第91話 殺人カップルは神の蹂躙を受ける
「ほう、やるじゃ……ないか」
私は掠れた声で呻く。
息ができない。
この一撃で肺を潰されたのだろう。
おそらく他の臓器も引き裂かれている。
致命傷なのは言うまでもなかった。
四肢が震えて、喉奥から血反吐が込み上げてくる。
視界が揺らいで朦朧としてきた。
骨で私を貫いた肉片は、急速に膨らんで体積を増す。
あっという間に少年の姿になった。
同時にジェシカがみじん切りにしていた分が蒸発して消える。
少年は、自らの一部を囮に不意打ちしたのだ。
「魂を破壊している。汝はもう助からぬ」
「さすがは、神だ」
私は苦々しい笑みを洩らす。
口端から血が垂れてきた。
なんとも情けない姿だろう。
これが他人事なら呆れ笑っていたところである。
格好を付ける神に苛立ちが募る。
その顔を完膚なきまでに粉砕してやりたい。
本来なら召喚魔術で反撃するところだが、今の私は上手く能力が使えなかった。
魂の破損で不具合が生じているのだろう。
たぶん不老不死の効果も無効になっている。
神の力はそれほどまでに強烈なのだ。
何ら不思議なことではない。
「ダーリン!」
ジェシカが泣きそうな顔でこちらに見ていた。
私の姿を見て動揺しているようだった。
いつもの彼女からは考えられないほどに狼狽えている。
ジェシカは魔術で加速しながら疾走すると、光にも迫る速度で少年に斬りかかった。
刃が少年の頭部を木端微塵にした。
しかし、彼は平然と声を発する。
「鬱陶しい」
至近距離に生み出された空間の歪みは、今度こそジェシカを呑み込んだ。
足腰から順に巻き込まれて見えなくなる。
彼女は片手を伸ばして私に触れようとする。
だが、それも叶わず歪みの中へ引きずり込まれた。
何一つとして残されていない。
彼女の存在を示す痕跡はすべて吸引されてしまった。
(ああ、ジェシカ……)
私は歪みに消えた妻の想う。
すぐにでも後ろの少年を殺してやりたいが、身体が言うことを聞かない。
胸を貫かれたまま動けなかった。
なんとも腹立たしいが、こればかりはどうにもならない。
崩れゆく己の魂を知覚していた。
私は既に手遅れらしい。
どうすることもできないのだ。
脳内に少年の声が反響する。
「夫婦ともに逝け。世界は我に任せるがいい」
少年の声がして、胸を貫く骨が引き抜かれた。
私は力が入らず倒れる。
自らの血に沈みながら、意識が暗闇へと転がり始めた。
指先から肉体が冷たくなっていく。
この上ない敗北感を味わいながら、やがて意識が途切れる。
力尽きるフレッド・タヴィソンの前で、愚かな神は勝利の余韻に浸る。
彼は返り血を振り払って両手を広げた。
表情は見えないものの、きっと嘲笑っていることだろう。
――我々は、その光景を見下ろしていた。