大罪魔王と勇者と英雄と
「フルメルくん!そっちはどう?」
ユリは、全速力であの洞窟から離れ去るために走っていた。
そして、走りながら同じく後ろを走るフルメルに対して、あの男が近づいてきているか訊ねた。
「えーっと……」
フルメルは、ユリに訊かれたからといって立ち止まる訳にもいかず、走りながら後ろを振り返り色欲の存在を確認した。
「どうやらいないみたいですね」
「そっかーよかったー」
ユリは、ホッと胸を撫で下ろした。
とは言っても、その場で立ち止まる事はなく、そのまま走り続けた。
二人は、洞窟からかなり離れたところまでやって来た。
「ユリさん。一旦休みましょうよ!」
フルメルは、荒々しい息づかいで、ユリにそう提案した。
「えー!ダメだよー!こんなところで止まってたらすぐに来ちゃうよー」
ユリは、肩で息をするフルメルの提案を一蹴した。
「ちょ、ちょっと、待っ、待ってくださいよ!」
フルメルは、息も絶え絶えユリに付いて行った。
あ、足が重い。
心臓が、肺が弾けそうだ。
前に進みたいのに、足が上がらない。
「もうー!フルメルくん!何やってるの!」
ユリは、無様にも音を上げるフルメルの傍まで戻ってきた。
「速く速く!早くしないと色欲が来ちゃうよー!」
ユリは、無理やりフルメルを引っ張ってまた走り出した。
「ユ、ユリさん。私を置いて行ってください。私は、大丈夫ですから」
フルメルは、弱々しくそうユリに言った。
「なにが、ダイジョウブ、なの!フルメルくん、さっき言ったよね!また一緒に依頼をこなしながら世界中を旅するんでしょ!だったら、置いていけないよ!」
「ユ、ユリさん……!」
フルメルは、ユリのその言葉に再び走り出す決意をした。
そして、フルメルがユリと共に走り出そうとしたその時の事だった。
「フヒャヒャヒャヒャ!!!!この偉大な大罪魔王様である僕から逃げられると思っているのかあ!!!!」
その言葉と共に色欲がフルメルとユリの目の前に降り立った。
「えっ――!」
「どうしてここに……!?」
フルメルとユリは、突然目の前に降ってきた色欲に驚きを隠せなかった。
「フヒャヒャヒャヒャ!!!!君達はどうして僕がここまで来れたのか分からないみたいだねえ!ヒャハハハハ!!!!」
色欲は相変わらず狂ったように笑いながらユリとフルメルに近づいていった。
フルメルとユリは色欲から逃れるため、今来た道をトンボ帰り戻っていった。
死に物狂いで。
鬼の形相で。
息も絶え絶えだったフルメルは、色欲が近づいてくるのを見るなり先程の疲れようが嘘のように、すっ飛んでいった。
一目散に。脇目も振らず。ユリすら置き去りに。
ユリも必死に走っているが、フルメルには追い付けなかった。
二人は、やがて元いた洞窟の前まで戻ってきていた。
だが、洞窟の前にはまたしても、ボロボロになりながらもいまだに薄気味悪い笑みをこぼしながら狂ったように叫んでいる色欲が立っていた。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!!!!!!!皆殺しだああああああ!!!!!!」
色欲は地面を蹴るわけでもないのに、一瞬にしてフルメルとユリに迫った。
それはまるで、ジェットエンジンによって加速したかのような速さだった。
一気に間を詰められた二人は、協力して色欲の攻撃を受け止めた。
フルメルは、魔力障壁を超速で構築し、ユリも風精霊の力で風の防風結界を張り、色欲の攻撃を受け止めた。
色欲はそんな二人の防御になど気にも留めずに一刀両断剣を振り下ろした。
色欲の攻撃にフルメルの作り上げた魔力障壁は悲鳴を上げ始めた。
障壁の端には亀裂が入り、それが少しずつ全体に走り、一つ障壁が壊れた。飴細工のように粉々になって消え去った。
そして、全5層の魔力障壁が少しずつ削られていく。
また一枚。また一枚と次々に破壊されていく障壁。
残りはあと一枚。
ユリもその暴れに暴れる風の壁が渦巻き、色欲の攻撃を受け止めていたが、色欲の強大な一撃と溢れる魔力から次第に風の威力が落ち始めた。
最初はあんなにも暴れていた竜巻のような風は、完全に力を奪われ、つむじ風程度になってしまった。
そして、遂に色欲は、止められていた剣を力の限り振り抜いた。
その一撃に、フルメルの障壁は壊れ、ユリの暴風の結界は跡形もなく消し飛んだ。
剣は地面を深くえぐり、フルメルとユリは、力なく吹き飛ばされた。
フルメルとユリは、吹き飛ばされたとは言っても、意識を失ったわけではなかったので、大穴から降りてきたのと同じように、軽く地面に着地した。
着地したすぐ後に、色欲が、彼ら二人の間にある木々を一振で粉々にしながらやって来た。
色欲は、フルメルとユリの姿を確認すると、空気の振動波を放った。
ユリは、得意の風魔法で相殺した。
フルメルも再び魔力障壁で防ぎきった。
色欲はこの攻撃が通用しないと悟ったのか、攻撃の仕方を変えてきた。
色欲は今までは風系統の魔法を使っていたが、今度は、火属性魔法を使ってきた。
色欲の持っている禍々しい曲剣が、マグマのような黒く赤い輝きを放った。
色欲は、ここが森であるのも構わず、曲剣から噴火のような激しい火柱を、振り下ろしたの同時に辺り一面に撒き散らした。
だが、フルメルは、色欲が火属性魔法を使うのをあらかじめ察知しており、山火事にならぬように氷属性の上級魔法氷結の大地と水属性の上級魔法儚限の抱影を同時詠唱していた。
これが私の固有スキル、無詠唱と同時詠唱の合わせ技だ。
本来なら上級魔法は詠唱した方が威力が上がりとされているし、私の実験でもそれが証明されている。
だが、この場合では詠唱している時間などない。詠唱などしていれば、焼き鳥よろしく焼き人間の出来上がりでしょうからね。
いや、丸焦げを通り越して消し炭になってしまっているか。
そんな事はどうでも良いのですが、今回はもう一つの固有スキルも使った。
それは、一度に複数の魔法を詠唱することが出来るという、自分で言うのはなんだが、そこそこにチートなスキルではある。
そんな二つを組み合わせると、無詠唱で複数の魔法を使う事が出来るのだ。
そんなフルメルの必殺技のようなものは、色欲の放った炎を一瞬にして、消滅させることに成功した。
そして、ユリはフルメルの必殺技が炸裂するのを見届けると、霊装を起動させた。
「霊装起動!『暴渦の螺旋』!」
ユリがそう言うと、ユリの持つ弓が変形し、より大きくより強靭な弦と秀麗な見た目へと変化した。
そして、ユリは目一杯引き絞った弓を色欲に向けて発射した。
「くらえー!」
その矢はとてつもないパワーを込めて色欲へと飛んでいった。
それは、フルメルの作り上げた氷の塊を跡形もなく砕くほどであり、描く螺旋は直径5メートルを数え、その威力は今までのとは一線を画すものだった。それは、『暴渦』の名に相応しいものだった。
色欲へと一直線に突き進む矢は、地面をえぐり、木々を切り倒しながら、色欲の構える曲剣にぶつかった。
色欲は、両足を踏ん張り、矢の威力に対抗していたが、それも虚しく周りの木々ごと吹き飛ばされてしまった。




