力任せに運任せ しかし本当は⋯⋯
常識の範囲内での出来事になるように書きました。
みなさん、明日はわが身ですよ。
ね?
ふと思った。
身の周りにある物、環境、人間関係、全てぶち壊してみたくなった。
特に今の生活に不満があるわけではない。妻や息子にはいつも美味しい料理や愛情、力を貰っているし、職場のみんなともちゃんと仲良くやれていると思う。
それでも、なぜか全部壊してみたくなったんだ。
思い立ったが吉日だ。私はまず、目の前にあるパソコンのキーボードに向かってパンチを放った。
ズショ!
小指の第2関節が痛むだけで、特にキーボードにはダメージを与えられなかった。
「大JR野さん、何か嫌なことでもあったんですか?」
こいつは後輩の平田ゾムホノイド雄一だ。よく気が付くやつで、私はいつも彼に助けられている。もちろん私が彼を助けることも多い。
「ハッ!」
私は我に返ったかのような声と顔を演出し、ニッコリ笑って平田に近づいた。目の前まで来たところで眉間に皺を寄せ、強く歯を食いしばり、準備をする。
「ギェーーーーーーーーーッ!!!」
私は自分の額を平田の額に当て、至近距離で全身全霊で叫んだ。
「ひぃっ!」
平田が怯えている。
「うらぁあ!」
怯えている隙に平田の左頬めがけて右ストレートを放つ。
「ぶへっ! ⋯⋯大JR野さん、どうしてこんなことを!」
「なんとなく」
私はそう言い放つと平田の机に置いてあったマグカップを手に取った。
「ウリャース!」
力いっぱい窓に向かって放り投げた。
当然ガラスは割れ、マグカップは外に放り出された。
「オ、オラのマグカップがぁ〜〜!」
平田の悲痛な声が部署内に響く。他にも数人社員がいるが誰もこちらを見ようとせず、ひたすら目の前のパソコンに向かって仕事をしている。
仕方がないので自分のマグカップに排尿し、部署内の皆の頭にかけて回った。誰も彼も無反応を決め込んでいる。つまらぬことこの上ナッシング。
「マン!」
先程と同じ要領で同じ窓にマグカップを投げた。次は私の番だ。
「ひゃっほーい!」
私はマグカップで割れた窓に体当たりして外へ出た。ここは3階なので、運が悪ければ死んだり後遺症が残るほどの怪我をするかもしれない。死んだら死んだでそれも運だ。私はもう全てがどうでもいいのだ。
と思ったが、なんとか着地することが出来た。右の膝から骨が出ているが、特に痛みもないので戻して私は歩き出した。骨が折れ、過度な運動をしているにも関わらず、疲れも痛みも全く感じない。アドレナリンというやつが出ているのだろうか。
しばらく歩くと商店街に出た。八百屋に服屋、ラーメン屋から店頭販売の饅頭屋までいろいろな店が揃っている。
「ヒヒーン!」
私は野菜を破壊し、服を破り、ラーメン屋の店長にカンチョーをし、饅頭を全て踏み潰して走り回った。
なんと気分のよいことか。
「ヒーン!」
もう1周してみたが、1周目ほど気持ちよくなかった。少し疲れてきたこともあって、私は八百屋に置いてあったスイカに腰を下ろした。
遠くからパトカーのサイレンが聞こえる。この街は物騒な街なので、ひっきりなしにサイレンが鳴っているのだ。あれ、こちらに向かって来ている気がするぞ。
「こっちこっちー! こいつだよー!」
八百屋の店主が私を指さして叫んだ。
「人を指さすな! 人のことをこいつって言うな!」
私は八百屋の店主に2発のパンチをお見舞いし、彼の口の中にバナナをパンパンに詰め込んでやった。
「し、渋い!」
バナナ皮って渋いのか。
それにしても、今日の最高気温は38度。汗がダラダラと出ている。その上私は走り回っているので、服もズボンもぐっしょぐしょだ。
「ポリーン!」
私は叫びとともに全裸になった。服とズボンとパンティを綺麗に畳み、ラーメン屋にあった寸胴鍋に入れた。
「おとなしくしろーっ!」
パトカーから2人の警官が降りてきた。銃を持っている。
ここで私は初めて自覚した。自分が何をしてしまったのかを。
私は八百屋の店主を盾にして、警官に近づいた。
「こいつの命が惜しければ、そこのラーメン屋でチャーシュー麺の大盛りを食べろ」
「わ、分かった。言う通りにするから、その人を離してくれ」
そう言って警官2人はラーメン屋に向かった。その隙に私はパトカーに乗り込み、八百屋の店主を助手席に乗せた。
「さて、ドライブといこうかね!」
「ひぃぃ!」
『ザザー⋯⋯い⋯⋯む⋯⋯』
警官と無線が繋がっているのだろうか。
『ズゾー⋯⋯さぁ、解放しろ!』
もうチャーシュー麺食べてるのか。作るの速いんだな、あの店主。私の汗で出汁をとったラーメン、美味しいかい?
