第92話 殺人カップルは秘策を打つ
少年は肩で上下させて呼吸を繰り返す。
消耗している証拠だ。
世界を管理する神も決して無敵ではない。
この戦いでかなりのダメージを負ったのだろう。
復元によって回復したように見えて、きっと完璧ではないのだ。
何らかの損傷が蓄積しているに違いない。
ジェシカによる滅多切りは強烈だった。
七百年で洗練された彼女の魔術には、神殺しの概念が内包されている。
見かけ上は修復できても、命を削っていたのではないか。
それでも少年は勝利した。
世界最悪の破壊者フレッド・タヴィソンとジェシカ・ランヴァーを殺害し、滅びと再生のループに終止符を打ったのだ。
さぞ達成感に満ちていることだろう。
そして、これからの着手しなければならない作業に辟易しているはずだ。
まずは世界を創造し直す。
息絶えな人類を復活させて、新たな歴史を進めなくてはならない。
かなりの労力で、途方もない時間がかかる。
負傷した身には堪えるのではないか。
もっとも、少年がそのことを心配する必要はなかった。
なぜなら彼は、世界創造をすることなく死ぬからだ。
憐れな神を眼下に収める私は、苦笑を交えて発言する。
「そろそろ満足したかね。神の愉悦を眺めるのにも飽きたのだが」
少年が動きを止めて、ゆっくりと顔を上げた。
その表情に確かな驚きと困惑が滲む。
「……何?」
「殺人鬼はしぶといぞ。死んだと思わせて蘇るのは定石だからね。そういうチープな展開が魅力ではあるが」
私はおどけた調子で言って手を打つ。
胸部を貫かれたフレッド・タヴィソンの死体が忽然と消えた。
その途端、少年は再び臨戦態勢に入る。
彼の周りに複数の歪みが発生した。
防御主体の構えである。
やはり肉体の破損を避けたいらしい。
損害を与えた張本人であるジェシカは、私の腕に掴まりながら頬を寄せてきた。
「ダーリンったらさすがね。とても格好いいわ」
「君の夫を名乗るなら、それくらいの気概を持たなくてはね」
私は誇らしくなって微笑する。
そうして我々が夫婦の愛を見せつけていると、少年は空気も読まずに疑問をぶつけてきた。
「なぜだ。なぜ生きている」
「どうしてだと思うかね。正解したら十ポイントをあげよう」
私が悠々と返せば、少年は黙り込む。
その眼差しには、はっきりと憎しみが込められていた。
おそらくトリックの中身は察している。
ただ、答えるつもりはないようだ。
私はジェシカの肩を抱きながら告げる。
「自分達を複製して召喚した。ただそれだけのことだよ。ちょっとした裏技さ」
この七百年で、私は万が一のための保険をかけた。
召喚魔術を発動させずにストックし、私の死に連動して発動するように細工したのである。
呼び出す対象は我々自身。
記憶は直前までのもので、肉体は健全なタイミングが召喚されるようにした。
それらを自動で指定できるように細工するのは難儀だった。
ただ、時間だけは有り余っていたし、本当に困った時は専門家を召喚すればいい。
だから私は大して苦労せずに開発できた。
「汝らは間違いなく死んだ。その身は蘇生したのではなく、複製体に過ぎぬ。自己の連続性が途切れたことに気付いていないのか」
「それがどうした。我々は殺戮を満喫するだけの存在だ。些末なことに苦慮する暇はないのだよ」
神の反論を一蹴する
別に強がりなどではない。
本心からどうでもいいのだ。
ここに我々は存在している。
事実はそれだけで十分だろう。
微塵も揺るがない我々をどう思ったのか、少年は憎々しげに呟く。
「――狂人どもめ」
「はは、最高の褒め言葉だな」
私は晴れやかな心持ちで笑うと、背後に大量の兵器を召喚した。
そして、極大の狂気を隠さず神に布告する。
「さあ、第二ラウンド開始だ。互いにベストを尽くそうじゃないか」