着ているシャツの襟を掴んだ。

 ぐい、と引っ張るとあっさりと阻止できた。


「コーエン!」


 声の限りに叫ぶののを羽交い絞めにして寝室に運ぶ。コーエンが起きたらまずい。

 口をふさぐのだがののも必死に抵抗する。もごもごとうめきながらもコーエンを呼び続けるののをどうにかして寝室に運び込んで、奥の布団に投げ飛ばした。

 ののはのろのろと体勢を直して、睨むように見上げてくる。


「……なに、殺すの?」

「…………」


 暗がりの中でも強気な眼差しが見える。虚栄だと思ったが、由流華の動きは現実に止まっている。

 すぐに寝室に誰かが入ってきた。


「なにやってんだよ」


 幸恵と小春だ。小春の表情には困惑と脅えが混ざっているが、どうしてそんな顔をしているのだろう。


「コーエン、は……」

「寝てるよ」

 

 幸恵は呆れを含んだため息とともに答えて、ののを見下ろした。


「頼りにならないな」

「……うるさいよ」


 じろりとねめ上げるののにはん、と鼻を鳴らして、由流華に向き直る。


「で、どういうことなんだよ。いまいち話が見えないんだけど」

「私も。ののが何したの?」

「あれだろ。コーエンにギフトタグを渡した犯人がののなんだろ?」

「そうなの?」


 小春の視線がののと由流華を行ったり来たりして、由流華に固定された。 

 説明を求める視線にええと、とののを見やる。話すつもりはなさそうに見えるが、由流華もはっきりと説明できるわけでもなかった。


「そうなんだよね?」

「は? そうだと思ったからいきなり蹴ってきたんでしょ。イカれてんの?」

「……身体強化で耳を良くしてたのはののだよね」


 由流華の指摘に、ののは苦々しい表情で舌打ちをした。


「あたしたちの話を聞いてて、ギフトタグも奪ってエンリケに渡した。合ってる?」

「…………」


 認める言葉がなかったが、たぶんその通りだと確信できた。


「なんで、そんなことしたの?」

「なんでもいいでしょ」

「お前、出たくないのか?」


 訊いたのは幸恵だった。ののが犯人だとわかればもっと怒り狂うかと思ったが、意外にも冷静に話していて少し驚いた。

 幸恵は心底不思議そうに続ける。


「ここから出れる計画邪魔して得があんのか? それでお前が出られるわけでもないんだろうし」

「出れるわけないでしょ」


 ののは吐き捨てるようにうめいた。

 粘りつくように眼差しに嫌なものを感じる。同じようなことは前にも言っていたが、今度はより暗い感情をうかがわせる響きをしていた。

 一年。地下室に閉じ込められた年数が、ののをこうしたのだろうか。


「少し魔法が使えたって鉄格子を壊せるわけじゃない。見張ってるコーエンだってエンリケは軽く見てるし、どんなことをしたって出られない。あんたたちが何したってここにいるかしない。だったら少しでも点数を稼ぐよ」

「クズだな」


 ののを遮るようにして幸恵が言い切った。


「お前がどうしようが勝手だけどよ。人の足を引っ張ることするんじゃねえよ。どこにでもこういうやつがいやがる」

「あんたみたいな能天気もどこにでもいるよ」


 ののが言い返し、幸恵は鬱陶しそうに舌打ちをする。

 ののは敵だ。少なくとも、ここから脱出する由流華たちの障害になることは間違いない。

 誰か殺そうとしたのは、ギフトタグを消して慌てさせるためだ。一度も顔を見せないエンリケは、由流華たちそのものに興味はないはずだ。由流華がギフトタグを渡したときの反応から見ても、ギフトタグが目当てでこんな監禁をしているはず。


(だから……)


