幼馴染みが『イケメン』とかありえねぇって
※注意!
このお話は拙作短編・『幼馴染みが『美少女』とか夢見すぎ』の続編となります。
一応、これ単体でもストーリーが成立するようになっていると思いますが、こちらを先に読まれたあとで前作を読まれた場合、前作の良さが半分以上死にます。(というか、あらすじ+ジャンルを確認されただけでも1/4は死んでいることでしょう)
すでに前作を読まれた方、前作にそもそも興味がない方、あるいは注意喚起の体で前作の宣伝する作者うぜぇと思われた方など、限られた方にのみ閲覧を推奨しております。
以上をご了承の上、内容へお進みいただきますようよろしくお願いいたします……あ、あと旬からは若干はずれたネタであることもまた、ご了承ください。
「――はぁ~っ! 終わったね~!」
「お疲れさん。あとは俺が片づけとくから、先に帰ってもいいぞ」
「え? いいの? じゃ、お言葉に甘えよっかな……っし。じゃ! また明日ね!」
「お~」
手早く通学鞄に荷物を突っ込んで教室を出て行ったクラスメイトの背中を見送った後。残った俺は、ホームルームで話し合った文化祭の出し物についての企画書をクリアファイルにまとめて入れる。
しっかし……、文化祭実行委員の仕事、なめてたな。
一年の内にちょっとしか活動しねぇから楽だろ、って高くくってた。短期間な分、やることめちゃくちゃあってマジでキツい。
先に帰らせた女子は同じ委員のペアだ。不純な動機で立候補した俺とは違い、純粋なお祭り好きっぽい明るい性格の女子で、率先して仕事に取り組んでいる。
ほとんどが雑用だってのに、楽しそうでうらやましい限りだ。
「それはそれとして……うちのクラスは本気なのかふざけてんのかわかんねぇ案ばっか出しやがって。どう、収拾つける、つもり、だったんだか」
固まった体をほぐそうと、両手を頭上で組んで背中を伸ばす。ほぐした肩を脱力させながら、クラスから挙がった出し物案を思い返してイスの背もたれに体重を預ける。
お化け屋敷とか演劇とか喫茶店もどきとかはまだしも。やれVR鉄骨渡りだ、バニーキャバクラだ、執事ホストだ……高校の文化祭でやれると思ってんのか? 余裕で予算オーバーな上に倫理的にもアウトだっつの。
他にも、リアルマネー麻雀大会とか現金引き替えチップ制ポーカーとか、法律的にアウトな意見を出したバカもいやがったしな。
だからか、最終的に決まった『コスプレ喫茶』がマトモに思えたんだからタチが悪い。
まさかあいつら、本命を通しやすくするためにあえてありえねぇ意見を出して、こっちに譲歩させたわけじゃねぇだろうな? ……いや、うちは悪ノリ大好きなバカばっかだし、さすがに考え過ぎか。
一応、本部に却下された時のために無難な企画案も一緒に作ったから、修正食らっても代案で何とかなるだろ。
「――う~、さむっ!!」
なんて考えていたら、換気のために開けていた窓から吹く木枯らしめいた風に横顔をなでられた。思わず首を縮めて、震える体を両腕でさする。
カレンダー的には秋口なんだが、今年は夏が終わって一気に冷えだしたんだよな。今日は特に冷え込むって予報で、実際の体感温度もすっかり冬まで進んじまったみたいだ。
教室の時計を見上げると、五時半を少しすぎたところ。電灯をつけてたから気づかなかったが、窓越しに見える空もすっかりオレンジ色になっている。
企画がイロモノ系だから、せめてぱっと見だけでもまともな出し物に見えるよう、ペアの女子と頭をしぼって文章に小細工を仕込むのに集中していたからか、あっという間に時間が過ぎた気分だ。
「朝はいらねぇって言ったけど、やっぱカイロを押しつけられてよかったよ……母さんのお節介も、たまには役に立つな」
強くなる冷えをごまかそうと背中を丸め、学ランの右ポケットにつっこんでいたカイロを取り出し両手で揉みこむ。
登校した時はやせ我慢で耐え、授業中は午前に体育があったおかげであまり気にならなかったから、封を切ったのは放課後になってから。
まだまだ新鮮な熱を放つ小袋でじんわりと指先を温めた後、俺も荷物をまとめて戸締まりをしていく。
