シュルエにて その2
ユリさんとの漫才が終わり、いつの間にか居なくなっていた師匠がやってきた。
「よォ、何やってんだオメェら」
先程の騒ぎの事を一切知らない振りをした師匠が呑気にそう聞いてきた。
「なんでもないにゃあ」
「そんな事より師匠、どこ行ってたんですか」
話を逸らすのと、単純に聞きたかったので質問してみた。
「何って、そりゃあ宿に行ってだな、部屋を取ってきただけだ……ぞ……」
さすが師匠仕事が早い。こういう時は師匠は何かと世話焼きになる。本人はそんな事思っていないのだろうが。
なぜなら師匠の座右の銘は、『なんでもついでに』だからだ。師匠曰く、自分のしたいことのついでに誰かの事を世話したり、何かしたりしているのだという。俺にもその意味が分からないでもないのが少し悔しい。
いつも思うのだが、どれだけ自分が強くなろうとも、どれだけ時間が経とうとも師匠には敵わない気がする。
「さすがです師匠」
「ありがとうございますヒューズさん」
「うーん、さっきの事まだ許してないにゃあ。でも、ありがとうにゃあ」
「あ、ああ。別に構わない……」
うん?何か師匠の様子がおかしい。さっきから歯切れが悪いし、言葉に覇気がない。どうしたのだろうか?
「えーっと、大変言いずらいのだが、宿がだな、えーっと、2部屋しか取れなくてだな、そのなんだ、クソ坊主スマンがユリと一緒の部屋な……」
「?。????。はーーーーぁああああ????どう言う事ですか師匠!!!」
「だからだな、部屋がだな」
「それはさっき聞きましたよ!言い訳するならもっとマシなものにしてくださいよ!ホントだとしても、なんで俺がユリさんと同じ部屋なんですか!?」
脳内処理が追いつかない。
きっと、スーパーコンピュータでも瞬時に処理できないだろうと思われる人類史上一番難しい証明問題か、答えのない命題から答えを導けみたいなドラえもんのテストみたいなクソ問題を出された気分だ。
それ以上に、明日の朝までに俺の理性が保てるかそれが一番の問題だ。
「ラバルくん私の事嫌いなのかにゃあ?」
またユリさんが涙目で訴えてくる。そんな目で見られたら嫌なんて口が裂けても言えない。
「そ、そんな事無いですよ。あははー……」
「そうだよね、ラバルくん私の事嫌いににゃったかと思ったにゃあ。よかったにゃあ」
心から安堵した表情を浮かべながらユリさんが俺の腕にまとわりついてきた。
腕にむ、胸が当たって、ヤ、ヤバいもう理性が飛びそう。落ち着け俺、やればできる子YDKだぞ。
そう、そのまま行くとこまで行ってしまえ。
何をしているんだ早くユリさんを引き剥がせ。
そんな天使と悪魔の囁きを脳内再生しながらこの状況をどうにかしなければいけないと思いつつ、この至福のひとときを堪能したいという思いに葛藤を抱いている今日この頃。
いや、何言ってんだよ俺は。自分で言って意味不明だよ。
無事明日が迎えられるか心配だ。
衆人環視の中でこれで、二人きりの部屋なんてもう地獄だろ。
まぁ、世の冴えない男子の方々には天国なんだろうけど、俺にとっては地獄か拷問だよ。
何故かって、こんな美人で、可愛い人からの誘惑を耐えるんだぞ。
なに?耐えなければいいって?
ご冗談を、ユリさんは一応貴族のご令嬢だぞ、もし手を出そうものなら殺される。
そう、どちらにしても終わった。生き地獄か死か、それなら断然生き地獄を選ぶだろう。
「さぁーラバルくん、私たちの愛の巣へ行くにゃあ」
「ま、待て、何故そんなに乗り気なんだよ!?てか、愛の巣って、俺達結婚してないでしょうが!」
「お、そう言えばそうだったにゃあ。じゃあ、今日結婚すればいいにゃあ」
「良くない良くない1ミリも良くないそれ!?」
「えーっこんなにお願いしてもダメにゃの?」
「そんな猫撫で声で言われても困るんですけど。そもそも法律で俺まだ結婚出来ないんですけど」
「気にしにゃい気にしにゃい、法律は破るためにあるんだにゃあ」
「なんだよその世紀の大悪党が言いそうなセリフは!?」
「だって、好きな人のためにゃら何でもできるにゃあ」
「えっ!?」
俺は言葉を失った。今、俺は人生初の告白を受けたと言っても過言では無いだろう。
告白ってこんな感じなんだ。なんか顔が熱い。胸がドキドキしている。変な高揚感もある。
「なーんてにゃあ。法律は守らないといけないにゃあ」
で、ですよね。俺なんかがユリさんに告白されるわけないですよね。
ついさっきまでドキマギ、紅潮していた自分が恥ずかしい。
さっきとまでは違う意味で顔が赤くなってしまった。
それからは、宿に着くまで俺達は会話をしなかった。俺は一方的にユリさんに対して気まずさがあったせいだが、師匠とフルメルさんが黙りこくっているのには俺はよくわからなかった。
日はとうに沈みより一層寒さが厳しくなってきた。外を出歩く人は居なく、ただでさえ長閑な田舎町がこんなに静かだと実はこの町は廃れ住民は居ないのではないかと錯覚する程だった。この世界には俺達しか居ないんじゃないかそんな気を起こさせる夜だった。