 由流華の目的は変わらない。灯が生きていると知ったなら、他の目的はありえない。

 まずはこの地下室から脱出するために、できることは全部やる。

 その一歩目でののを殺そうとしていたのだが。

 ふとののが妙なものを見る目つきで由流華を見ていた。そんな目で見られる覚えもなく、少し首をかしげる。


「……なに?」

「なにじゃないよ。殺すとか言ってとうとうおかしくなったんじゃない?」

「ののは出たくないの?」


 問い返す由流華に、ののは盛大にバカにしたように笑った、


「だから、出られるわけないって」

「出て何かしたいこともないの?」

「はぁ?」


 ののが好戦的に見返してくる。思い切り睨まれているが、怯むようなものは感じない。

 攻撃しての手ごたえでわかったのだが、ののと戦ってたとしてもおそらく勝てる。身体強化は使えるはずだが、負ける気はしなかった。

 殺そうと思えばたぶん殺せる。マムラと戦った時のようにナイフはないが、それでもきっとできる。

 そうしないのは、そんなことをしても意味がないと気が付いたからだ。


「そんなの意味ないよ。出られないんだから、考えるだけ辛くなる。由流華だってなんかあるわけ? 友達も死んだんでしょ?」

「あるよ。絶対にやりたいことがあるから、どんなことをしたって出る」


 灯に、会う。

 それだけが、由流華の心に熱を入れてくれる。

 ノエルが死んで気持ちも混乱していたが、残るのはそれだけだ。考えなければいけないことは色々あるが、どうしたって灯が由流華の最優先になる。

 そのためなら、なんだってできる。


「協力して」

「なに、殺すって言ってなかった?」

「しない。ののも一緒に出ようよ」

「意味もないことをやっても意味ないって」


 そっけないののに、おい、と幸恵がすごむ。


「いつまで意地張ってんだよ。出られるなら出たいのはお前だってそうなんだろ」

「何度同じ話するの。できもしないことやったって意味ないってのがわかんないわけ? まああんたは頭悪そうだしわかるわけないか」

「由流華、わたしもこいつボコるの手伝うぞ」

「みんな落ち着いてよ」


 小春の疲れたような制止に従ったわけでもないだろうが、ののは腕を組んで黙り込んでしまった。

 小春はののと由流華たちの間に身体をはさんで、座り込んでるののにしゃがみこんで目線を合わせる。


「身体強化使えるんだね。ここで覚えたの?」

「だからなに」

「すごいなって思って。私は由流華に教えてもらったも全然うまくできなくて、教えて欲しいぐらいだよ」

「こんなの使えたって意味ないんだって」

「意味はあるよ。今までできなかったことができるって、基本的には良いことだと思う」

「あっそ」


 ゆったりとした話し方の小春に、由流華も少し冷静になってきた。

 変に頭に血が上っていたことをようやく自覚できて、恥ずかしさを覚える。ののを殺したってなんの意味もない。

 ギフトタグを奪われて絶望した。その絶望を振り払うために奮起したつもりだったが、慌てすぎたのかもしれない。

 ちゃんと落ち着かないと、ここから脱出することはきっとできない。

 幸恵がこちらを見ていた。ん、と見返すと幸恵は顔を寄せて囁いてきた。


「焦るのはわかるよ。一緒になんとかしよう」

「……うん、ごめん」

「いいって……ぶっちゃけわたしも似たような感じだった気がして恥ずかしいぐらいだ」

「それは、そうかも」

「おい」


 幸恵が半眼で小突いてくる。目は笑っているので、由流華も少し笑えた。

 小春はののを説得しているようだった。柔らかく語りかけて、口調は悪いののも態度が少し軟化しているように見える。

 だが、最後のところで譲るつもりはないようだった。


「とにかく、無謀な脱出計画に協力するつもりなんてないから。失敗したあおりなんてくらいたくないし」

「誰のせいで無謀になったと思ってんだ」


 幸恵の耳打ちに苦笑で応える。


「それならそれで、お互いに邪魔はしないってことならどう? ののがこっちの話聞くのはいいけど、コーエンに話さない」

「それで得あるわけ?」

「損もある?」

「…………」


 やはり納得がいかないというように応じない。

 小春も手ごたえなしに疲れたように苦笑している。小春に説得できないなら、もう無理だろう。


(やっぱり……)


 諦めようと思い直してこぶしを握る。

 と、幸恵が一歩前に出た。あのさ、とののに声をかける。


「お前一年もいるんだから、鬱憤も溜まってるだろ。一緒にやろう」

「協力しないってば」

「じゃなくて、コーエンをボコるのを一緒にやろうって話だよ」

「は?」


 何言ってんだこいつ、という顔を隠していないののだったが、由流華と小春も似たような顔をしてはいた。

 だからさ、と幸恵は腕を組む。


「こっから出るにはコーエンをどうにかしなきゃいけないんだし、あいつをボコボコにしてやるつもりではいるんだよ。言っとくけどわたしは思い切りやるぞ。これまでの恨みを全部ぶつけてやる」


 鼻息荒くまくしたてる幸恵の声に熱がこもっていく。


「ここで一番恨みが強いのはののだろ? コーエンのやつにぶつけてやりゃいいんだ。少しはやる気出てこねえか?」

「いい加減にしろよお前」


 ののから返ってきたのは激怒した声だった。立ち上がり幸恵に詰め寄っていく。あまりの勢いに由流華も反応が遅れてしまった。

 詰め寄られた幸恵も驚いていたが、にやりとののを睨み返す。


「なんだ、怒れるんじゃねえか。それをあのクソ野郎に……」

「いっつもお前だよ、バカにするのは」


 ののが挟んだ言葉に、幸恵が軽く眉を寄せた。


「いつもいつもコーエンをバカにして、聞いてて腹が立つんだよ。あげくにボコボコにするだって? ふざけるのもいい加減にしろよ。ああわかった絶対にお前たちに協力なんてしないからな。何か企んでるのがわかったらすぐにコーエンにバラしてやる」


 激しく言い捨てて、足早に寝室を出ていく。

 止めた方がいいかと思いながらも足が動かず、二人と顔を見合わせる。きょとんとした顔と、訳が分からないという渋面と、それぞれの表情を浮かべていたが。

 きっと同じような顔をしている由流華が、最初に口を開いた。


「……どういうこと?」


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