「……ん?」
そして、開けっ放しだった最後の窓に鍵をかけたところで、ふと外の方へ視線が向く。
「あれは――」
校門の近くに、誰かが立っていた。校舎の三階から見下ろしてたから、位置的にちょっと遠くて見えづらい角度だけど……確かにいる。
人影は一つじゃなく、二人。制服からして、男子と女子のカップル、ってとこか? そういやちょっと前にも、同級生の野球バカも『彼女ができた!』ってチャットアプリで騒いでたっけ。
こんだけ寒いのに立ったまま外でおしゃべりとか、青春してんな~。
「青春、か……」
ぼんやりと眼下の様子を眺めながら頭に浮かんだのは、俺ん家の隣に住んでる口の悪い『幼馴染み』だった。
生まれた日が近くて、小・中・高と同じ学校で同じクラスだったから――『腐れ縁』って言い方が正しいのかもしれない。
最初は親同士が子どもをきっかけに仲良くなったらしく、物心ついたときにはもう幼馴染みは俺の日常の中にいた。
ガキのころは人見知りな上に泣き虫で、いつも俺にひっつこうと追っかけてきていた幼馴染みも、中学生になると今みてぇながさつで大ざっぱな女になっちまってたっけ。
「あいつも……女、なんだよな」
今まで意識したことなかった――なんて言えば嘘になる。性格は置いといて、少なくとも見た目は中学に上がって一気に『女』っぽくなったから、な。男なら意識しないなんて無理だろ。
それでも、今まで幼馴染みを『女』としてあつかったことはなかった。いきなり態度を変えんのは何か違う気がしたし、あいつも嫌がる――ってか気持ち悪がると思ったからだ。
これまでずっと見ない振りを続けてきて、はっきりあいつを『女』と意識したのは……意識させられたのは、数ヶ月前の夏。
エアコンが壊れたとかでサウナ状態だったあいつの部屋まで、回し読みしてた漫画を借りに行った日だった。
(……ま、あいつの方は確実に俺のことなんか、『男』として見ちゃいねぇんだろうけど)
でなきゃあんな無防備な格好で『男』を部屋に入れて、平然とダベってられるわけねぇし。同い年の兄弟、って程度の認識なんだろうな、きっと。
こちとらしばらく、『赤色』を見ただけであん時の姿を思い出しちまってんのにな……幼馴染み相手にだせぇって思いながらも、夢にまで見ちまった日の起き抜けは思わず変な笑いが出たっけか。
……止めよう。考えれば考えるほど、幼馴染みを変に意識しちまうだけだ。そうじゃなくとも普通にムカついたしな、あいつのニヤニヤ顔。
にしても――
「『幼馴染み』って、結局どんな関係なんだろうな……?」
思わず口に出していた言葉は、幼馴染みが利用していた無料小説投稿サイトの『オンリー・ノベライズ』――『オンノベ』っつってたとこのネット小説を思い出したからだ。
ぼんやり眺めていた窓の外から、おもむろにズボンのポケットから取り出したスマホの画面に視線を移す。お気に入りページに登録した名前をタップすれば、すぐにトップページが浮かび上がった。
経験上、文字ばっかの小説なんてすぐに眠くなるだけってわかってたから、あいつから教えられるまで存在すら知らなかったサイト。
だけど、俺らが回し読みしてる漫画の原作になってたり、あいつでも読めるって聞かされたりすりゃ、興味がわかないはずはなく。
結局は好奇心に負けて、試しにいくつか読んでみることにした。
『横暴な美少女幼馴染みになんたら』とか、『ずっと片想いだった幼馴染み(美少女)に振られたらうんたら』とか、『勇者やってる美少女幼馴染みがイケメンに寝取られたので復讐します』とか。
他にも似たような長ったらしいタイトルの小説を、『幼馴染み』って言葉が入ってるもんを中心に手をつけていった。
本文をのぞいてみると、あいつが読めたって理由が数分でわかった。画面は文字よりも空白が多く、一話の長さはそれなりの短さで、文章も内容もかなり簡単だったからな。
ただし……ストーリーに対しては、あんまりいい印象は持てなかった。
(『幼馴染み』って存在を悪役に仕立ててるのが多すぎたんだよな……あそこで投稿してる作者は『幼馴染み』に恨みでもあんのか?)
