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物語まとめ

消極的な生

作者: 空野 奏多

「食欲ないんだけど」

「ダメ。ちゃんと食べないと。もう焼いちゃったんだし。あったかいうちに食べなさい」


 ことりと置かれた朝の変わらぬ光景に、密かにため息をついた。


『本日未明、行方不明になっていた――』


 視界の端でちらつくテレビから目を背けて、下を向く。コーヒーの苦い香りが鼻について、胃液が上がる。


 テーブルに置かれた8枚切り食パンを手にとった。肩からこぼれ落ちていく髪に、無造作に塗られたジャムが付きそうになった。


『遺体で発見され――』


 向いでコーヒーを口にしながら、テレビの画面左上を見る母親を隠すように。パンを、口へ運んだ。


 パリッ。


 いい音と、香ばしい香り。狐色の薄っぺらい四角の角が崩れ、ぽろぽろと皿の上に落ちていった。目を少し閉じて咀嚼する。


 スカートの上にさえ落ちなければ、どうでもいい。私はただ、パンを食べるだけだ。


「最近物騒よねぇ……」


 その呟きに少し顔を上げる。


 目の前の母は、頬杖をつきながらパンを食べつつテレビを眺めていた。私がやったら、絶対に怒られるやつ。


 その視線の先を髪の隙間から。

 少しだけ眺めて。

 すぐに視線を、パンに戻した。


「……別に。今に始まったことじゃないでしょ。テレビで放送されるから、そう感じるだけで」


 そう、目に入る機会が多くなっただけで。


 シャクッ。


 小さく口を開け、ロボットのように口を大きく動かして食べる。目を閉じて、飲み込む。パンは薄いくせに冷え始めて、少し固くなり始めていた。


「由香も気をつけなさいよ、寄り道なんてしちゃダメ。早く帰ってきて、宿題終わらせちゃえばいいんだから」


 食事の手を止めてこちらを見てくるので、少しだけ視線を向けて言葉を返す。


「いや、今日塾なんだけど」

「今日の話じゃないに決まってるでしょ、塾がない日よ! 学校遠いんだから、暗くならないうちに帰ってきなさい」


 私のいらない一言で、機嫌を損ねたらしい。眉と口元が歪んで、少し吐き捨てるようにそう言われた。


 どうせお小遣いはあまりないし。

 うちの高校はバイト禁止だ。

 それ以前に、親が許さない。


 少し立話して帰るより、塾帰りのほうが帰る時間遅いんだけど。


 高校生になれば。

 環境が変わってくれば。

 ……なんて。それこそ、子供だった。


「紅茶も冷めちゃうから、飲んで。あ、あと今日小テストなんでしょう? 早く行かなきゃじゃない?」

「……アールグレイなの?」

「そう。由香は好きでしょ?」


 ズッとずらされたカップを横目に、あまり減らないパンを齧り続ける。華やかな香りがつらい。


「……ねぇこのパン、半分じゃダメ?」

「あなた出されたもの残す気なの? しかも由香、いつもそういうじゃないの。食べないと体力つかないでしょ!」


 ダメ元で口に出した言葉は、やはりその耳には入らなかった。仁王像の顔に門前払いされて、目を伏せながら口へ押し込み続ける。


 聞いてないのだ。

 見えてないのだ。



 ただ、心配するフリをするだけで。



『本日6時ごろ、有名俳優の――』


 うるさいテレビは、朝のニュースを垂れ流し続けている。


 面倒になって視線をそちらに向けつつ、機械のように口を動かし続ける。手元を見ずにカップを掴み、息を止めて液体を胃の中に流す。


 留まってしまったのは、目だけだった。


「やだ、あの人自殺しちゃったの? よくテレビに出てたのに。何か悩んでたのかしら……」

「どーなんだろうね」

「誰かに相談できなかったのかな? そうしたら、少しは違ったのに……」


 ……相談して解決しそうなら。

 誰だって話すでしょうけど、ね。


 少しだけ母を見て、その後パンを見て。

 最後の一口を、噛まずに口へ放り込む。

 残った紅茶で、飲み込んでしまう。


「こういうのって、話を聞いてもらうだけでも違うのにね……。勇気がなかったのかしら……」

「……逆でしょ」

「え?」

「なんでもない。ごちそーさま」


 テーブルに手をついて、腕に力を入れて立ち上がる。食器を重ねて、流しへ置いて水に付けた。


『本日の天気は――』

「あ、今日雨マークついてるから、傘必要そうよ。あと由香もうすぐテストでしょう? テスト勉強してるの?」

「……はぁ。それ関係ある?」


 堪えきれなくて、つい盛大なため息が出てしまった。当然、相手の機嫌の雲行きも怪しくなる。


「何その態度。あなたねぇ、親がお金出してあげてるんだから真剣に……」

「その前に、小テストあるし。急げって言ったじゃん」

「じゃあ早くいきなさいよ」


 親心は、秋の空より変わりやすい。

 めんどくさい。

 怒ってるのに、追いかけてこなくていい。


 仕方ないから、「トイレ」と一言言って部屋を出る。後ろから「まったく。反抗期なんだから……」と言う声がした。


 パタンッと扉を閉めて、いつものように。

 トイレの前に屈んで、便座を開けた。


 食べたって、意味ないのだ。

 どうせ出て行ってしまう。

 それがなんで分かってもらえないんだろう。


 全てを流して。酸っぱくなって気持ち悪くなった口の中を、ミント味の歯磨き粉で誤魔化した。


 反抗期だから、こんなに疲れるの?

 終われば、変わるの?

 笑顔で受け止められるようになるの?


