第64話 殺人カップルは逆鱗に触れられる
ジェシカが歩みを進める。
人影に接近してゆき、ちょうど十歩目で彼女の姿が霞んだ。
気付けば人影をククリナイフで斬り付けるところだった。
渾身の一撃はしかし、あっけなく素通りする。
ジェシカは回転の勢いから斧を叩き込むも、やはり同じ結果であった。
「クカッ、無駄な努力を……」
人影が掠れた声で嘲笑し、ゆっくりと右手を動かす。
その途端、ジェシカがその場を飛び退いた。
直後に横から突風が吹き抜けて、地面に深々と切断痕を刻み込む。
躱さなければ、薄切りになっていただろう。
人影は風の魔術を操ることができるらしい。
凄まじい切れ味の割には回避も難しい厄介な術である。
それを至近距離から詠唱もなしに放てるのだから、かなりの脅威だろう。
こちらからの攻撃を素通りする癖に、向こうの攻撃は当たるのだから理不尽と言える。
「へぇ、やるじゃない」
ジェシカが地面の小石を蹴り飛ばす。
人影の額辺りを通過する。
案の定、特に効果はなかった。
物理攻撃は徹底して無効化されると考えた方がいいだろう。
彼女もそのことに気付いているはずだ。
舌打ちするジェシカにさらなる突風が襲いかかる。
彼女は転がることで回避を試みた。
太腿が浅く切れて出血するも、痛がることもせすに攻撃を繰り出す。
その攻防を私は遠巻きに観察していた。
(激昂して位置を把握できていないな)
ジェシカにしては珍しいことだ。
私を侮辱されたことがよほど気に食わないらしい。
そのことは嬉しいが、苦戦させていることが申し訳なくなる。
(だが、やられてばかりでは終わらない。そうだろう、ジェシカ)
私はあえて手出しせずに見守る。
そのうちジェシカの動きに変化が生じてきた。
先ほどまでは闇雲に攻撃を繰り返すのみだったのが、何かを明確に狙うような予兆が見え隠れする。
人影の挙動に惑わされず、的確に攻撃を放っていた。
何らかの光明が見えたに違いない。
それを察したのは私だけではなかった。
突風の反撃を行う人影が怪訝そうに呟く。
「まさか……視えて、いるのか」
「どうだと思う? キャハッ」
ジェシカが嬉しそうに笑って、人影の背後に抜けて斧を一閃させた。
強化魔術で発光する刃が何もない場所を過ぎる。
すると空間に裂け目が生まれた。
それが徐々に広がり、内部の様子が露わとなる。
暗闇に呆然と佇むのは、腹を斬られた皺だらけの老人だった。