印象に残っている小説の内容を思い出したら、胸のあたりに何ともいえない感覚がして、自然と大きなため息が吐き出される。
幼馴染みは『流行りジャンル』とか言ってたが、いくら何でもこれは……ってあつかいの『幼馴染みキャラ』ばっかだったんだよな。
さすがに全部が全部ってわけじゃなかったけど、だいたいが『主人公に倒される敵役』って言葉がしっくりくる性悪女にさせられてた。
それに『主人公』も『主人公』で、言動がかなり独善的というか暴力的というか……ともかく『悪いのは全部幼馴染みだからどうあつかってもいい』みたいな横暴さしか感じなかった。
まるで『主人公』が何をしても許される環境を作るために、世界の方が都合よく合わせにいったような感じが一番鼻についたっけか……。
(まあ、小説を読み始めたばっかの俺が偉そうに言うのも筋違いなんだけど、な……)
手持ちぶさたに画面を操作し、ランキングに並んだタイトルを適当にスワイプして流し見ていく。
『オンノベ』の小説だって、少なくとも作者は『面白い』と思って作ったはずだ。普段小説なんか読まない俺じゃわかんねぇ苦労や努力も、きっとあるんだろう。
読書感想文とか現代文の記述問題とかが死ぬほど嫌いな俺からしたら、長い文章を眠くならずに書いていられるだけでも『すげぇ』って思うし。
ずらっと並ぶ長ぇタイトルたちも、きっと俺には合わなかっただけだ。『面白い』って思った読者が多くついてんなら、俺からとやかく言っても仕方ねぇしな。
ただ――
「あいつは、結構こういうの、読んでたんだよな……」
すっきりしないのが、そこだ。
幼馴染みは『暇だから読んでた』っつってたけど、今思えば内容とか書き方とか、『幼馴染み』を題材にした小説に関して詳しかったのが妙なんだよな。
だって、いろんな『幼馴染み』って言葉が入った作品を読んで中身を知ってねぇと、『どれもこれも同じ』なんて言えるはずがない。
あんときはあいつも冗談めかした文句を言ってたが……本当はああいうのが好きだったりすんのか?
同じようなタイトルの作品を何回も読むほど、不満に思ってたんだろうか?
『幼馴染み』の、俺の、ことを――
「……って、なんであいつのことばっか考えなきゃ、っ!?」
また幼馴染みのことを意識しまくってた自分にあきれて苦笑いをこぼし、スマホをしまってもう一度窓の外へと目がいった瞬間。
大きく吸い込んだ息が胸を冷やし、そのまま自分の表情も凍ったのがわかった。
「あれ……、って……」
何気なく見ただけの光景をより確かめたくて、見間違いじゃないかと疑いながら、食い入るように窓に張り付く。
じっと、目を凝らす……間違いない。
――間違えるはずが、ない。
「あいつ――」
校門の前で、楽しそうにおしゃべりしている二人組の、片方。
今、大げさなくらい笑いながら話し相手の背中を平手でバシバシたたいている、女子。
あんなにがさつで男みたいな動きをする女子なんて――俺は、『幼馴染み』以外に知らない!
「っ……!!」
気づけば俺は、机の上にあった鞄を乱暴につかみ、廊下を全力で走っていた。
なんでこんなに焦ってるのか? 必死なのか? いつもの鞄の重さが鬱陶しいのか?
自分でもよくわからない衝動に急き立てられるまま、校舎の突き当たりを曲がってすぐの階段を駆け下りていく。
「――っ! ――はっ! ――はぁ、っ!!」
階段って、こんなに長くもどかしかっただろうか?
普段からあまり運動をしなかったツケが出て、すぐに息が苦しくなる。
昇降口までぜんぜん近づいている感覚がしなくて、焦る気持ちをごまかすように最後の何段かを飛び降りて踊り場に着地する。
足は止めない。
手すりを握った腕がぎしりと引っ張られるのを感じながら、着地の勢いに任せて方向転換すると二階への段差をまた下る。
「はっ、はっ、はっ!!」
っつか、何であいつがまだ学校に残ってんだ?
ホームルームが終わった後、『先に帰る』っつったのはあいつだろうが。
嘘だったのか?
なんで?
なんのために?
俺よりずっと寒がりなくせに、こんなクソ寒い中で一時間以上も外にいたままなんて、ガラじゃねぇだろ。
――それとも、あの男のためになら、我慢できるってのか?