「分かった、人質は解放してやる」
「や、やったー!」
「降りろ」
時速100kmで走りながら八百屋の店主を無理やり降ろした。無様に転がっていったよ。
後ろからパトカーが追ってきたので、私はさらにスピードを上げた。
『ザザー⋯⋯おい! 凶悪犯が逃げてるだろ! なに2人揃ってラーメン食ってんだよ! ⋯⋯ザザー』
無線機から面白い会話が聞こえてくる。追いかけてきていたパトカーも見えなくなったので、私は駅前のソープランドにパトカーを停め、入店した。
「いらっしゃいませ⋯⋯裸!?」
「ここはそういうお店だろう?」
「えっ!? はい、まぁ、そうですが⋯⋯」
強面の従業員が私に怯えている。普段なら私が縮こまっているような場面だが、今日は違う。私は最強なのだ。
「どの娘にします?」
従業員はゴリラの写真を3枚見せてきた。
「おちょくっとんのかコラ」
「ひぃっ! そんなつもりはございません! たまたまこの娘たちしかいないものでして」
やはり東京のようなキラキラした街に行かないとダメか。でもそんな体力もないし、恐らく途中で捕まってしまうだろう。そもそもダメージ的にもうじき死ぬだろう。
「じゃあこの娘で」
「はいかしこまりましたぁ〜!」
急に元気になった従業員。
「まぴこちゃーん、お願いします〜」
従業員が奥の部屋でなにやら言っている。
「こんにちは〜まぴこでーすぅ。あっ、お兄さんもう脱いでるんですか! すごいですね〜!」
ゴリラの1.5倍くらいの大きさの生き物が出てきた。
「おとなしくしろーっ!」
まぴこと手を繋いで奥に入っていこうとした瞬間、拳銃を持った男が数人入ってきた。
「え、ガサ入れですか? 困りますよー!」
従業員が困った様子で言っている。暗黙の了解で見逃している店も少なくはないのだろうが、こういう抜き打ち検査もあるのだな。こわいこわい。自分が遊びに来てる時に警察が来るのって本当にこわいな。
「さ、神妙にお縄につけ」
そう言って警官が私の腕に手錠をかけた。
そうだった。私追われてたんだった。
私は全裸のまま逮捕され、パトカーに乗せられた。両隣には屈強な警官がいるので逃げられない。あ、うんこしたい。
『ぶぴぴぶぴぴぶぴ〜〜〜〜〜!!!』
「なんだ? 着信音か? お前尻に携帯隠してるな! 出せ!」
警官は私の尻を掴み、無理やり自分の方に向け、穴を覗いた。
『ブピボーーーーーーーーーー!!!』
「ウギャーーーーーーーーーー!!!」
私の放ったブピボーが警官の顔にべったりと覆いかぶさった。
「お前、なんてことしやがるんだ!」
反対側に乗っていた警官が大声で怒鳴った。これ私が悪いのか?
「聞き分けの悪い尻はこうだ!」
そう言って私の尻をペンペンする警官。やばい、裸で走り回ったせいでお腹が冷えてる。お腹痛い⋯⋯
『ブシャーーーーーーーーーー!!!』
車内は黄土色一色に染まった。
「ええっ、前も後ろも見えないようわああああああ!」ドーン!
幸いパトカーが衝突したのは警察署の壁だったので、大事には至らなかった。
4人でシャワーを浴びた後、私は取り調べ室に連れていかれた。
「まあ現行犯だから取り調べなんていらんかもしれんけど、作者が警察のシステムをよく分かっていないようだからとりあえず取り調べをするぞ」
なんちゅーメタ発言だ。そうだ、メタ発言といえば⋯⋯
「取り調べって食べ物出るんじゃないんですか?」
「ん? 何か食いたいのか?」
「カレー食べたいです」
「ごめん、それだけはやめてくれ。1週間はカレー見たくないわ」
なんだコイツ。なんでお前の事情で私がカレーを我慢せにゃならんのよ。
コンコン
誰かが取り調べ室のドアを叩いた。ノックって3回じゃないの? コンコンってトイレのノックっていわない? 私がうんこばっかり出してるからここはもはやトイレってこと? ひどくない?
「こらこら」
「あ、大野警視総監! 何故ここに!?」
「なにうちの息子捕まえてくれてんのよ」
「えぇ!? 息子なんですか!?」
とーちゃん! 会社から連絡が行ったのかな? まさか来てくれるとは!
「なぁ君」
「はい」
「僕は警視総監だから偉いよね」
「は、はぁ」
「なんだその返事は」
「はい!」
とーちゃんが警官と2人で話を進めている。
「偉いやつの息子は偉いよな。逮捕なんて出来ねぇよな」
「⋯⋯これだけの被害が出ているにもかかわらず、揉み消せと言うのですか?」
「揉み消せと言うのです♪」
「そんなこと、国民が許すと思います?」
「そう言うと思ったよ♪」
「は?」
なにやら険悪な雰囲気になってきた。
「君の奥さんね、良かったよ。娘ちゃんもまだ中学生だったけど、すごく良かったよ。僕はロリコンだからねぇ」
「⋯⋯⋯⋯は?」
警官は固まってしまった。
「君もすぐに2人のところに送ってあげるよ」
「⋯⋯⋯⋯」
「どうした? そんなにうれしいの?」
「うわあああああああああああああああ!」
警官は発狂して暴れだした。
「おーい」パチン
とーちゃんが指を鳴らすと、黒服サングラスのマッチョが3人入ってきて、警官をどこかへ連れていった。
「さっすがとーちゃん! 1番偉いんだよね! とーちゃん!」
「1番じゃないんだよなぁ。蛇沼長官の次に偉いよ、僕は」
「そんな難しいこと言われても、バカだから分っかんねーや!」
「あはははは!」
「ぎゃはははは!」
その日は全裸のままとーちゃんとおててを繋いで帰りました。とーちゃんは、1ヶ月後に首を吊って死にました。
常識の範囲内でふざけると、やはり物足りない気持ちになります。パトカーなんて奪わずに、主人公が変形してチーターモードになれば簡単に逃げられるのに、なんて思いながら書いていました。
とーちゃんが死んでしまいましたね。権力があるから無敵かと思っていましたが、まさか自殺とは。
今回のお話は、近々投稿する『傀咒葬』というお話の前夜祭みたいなものです。
次回もお楽しみに。