 とてもそうとは思えなくても、目を逸らしてそう思わないとやってられない。


 私の人生は、パンみたいなものだ。

 望まれてもないのに、調理されて。

 消費されて、ただのゴミに変わる。


 それが分かってしまっているのに、調理される前になんか、戻れるのだろうか。


 顔色だけは、焼かれる前のパンみたい。

 鏡に映る白い顔を見て、ふとそう思った。

 乾いた笑い声が、口の端からこぼれ落ちた。


「由香ー! もう時間じゃない⁉︎ はやく、急がないと!」

「……今行くー!」


 力の入らない腹筋に無理やり力を入れて、大きな声で返事をする。


 待たれている。

 少しふらつく足を前に進めて。

 小走りで玄関に向かう。


「はい、これ。お弁当ね。お昼ちゃんと食べるのよ!」


 ずっしりとした2段弁当を手渡されて、これが食べてられていた時もあったなと思いながら受け取る。義務的に口を動かす。


「うん、ありがと」

「お母さんも仕事頑張るから! 由香も勉強頑張ってね!」


 母が笑顔でガッツポーズをしている。


 なんだか、仕事の人間関係が大変らしい。

 毎晩、食事の時にそう話している。

 油物のような重さに胃がもたれる。


 大変だとは、本当に思っているけど。


「……うん、頑張ってね」


 少しだけ笑って見せれば、安心したように手を振ってきた。少しだけ振り返して、逃げるようにドアを閉める。


「……私が、悪いのかな……」


 歩きながらこぼれるのは、独り言だ。

 誰も聞いちゃいない。気にも留めない。

 消えていくだけ、流されていくだけ。


 多分、私が悪い。


 普通なら、気にならない。

 普通なら、親が好きなはずで。

 普通なら、ちゃんと感謝できて。


 普通なら、普通なら、普通なら……。


 いいお母さんだねと言われてきた母と、合わない方がおかしい。


「……敷かれたレールに乗れない、私がいけないのかな……」


 普通にならないから、こんなに辛いのか。


 もうずっと胃が痛い。

 逃げたい。どこかへ。


 だけど目を閉じたって、現実は夢のように覚めることはない。


 反抗期だというなら。

 私がおかしいのだと言うなら治してほしい。

 正常に、正しく、真っ直ぐに。


 ただ足は、動き続ける――望まない前を向いて。私の意思に反して。


 こんなに息苦しいのに。



『お客様にお知らせ致します。先ほど起きました人身事故の影響で――』



 駅に着いたところで、放送が流れている。鼻にかかった独特の声が、耳障りなスピーカーの音となって響いていた。


 周りのため息が。

 苛立ちのこもる強い靴音が。

 歪んだ有象無象の顔が目に入る。


「はぁ、またかよ……。よく止まる路線だなぁまったく……」

「えー困るー! 今日この後雨なのにー!」

「いつ動くんだろ……。この辺り振替輸送してたっけ……」


 上を見上げる者も。

 下を見て項垂れる者も。

 電話を取り出す者も。



 誰も、事故の主を心配してなどいない。



 いつ動き出すだろうか。

 学校、仕事に間に合うだろうか。

 その軸は、自分のことばかりだ。


 起こった結果は変わらない。


 そう、苛立ったって。

 もし誰かが、悲しんだとしても。

 変わらないのだから、どれも意味がない。


 それでも人は、自分の思いにエネルギーを使うのだろう。自分が大事だから。生を謳歌しているから。


