出会い
――サクッ……サクッ……サクッ……
クロウは手にした桑を何度も何度も畑に振り下ろして畑を耕していく。かれこれ作業を始めて1時間が経とうとしていた。
クロウは一日こうして畑を耕す作業をこなす事で終える。ときおり、畑から収穫できそうな物があればそれを取って家に持って帰る。だがその持ち帰った食べ物をクロウは一度も口にしたことがない。この前イチゴを持ち帰ったが、それすらも一粒も貰えなかった。
(なんのために俺は生きてんだろうな……)
クロウは憂鬱な気分になりながら、畑を耕していく。実際クロウの思う事は最もな事だ。クロウは生まれてからずっと嫌な思いをずっとしてきた。両親が息子であるクロウのパラメーターを知って勝手に失望し、物心付く頃にはあの狭い小屋に押し込められた。毎日クロウに対して冷淡な瞳と罵声を今も尚浴びせ続けている。
そして、村人連中にはパラメーターの事で馬鹿にされオールゼロと不名誉な渾名を付けられ、笑われる毎日。クロウはいつも胸に込み上げてきた怒りを必死に押さえつける毎日。
(いっそ、このまま……)
クロウは手にしている桑を見つめる。その瞳は酷く暗いものだった。
「主、大丈夫かえ?」
「……っ」
クロウは突然掛けられた声に驚く。だが周りを見回すが人一人見当たらない。
「……?」
「ここじゃっ、ここっ!!」
クロウは上から声がしたので見上げると、大木の上でこちらを見下ろしている人の姿。顔は頭から外套に包まれていて確認できない。
「アンタ……。いつの間に?」
木を登っていたのであれば、大なり小なり音がするはず。だが今木の上にいる人物は音も立てずにそこにいた。……まるで最初からそこにいたかのように。
「アンタではない。主、失礼じゃな」
外套に身を包んだ人物は木の上から飛び降りる。
「な、危なっ!!」
クロウはその姿を見て駆け出し落下点と思われる場所に辿り着くと、上を見上げ両手を広げる。
「……っ」
クロウの身体に衝撃が走る。木から飛び降りた外套に身を包んだ人物を受け止めたのだ。衝撃に耐えられずその場に倒れ込むクロウ。
「……イタタッ」
クロウは身体に走る痛みに悲鳴を上げる。
「こんなのも耐えられんとは、人間はひ弱じゃのう……」
外套に身を包んだ人物の言葉にクロウは怒りを顕にして顔を声のする方へ向けた瞬間、言葉を失った。目の前には白銀に輝く長髪の少女がいた。顔は誰もが羨む美貌を放っている。だが、クロウは攻撃的なまでに釣り上がった瞳に魅せられた。真紅に輝く瞳に。
「どうしたかえ?」
からかうような笑みを浮かべながら尋ねる少女。
「あ、いやその……綺麗だなと思って」
「……っ。そ、そうかえ? ま、まぁ当然の事ではあるがなっ」
と少女は腰に手を当て踏ん反り返りながら言う。だがクロウは彼女の頬が赤く染まっているのを見逃さなかった。
「……俺はクロウ。アンタの名は?」
「ふむ。妾の名はラナ」
クロウはその名前に鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をする。それほどまでに目の前にいる銀髪の髪を持つ少女の名が衝撃的だったのだ。
「ラナ……。破壊と闇の化身の名前か」
「そうみたいじゃな……。実際は違うが」
破壊と闇の化身の名前と同じ少女、ラナは悲しげな瞳でクロウを見つめる。
「違う?」
「ウム。ラナは魔獣じゃ。そして大昔に人間の里を焼き滅ぼし辺りには闇のように真っ暗な景色が広がった。じゃから、破壊と闇の化身ラナと呼ばれるようになった……」
「あぁ。俺はそう教わった」
「じゃろうな。実際は……」
「や~い、オールゼロっ!!」
続きを言おうとしたラナを村人の叫び声が掻き消す。
「なんじゃ、あやつ? オールゼロとな?」
クロウはその言葉に苦虫を潰したような顔を浮かべる。
「その……、俺のパラメーターが全部0だから」
その言葉に、ラナは目を大きく見開く。
「ホ、ホントかえ?」
ラナの言葉にクロウは頷く。
「そうかえ……。旅には出んのか?」
「旅?」
「そうじゃ。もしかしたら主が何故パラメーターが全てゼロなのか理由が分かるかも知れぬじゃろ?」
クロウはその言葉に息を呑む。今までそれを聞いた人間でこんな風に言ってくれた人は一人もいなかったから。だからこそクロウは彼女、ラナの事を目を丸くしながらも見つめる。
「どうしたかえ?」
ラナの真紅の瞳がクロウをまっすぐに見据える。
「ラナは……」
「うわああぁぁっっっ!!!」
クロウの言おうとした言葉は突如聞こえた悲鳴で掻き消消された――。