第88話 殺人カップルは神に挑む
少年が手を下ろすと同時に、背後で膨張していた歪みが球体状に圧縮された。
そこから大地を抉りながら我々に接近してくる。
吸い込まれそうになった私とジェシカは、後方に飛び退いて回避した。
(理不尽なパワーだ。破壊できるか?)
私は球体の歪みに爆撃を叩き込む。
爆発と黒煙は歪みの内側に引きずり込まれて、拡散する前に呑まれてしまった。
歪みはそのまま平然と接近を続ける。
上空の少年は両手を動かしていた。
歪みを操作して、我々にぶつけようとしている。
(厄介だな。本体を狙う方が早いか)
私はアサルトライフルを召喚して、少年に向けて発射する。
銃弾は彼の肉体を穿ち、光る液体が血のように迸った。
しかし、飛沫は逆再生のように体内へと戻り、傷もすぐに塞がってしまう。
少年が私を見下ろす。
優越感に浸った表情を浮かべていた。
私はノーリアクションで視線だけを返す。
(さすがにこの程度では死なないか)
生命の気配を感じるので、神は不死ではない。
必ず殺せるのだ。
特殊な手段を要するだろうが、殺せると分かっているだけで十分である。
それだけで勝機は存在するのだから。
「私に任せてっ」
ジェシカが突進し、魔術の足場を伝って高度を上げる。
凄まじいスピードで少年のもとへと迫っていった。
そこに球体の歪みが背後から迫り、ジェシカを吸い込もうとする。
歪みはかなりの速度だ。
少年のもとへ辿り着く前に、ジェシカが呑まれるペースだった。
(不味いな)
私は遠隔召喚で大量の爆弾を生み出して、歪みに雪崩れ込ませる。
古今東西の様々な魔剣も混ぜておいた。
効くか分からないが、魔術的な効果も期待しての行動だ。
歪みは私が召喚した物体をまとめて取り込む。
飽和しかねない量を吸引したことで動きが鈍り、ジェシカを取り逃した。
「物体を吸引する間、歪みは僅かに減速する」
一度目の爆撃で気付いたことだ。
伊達に七百年も殺し続けていない。
戦闘における観察眼は、限界以上に鍛え上げられていた。
それは神にも通用するようだ。
ジェシカは少年のそばまで到達すると、発光するククリナイフを振りかぶる。
そして、驚嘆する少年に向けて一閃させた。
強靭な光を帯びた斬撃は、見事に少年の首を通過する。
神の頭部は回転しながら宙を舞い、大地に衝突して割れた。