「チッ!!」
舌打ちの音が頭に響く。
無意識の歯ぎしりで奥歯が欠けそうになる。
苦しまぎれの吐息が勢いよく喉からせり上がる。
「う、ぐっ!?」
残り数段を飛んでショートカットし、やっとのことで一階まで降りれた――そう思ったとき。
最後の最後で着地をミスり、変な方向に足をぐねっちまった。
鋭い痛みが走り、足首が熱く脈打ってる。
でも、知ったことか。
もうすぐ昇降口が見えてくる。
動かす足をゆるめないまま、下足箱から自分の靴を引っ張り出した。
「ぃっ!? っつ……」
急いで上履きを脱がせた足から、再び電流を流されたような痛みが伝わり……少しだけ、冷静になる。
じくじくと無視できない痛みに顔をしかめながら強引に靴を履かせてから、次々と疑問が浮かんでは消えた。
何で俺は、あいつのことでこんなに焦ってんだ?
あいつに男がいたからって、俺に何の関係がある?
そもそも俺が見たのは――あの女子は――本当に『幼馴染み』だったのか?
かっとなって無茶をやった自分の行動を、『勘違い』だと言い聞かせるような否定が、頭の中を埋めていく。
『ムキになって走って、バカらしい』……そんな自嘲を今すぐにでも吐き出したくて、恥ずかしさにもだえながら家に帰りたくて、かかとをつぶした靴で地面を踏んだ。
歩く速さは変わらない。
息の荒さは早くなる。
足首の痛みはひどくなる。
それでも、歩く速度は――変えられない。
「っ、く、あいつらは……!?」
ようやく校舎から出られた。
校門の方へ首を向ける……まだ少し距離がある。
あぁくそ、足が痛ぇ。
あの二人は誰だったんだ?
『幼馴染み』は、本当はもう、とっくに帰ったんだよな……?
「――――」
「――――」
「っ!!」
声がした――まだいる。
ふざけあってる楽しそうな声が。
俺が教室で見たまんまの様子で。
親しそうに……恋人、みたいに。
「…………っ」
止まっていた足を動かす。痛ぇ。
いつの間にか人の顔もわからないほど落ちてた視力が憎らしい。痛ぇ。
その内の一人が俺の考えてる『誰か』かもしれねぇってことが――痛ぇ。
「――そういや、次のテスト大丈夫なのか? また赤点じゃねーの?」
次第に話し声が聞こえてきた。
これは、男の声。聞き覚えは……ない、と思う。
いや。男の声なんてじっくり聞いたことねぇから、やっぱわからねぇな。
そいつの顔は、まだ見られない。ひどくなる痛みで足がもつれないように、地面を確認するので精一杯だから。
「よけいなお世話だ! っつか赤点はあんま取らねーよ!」
――ぁ。
「あんまりってそれ、ちょこちょこは赤点なんじゃねーか」
「うっせぇ! ほっとけ!!」
こっちの、声、は……。
「いっ! ――ってぇ!! さっきからバシバシ殴りすぎだろ! 背中に手形ができたらどうすんだ!!」
「野球部のくせに女々しいこと言ってんじゃねーよ! 男だったら気合いで我慢しろ!」
毎日聞いてて、いつの間にか聞き慣れてて、もう聞き間違えるなんてできない、声。
「お前の馬鹿力はもはや男とか女とか関係ない、――ん?」
「どした? ――って、ようやく出てきたな、あいつ」
男と……『幼馴染み』の声音が、変わった。
驚きと、呆れと――二人分の視線も、感じる。
俺の存在に気づかれたらしい。
痛い痛い痛い……。
動かさないと止まってしまいそうで、
座り込んでしまいそうで、
立ち上がれなくなりそうで、
……動かしたくない痛みごと、足を前に運んでいく。
顔はまだ、未練がましく、上げられない。
「おうおうおう! ずいぶん遅かったじゃねぇか! こっちにゃお前にいろいろ言いてぇことが――」
あぁ、くそっ!
