第90話 殺人カップルは神と打ち合う
空間の歪みが迫る。
大地を抉りながら接近するそれは、常に爆撃を浴びせることで鈍化する。
そうなると我々のスピードには追い付けない。
実質的な無力化に成功していた。
「面倒な術だ」
少年が悪態を洩らして歪みを消す。
もはや無意味だと悟ったらしい。
厳密には私の消耗を狙えるのだが、割に合わないと判断したのだろう。
そして、神自身にもリソースの限界があるようだ。
歪みを発生させたままだと、他の面で不都合が生じるに違いない。
だから歪みを消して節約している。
(神も全知全能というわけではないようだ)
私は少年を狙撃しながら考察する。
弾けな肉片と銀の血液は、逆再生して復元されていった。
四肢が吹き飛ぼうと、頭部が爆散しても死なない。
ただの治癒ではない。
そういった次元を超えているのは明らかだった。
相手は他ならぬ神だ。
上位能力を持っていたとしても何ら不思議ではない。
少年はお返しとばかりに手を振る。
指先から雷撃が放たれた。
私は数十枚の鉄扉を召喚する。
古代遺跡の最下層を守っていた魔術的な扉だ。
生半可な攻撃は通さない。
しかし、神の雷撃はそのすべてを粉砕する。
(核爆弾ですら傷付けられないのだがな……)
私は横飛びになって雷撃を回避する。
すれ違った余波で吹き飛ばされるも、地面を転がりながら体勢を立て直す。
そこから遠隔召喚で少年に爆撃を食らわせた。
焼けた肉片が四散するも、黒煙の中に引き戻されるのが見えた。
これでも致命傷とは程遠い。
そこにジェシカが突進していく。
復元中の少年に躊躇いなく斬りかかっていった。
黒煙が晴れて、少年がガードしようとするのが見えた。
ところが、その前に彼の全身が十分割にされる。
ククリナイフに滅多切りにされたのだ。
復元する端から解体されていく。
残骸が細かくなり、辺り一面に散らばった。
銀の血液が雨のように降り注ぐ。
一方的な虐殺を受ける少年だが、地面にへばり付いた唇の断片が私にも聞こえるほどの声量で呟く。
「まるで獣だな」
その時、唐突に歪みが発生してジェシカに寄せられる。
彼女は咄嗟に飛び退くも、歪みは正確に追跡していった。
今にもジェシカを呑み込もうとしている。
(これを狙っていたのか)
私は阻止するために爆撃を加える。
ジェシカも巻き添えになるものの、彼女なら自力で防げるだろう。
その後も歪みの動きを妨害する私だったが、背後に強い殺気を覚える。
(転移で回り込まれたか)
理解した私は、振り向くことなく転がろうとする。
しかし、一瞬早く胸から銀色の刃が飛び出した。
吐血しながら背後を視認する。
銀色の血に塗れた肉片が、棘のように骨を伸ばして私を貫いていた。