第96話 殺人カップルは終焉を告げる
翼を生やした神が飛翔した。
もはや境界線を失った空間を舞って、そのまま我々から逃げようとする。
「おや、どこへ行くのだね」
私はわざとらしく言いながら指を鳴らした。
召喚魔術の応用により、神を目の前に引き寄せる。
不意の転移に体勢を崩した神は、受け身も取れずに地面に激突した。
「ぐっ」
短い呻き声を洩らして、慣性に従って転がる。
神の全身が銀色の血で濡れていた。
震える四肢で立ち上がろうとするも、その動きはあまりに緩慢だ。
これらは決して演技ではない。
実際に神はこれほどまでに弱ってしまっているのだ。
顔色は悪く、ほんの少しの傷でも回復に時間がかかっている。
放っておいても死にそうだった。
私は歩み寄りながら嘆息する。
「神が無様な背中を見せないでくれ。信者が泣いてしまうよ」
「ダーリン、こいつの信者なんてもう存在しないわ。私達が殺したんだもの」
横からジェシカが発言した。
彼女は悪意に満ちた笑みを湛えている。
私は似たような表情で神を見下ろす。
「ああ、そうだったな。すっかり忘れていたよ」
「屑どもが……」
「神の遺言にしては陳腐だな。考え直したまえ」
私は淡々と言い放って神に蹴りを入れる。
反撃は飛んでこない。
よろめいて倒れた神は、憎々しげに我々を睨み付けることしかできなかった。
その反応を受けたジェシカは冷めた様子で私を見やる。
「ダーリン」
「分かっているよ」
もう潮時だろう。
神は限界に達している。
何らかの切り札を期待して泳がせてみたが、どうやら時間の無駄だったらしい。
現在、この空間には私とジェシカと神しかいない。
膨大な数に至った我々は、再び二人になるまで殺し合った。
本来なら死ぬたびに新たな自分が召喚されるが、無効化する術を開発してその状態で殺し合ったのだ。
終息までには随分と時間がかかった。
無限復活を抜きにしても再生能力があるので、かなりの長丁場になったのだ。
まあ、弱った神の相手をするより楽しかったのは間違いない。
実力が同じなので、非常に有意義な殺し合いとなった。
そんな暇潰しも、神の再起を望んだからだった。
だからこの終わり方は、とんだ期待外れと言う他あるまい。
咳き込んだ神が、銀色の血を拭いながら言う。
「我を殺せば、他の神から目を付けられるぞ。汝らはもう助からぬ。永劫の時を苦しみに費やすのだ……」
「安いセリフだな。それで我々が躊躇うと思ったのか。まったく、考えが甘すぎる」
私は片手に細身の剣を召喚した。
銀細工の施された洒落た剣だ。
それを回しながら語る。
「この世界は完全に滅んでしまった。神がこの有様では、もう蘇ることもないだろう。我々は先に失礼させてもらうよ。新しい標的が欲しくなったものでね」
「じゃあね、無力な神様。あなたのお仲間もすぐに送ってあげるから」
ジェシカは剣を握る私の手に自分の手を重ねた。
優しい手つきに思わず微笑する。
数秒ほど見つめ合った我々は、息を合わせて剣を掲げた。
それを神へと振り下ろした。