今にも折れちまいそうなほど、痛いったらねぇ。
かきむしりたくなるほど苦しいのは呼吸か心臓か。
知らず持ち上げた右手で、強引につかむ――
「――あ、ぇ?」
――視界の端で持ち上がった、こちらを指さす幼馴染みの手首を。
「――ぅおっ!?!?」
そのまま無言で男の目の前を通り過ぎて歩き出す。
俺の――『俺たち』の家の方向へ、強引に。
「ちょっ?! おい!! ……あ~、わりぃ!! 俺らこのまま帰るわ!! またな!!」
「お、お~ぅ……」
振り返れない背後から、幼馴染みの戸惑った声で男に別れを告げる言葉が聞こえた。
応えた男の声は、困惑気味で頼りない。
俺が二人に割り込んで引き裂いた当事者なのに、どこか遠い場所の出来事みたいに感じてしまう。
「おい、こら! 待てよ!!」
俺と幼馴染みの、バラバラな足音が二つ、聞こえる。
それ以外はなぜか、あまり耳に入ってこない。
「聞いてんのか!? ――っ、このっ、待てって!!」
息が荒い。
乱れに乱れて、頭がぼんやりしている。
左肩にぶら下げた鞄は重くて仕方ないのに。
右手で捕まえたこいつの腕はひどくか細くて。
頼りないくらい……軽い。
「ぃ、っ~!! てめっ、いい、かげんに、っ!!」
気を抜けば、目を離せば、力を緩めれば。
こいつはきっと、どこかへ行ってしまう。
だから、昔からいつも俺が前を歩いて、手を引いて、ずっと一緒で。
きっと、これからも、ずっと――
「――手ぇ、はなせっ!! 痛ぇんだよ!!」
「っ!? ぁ――」
――瞬間、本気でキレている時に出る幼馴染みの怒鳴り声で後頭部をブン殴られた。
反射的に振り返り、右手から力が抜けるとすぐさま乱暴にふりほどかれる。
幼馴染みは、手首をかばうようにさすりながら、俺から一歩、距離を取った。
空気さえつかみ損ねておろした右手が、あまりにも心細くて、無造作につっこんだポケットのカイロを握る。
……まだ温かいはずなのに、無機質な砂鉄の感触が冷たく感じた。
「やっと学校から出てきたと思えば、いきなり何しやがんだ!? バカみたいな力で手首引っ張るわ、俺の声は無視しやがるわ、歩幅が違ぇから早足で歩かされるわ……文句があんならちゃんと口で言え、バカ!!」
俺を威嚇するように顔をしかめながら、痛みをごまかすように手首を押さえる幼馴染みを前にして、とっさに言葉が出てこない。
何であんなことをしたのか……俺だって、よくわからねぇんだから。
「……悪ぃ」
「謝るくらいなら最初からやんじゃねぇよ、バカ!」
俺の非を認めて素直に頭を下げると、幼馴染みからは当たり前のように罵声が飛んできた。
それがまた、こいつとの距離感が広がった気がして、右手のカイロがさらにつぶれる。
「悪かったと思ってるよ、マジで。でも一つだけ……いや、二つだな。聞いてもいいか?」
「あ゛ぁ?!」
俺なりに誠意を込めたつもりだったが、まだマジギレしたままらしいドスの利いた幼馴染みの声にひるみそうになる。
が、『文句があんなら口で』とか言うくらいだ。話を聞く気はあるんだろうと、すぐにでも確かめたかった疑問をぶつける。
「お前……何でこんな時間まで学校にいたんだよ? 先に帰ったんじゃなかったのか?」
「…………」
妙な沈黙が流れた。
知り合いからは『男っぽい』と言われるように、こいつはからっとした物言いをする奴で、言葉を詰まらせることなんてほとんどない。
返答に困るときは決まって、自分にやましいことがあるか……相手に言いたくねぇことを聞かれたか、だ。
「……別に、俺の勝手だろうが。それより、まだなんかあんだろ? 言えよ」
案の定、幼馴染みは俺から目をそらしてあからさまに答えをはぐらかした。
いつもの俺なら追及の手をゆるめたりしないが、今回は負い目があるため強気に出られない。
納得できねぇままだけど、俺は意を決して、どうしても気になることを尋ねる。
「……さっき、一緒にいた奴、あれ、誰だよ……?」
ポケットに隠した拳が熱い。
口が渇いて気持ち悪い。
心臓がうるさくて仕方ない。
結局、俺は男の顔を見ないまま幼馴染みを連れ出しちまった。さすがに声だけじゃ、俺の知り合いかそうじゃねぇかすらわからない。