 こういうものに轢かれて、摩耗して。

 普通になれなくて、選ぶのだろうか。



 積極的な、死という選択を。



 私は目を閉じる。

 うるさい音が、耳に響く。


 きっと今この瞬間。事故の主と今日のニュースを考えているのは、私だけなのだろう。


「勇気があるなぁ……私には無理。だって、痛そうだもん。それとも、気持ちが足りないのかな……」


 そっと、目を開けて。

 電車の来ない線路を見つめて。

 意味のない言葉だけが、こぼれて消えた。


 私は普通に恵まれている。

 学校に行って、家庭環境も問題なく。

 だから私が反抗期なだけなのだろう。


 普通だ、反抗期があるのは。正常だ。


 だから私はただ、待っているだけ――反抗期が終わって有象無象になれる瞬間を。


 それが普通。

 誰にも迷惑もかけず、悩まない。

 きっと、正しい生き方というものなのだから。



 午前7時15分。私の電車は、まだ来ない。





























 ※余韻ぶち壊すので嫌な方は回れ右。


【作者のめちゃくちゃどうでもいい一言】


 私は死んだことがないので自信を持っては言えませんが、積極的に死にたいとは誰も思わない気がします。


 誰もが幸せを願うはずです。

 それが叶わないから。

 それ以上に苦しいから、選ぶだけで。


 生きて幸せになれるなら、多分生きると思います。



 さて、自分を幸せにできるのは誰でしょう?



 家族ですか? 友人ですか? 恋人ですか?


 だけどおそらく一番簡単で。

 一番難しいけれど。

 一番幸せにできるのは。



 自分自身なのではないでしょうか?



 どんな選択も自分次第です。

 自分を許すのも自分次第です。

 幸せを決めるのは、他者ではなく自分です。


 今苦しい方は、せめて自分くらいは自分を甘やかしてもいいんじゃないかなと思います。悩めるあなたを一番苦しめるのも、自分ですからね。


 必要とされてない気がする⁉︎

 大丈夫、私がめっちゃ必要としてる!

 めっちゃ感謝してるよ!!!!

 読んでくれてありがとう!!!!!!!


 はい。という訳で暗い話書いちゃったから挽回後書き終わります!


 ここまでお付き合いしてくれた人が悪い人なわけはないので、安心して朝を迎えてください!


 毎朝起きてえらいぞー!

 布団から起きるって重労働じゃない?(?)

 だからもう、起きてるだけで偉いぞー!(?)


 超頑張ってる! めっちゃ頑張ってる!


 そんなあなたの未来は、頑張ってるので明るいことでしょう! そう! 自分に自信持ってね!!!!

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[一言] 日本人の自殺者は子供も大人も大変多いですが、本作品の主人公のような心境の人達も居たのでしょうかね。 後書きには励まされました。 私の体験なのですが、半年位就職先が決まらなかった冬の日に仕事…
[一言] 普通に生きれない事の何がいけないんだ。 日々そう思って生きているので、とても主人公に共感します。 なんて言うか……消極的に生きざるをえないんですよね。 どんなに頑張っても認めてもらえないし…
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