それに、こいつとの関係もわかんねぇんじゃ、ぜんぜんすっきりしねぇ――
「はぁ? お前、委員会の仕事で頭使いすぎてボケたのか?」
――なんて思ってたのに、幼馴染みの反応で面食らったのは俺の方だった。
「中学でも一回同じクラスだったろ、あの野球バカ。それとも、最近グループチャットで騒ぎまくるノロケバカ、っつえば思い出せるか?」
「……あ~、あいつか」
幼馴染みから不審そうな目で見られるのもかまわず、該当する人物に思い至って天を仰いだ。
知ってるわ、そいつ……うちの野球部が奇跡的に甲子園大会に出場が決まって、勢いで女子マネージャーに告白したらオッケーもらえた、って騒いでた野球バカ。
結局、試合は一回戦で敗退したみたいだけど、『次はあの子のために優勝する!』とかチャットでノロケててウザかったのは記憶に新しい。
ちなみに、今そのグループでは毎日のようにノロケバカが長文をぶっ込んでくるから、残りメンバーの投げやりな相づち連投で話題が自然消滅、ってのを繰り返してる。
過疎ってるよりマシとはいえ、そろそろマジで面倒だし通知切っとくか悩んでたんだが……。
「あの野球バカが、お前に何の用事だって?」
「文化祭が終わってから、彼女に内緒でプレゼントしたいんだと。で、なに贈れば女子は喜ぶんだ? ってしつこく絡まれてたんだよ。
『知るか!』って何回も追っ払ってたんだが、結局だらだら話し込んじまって……って、これ質問三つに増えてねぇか?」
「気にすんなよ、んな細けぇこと。それ言ったらお前だって、一個目の質問には答えてねぇだろ」
「そ、それこそ気にしてんじゃねぇよ、バカ!」
にしても、あの野球バカがサプライズとかやるタイプだったとは――意外だ。
そういや『バシバシ殴りすぎ』とか言ってたな……どんだけしつこく粘って聞いてたんだよ、あいつ。幼馴染みがいくら短気でも、だいたい一発殴ればすっきりして大人しくなるってのに。
……なんか、もうどうでもよくなっちまったな。野球バカのノロケなんてそれこそ興味ねぇし。
なんで俺、あんなにムキになってたんだか。今になって幼馴染みに悪いことしちまった、って気持ちがふつふつと湧いてくる。
張りつめていた緊張の糸がぷっつり切れて肩が落ちたと同時に、気づけばでっけぇため息までこぼしていた。
「はぁ~あ――じゃねぇよ! なに勝手に納得してんだ! 俺は置いてけぼりの痛められ損か!?」
「いや、悪かったって。今度なにか奢ってやるから、機嫌直せよ」
「そんなんで俺がごまかされると……ぅ」
「なんだ? どうした?」
「ふぁ――くちゅん!」
急に言葉をとぎれさせたと思ったら、怒りに震えていた幼馴染みの体が大きく跳ね、両手で隠した口元からくしゃみが漏れ出る。
普段のがさつさとは打って変わってかわいらしい声と仕草のギャップに、なぜだかとっさに言葉が出ない。
「……今日、寒かったもんな」
「~~っ!!」
一応、顔をそらしながらフォローのつもりで声をかけてみる。横目でこっそり様子をうかがうと、耳を真っ赤に染めた幼馴染みは顔を両手で覆い、恥ずかしそうに震えていた。
いつも男っぽい言動が多いくせに、くしゃみとかあくびとかゲップとかおならとか、不意に出る生理現象を人前でやるのをめちゃくちゃ恥ずかしがるんだよな、こいつ。
ゲップやおならはまだわかるが、くしゃみやあくびなんかは出るときは出るんだし気にしすぎだろ? 男同士の下ネタでも平気に返せる奴が何を恥ずかしがってんだ? っていつも思う。
前に直接聞いてみたら『恥ずいもんは恥ずいんだよ!』ってキレられたしな。こいつの恥ずかしがるポイントだけは、長いつきあいでもいまだよくわからん。
「……カイロ」
「……?」
「使うか? 開けたばっかだから、温まるぞ」
思わず出かかった呆れを飲み込んでから……おわび、ってわけでもねぇけど、ポケットから取り出したカイロを幼馴染みに差し出してやる。
怒らせたばつの悪さもあって、まともにこいつの顔が見れないのが情けない。
中途半端に伸ばした右腕から小さな重さがいつ消えるのかと、ほんの少しの空白さえもどかしく感じる。
「……お前、それ以外に自分のぶんは持ってんのかよ?」
「……あ~、まあ、俺はもう十分温まったから」
声音だけでわかる疑わしそうな視線に耐えきれず、カイロが乗る方とは反対の手でかゆくもない頭をポリポリとかく。
「へぇ~……。んじゃ、遠慮なく」
さらに妙な間を作った幼馴染みが、ようやくカイロへ手を伸ばしてきたのが視界の端に映る。
断られたらもっと気まずくなるところだったな――なんて、内心でほっとした俺は油断していたんだ。
「――ん」
幼馴染みはたしかに、カイロをつかんだ――俺の、右手ごと。
「よっ、こいせ」
「は? ……ぉ、おいっ?!」
予想もしなかった行動で呆気にとられ、俺はまともな反応も返せない。
幼馴染みの奇行はそれで終わらず、今度は元々カイロが入っていた学ランのポケットに無理やり手をねじり込んできた。
ようやく理解が追いついた頃には、すでに俺と幼馴染みの手は小さな密室の中で一緒に暖をとっていた。
「……これで、よし! ほら、さっさと帰るぞ!」
「いやいや、待て待て! いきなりなにすんだよ、お前!!」
あまりにも何でもない様子で隣へ並んできた幼馴染みに思わず怒鳴ってしまう。
カイロとこいつの体温とは無関係の熱が右手を逆流し、わけのわからない焦りから自分の手を引き抜こうとする――その前に、熱い布地をはさんで絡まった細い指の力が強まった。
「本当はお前だって寒いんだろ?! 寒がりのクセして、そっちが変に気ぃ遣うからだろうが! ……ま、まぁ? 下手な嘘までつかせたんだし? 落としどころとしちゃ、こんなもんだろ!?」
「んなわけあるか! ガキの頃ならともかく、この年齢になって幼馴染みと手ぇつないだままとか――」
ヤケになったような語気の荒い暴論に、思わず口から出た反論は……しかし。
「――いや、か?」
一転して頼りない幼馴染みの態度に、あふれかけた言葉ごと消されちまった。
まじまじと見ちまってた横顔が、なぜか、気弱だった昔の幼馴染みの表情と重なる。
「……嫌とは、言ってねぇだろ」
「……なら、つべこべ言うな……ばーか」
結局、俺たちはそれだけ言い合ってから、自然と歩き出した。
視線はとっくに、幼馴染みとは反対方向の車道と車へ向けていた。
しばらく幼馴染みの顔は見られねぇだろう……俺も、今の自分がどんな顔してんのかなんて、見られたくねぇし。
つないだままの手から伝わる力は、さっきよりもだいぶ弱い。たぶん、幼馴染みも俺と同じような気持ちなのかもしれない。
『…………』
無言のまま、ときおり通り過ぎる車のエンジン音で沈黙を埋めながら、体が覚えている帰り道をたどっていく。
気づけば、あれだけうっとうしかった足の痛みは嘘みたいに和らぎ、ぶるぶる震えるほど冷たかった風がちょうどよく感じる程度の温度に変わっていた。
(このカイロって、こんなに温かかったっけ……?)
火傷しそうなほどの熱から逃れようと、右手を少し動かす。
「――っ」
つられてカイロがぴくりと動いた――と思えば、俺よりも細い指が、おずおずと、俺の手のひらへ『熱』を押しつけてきた。
「…………」
……何も言わず、俺の方からさらに力を込めて『カイロ』を握る。
「…………」
――間を置かず、向こうも同じか、やや強めの力で『カイロ』を握った。
『…………』
あぁ、ったく。
次に学校まで持っていくときは、もっと小さい『カイロ』にしとかなきゃな。
このカイロじゃ効き過ぎて、温かいを通り越して暑くなっちまうみたいだから……。
「……ただいま、母さん」
「おかえりなさ~い。遅かったのね~、寒かったでしょ~?」
「いや……そうでも、なかった」
「え~? でも~、寒いの苦手だったんじゃ~、あ! もしかして~、お母さんが渡したカイロのおかげ~?」
「あ~、まあ、そうだな。朝に押しつけられて、助かったよ」
「ちょっと~? 息子を心配してあげた母親に、その言い方はないんじゃなぁ~い~?」
「だから感謝してるって……先に部屋で着替えてくるから」
――パタパタ、ガチャッ。
「だめよ~。帰ってきたら手洗いとうがいを先に……あら?」
「……なんだよ?」
「ねぇ、本当に大丈夫なの? 顔、真っ赤だけど?」
「ち――っ!? 違ぇよ! これは別になんでもねぇから?!」
――バタバタバタ!
「あ! 階段を走ったら危ないでしょ~!」
――バタンッ!!
「っ、はぁ~~っ!!」
部屋の扉を急いで閉めた瞬間、いろんな感情がこもったため息がこぼれた。
同時に立っているだけでも億劫になり、扉に預けた背中をずりずりとこすって床にへたり込む。
玄関で靴を脱いだ後、台所から顔をのぞかせた母さんの言葉に焦っちまって、すぐ近くにあった階段から二階へ逃げ延びた俺は、うつむいた顔を右手で覆った。
「う」
が、すぐに眉間にシワがよって、今の俺の体で一番熱を持っているだろう手を離す。
……手汗と金属っぽい臭いがした。それと――
「なに考えてんだ、俺は……」
――自分のものとは違うわずかな匂いが、鼻の奥をつついてきた気がした。
「はぁ~、っつ?!」
するとようやく、今まで忘れていた足の痛みがうずき出した。
じくじくと痛みも熱も広がっていくのに、あんまり気にならない。
ってか、気にしていられない。
「……あ~、くそっ」
誰に向けるでもない悪態をはいて、スイッチが切られたままの電灯を見上げた。
「気づくにしたって、遅すぎんだろ……」
――あいつが『女』なんだって、当たり前のことだろうが。
互いの家の前までそのままだった、小さな指の感触。
それぞれの家へ戻るために離れた、火照った熱の名残惜しさ。
『また明日な!』とぶっきらぼうに言ったあいつが見せた、ぎこちない別れ際の横顔。
ずっと腐れ縁で、ずっと一緒にいて、ずっと見てきたはずの『幼馴染み』が、もう『女子』にしか見えなくなっている。
単なるクラスメイトでもない――『特別な女の子』にしか。
「今さらどうしろってんだ……」
暗いままの室内で、ひとり、胸に芽生えた嫉妬と恋心を抱えて途方に暮れた。
もし俺が物語に出てくるような奴だったら、迷わずあいつに気持ちを伝えられたんだろうか? ――なんて、冷たくなってきたカイロをポケットから床へ放り出した。
……本当、現実の幼馴染みが『イケメン』とか、ありえねぇって。
おまけ
「――ただいまぁ!」
「おかえり……って、やけに上機嫌じゃない? なんかいいことあった?」
「は、はぁ?! べ、べつになんもねぇし! いつも通りだし!!」
「逆に怪しいって気づかないの? 本当、我が娘ながらわっかりやすいんだから」
「お、お袋になにがわかんだよ!?」
「どうせあれでしょ? 気になってる子と仲良くなれた~とか、女の子扱いされた~とか、そんなところでしょ? あんたは変なとこで奥手だから、手でも握ってもらえたんじゃないの? 相手はそうねぇ――隣の幼馴染みの子とか?」
「なっ?! ばっ!? ちっげぇし! てきとういうなっつの!!」
――ダダダダダッ!!
「危ないから階段で走らないの!! ――まったく、あれでごまかせたつもりなんだからおバカなのよね~、あの子」
今さらですが、前の短編を覚えてる人っているのでしょうか? それに、ネタの旬としてはかなり出遅れた感がすごいんですけど……そこは見逃してもらえると助かります。
……というわけで(??)、『俺くん(♂)』と『俺ちゃん(♀)』の青春、第二幕でした~!
ここまで読んでくださった方々に少しでも楽しんでいただけたのなら嬉しいです。
ちょっと不安なのが、『俺くん(♂)』の嫉妬がDV男傾向に見えなくもない点でしょうか。本来の想定ではもうちょっとかわいらしい(微笑ましい?)感じだったのですが、どうしてこうなった?
まあ、認めたくない若さ故の過ち、ってやつでここは一つ手打ちとしていただければと。
よろしければ別の小説でまたお会いしましょう。あでゅー。