第61話 殺人カップルは狩りを実施する
荒野を逃げる背中があった。
それは汚れたスーツを着た中年男だ。
革靴で必死に地面を蹴り進んでいる。
何度か転びそうになるも、寸前で耐えていた。
なかなかの運動能力だ。
死の予感が彼に転倒を許さないのだろう。
それだけ切迫した状況に彼は追い込まれている。
(まあ、元凶は我々なのだが)
私は旧式のライフルを構える。
軽く狙いを付けて発砲した。
弾丸は男の右膝に命中し、前のめりになって倒れる。
男は硬い地面を転がって呻いた。
撃たれた片脚を引きずりながら立とうとするが、激痛で上手くいかない。
走り続けているので体力も限界なのだろう。
私はライフルの排莢を行いつつ、隣のジェシカに目配せした。
ジェシカは優雅に微笑むと、ククリナイフを回しながら前に進んでいく。
「暴れないでね。すぐに終わるから」
「ひっ、嫌だ! 助け――」
命乞いをしようとした男の首が宙を舞った。
数拍遅れて胴体が脱力して倒れる。
ジェシカはククリナイフを下ろして、満足そうに唇を舐めた。
その姿に私は安堵する。
(ストレス解消になったようで何よりだ)
現在、我々は人間狩りを行っていた。
無許可で脱走した人々が対象だ。
どうせ荒野で餓死するなら、我々が奪ったところで大差ない。
それでジェシカの精神が安定するのだから、ちょうどいい犠牲だろう。
ジェシカほどではないものの、私も殺人鬼だ。
こういった息抜きは大切である。
気が付くと暴走寸前になりかねないので、しっかりと管理しなければならなかった。
「フレッド・タヴィソン!」
後ろから怒声が飛んできた。
振り返ると、血走った目の男が立っている。
手にはショットガンが構えられていた。
震える銃口がしっかりと私を狙っている。
(モール内の銃を盗んで来たのか?)
飲まず食わずには見えないので、どこかで調達している気がする。
荒野でサバイバルをしていたとは考えにくい。
脱走した人間に武器や食糧を流す者がいるようだ。
たぶんモール内の人間だろうが、後ほど調査した方がいいだろう。
「娘の仇だァッ!」
男が絶叫して発砲した。
散弾が放たれるも、私は身を低くして転がることで躱す。
さらに腰の拳銃を引き抜いて二連射した。
男は額と胸に穴が開いて硬直する。
そして、ゆっくりと白目を剥いて崩れ落ちた。
血だまりを広げる死体を見て、私は砂埃を叩いて立ち上がる。
「復讐か……」
きっと前世の因縁だろう。
我々の悪行による犠牲者の遺族なのだと思う。
奇妙な縁から報復のチャンスを得たようだが、残念ながら成し遂げるまでには至らなかった。
その末路には同情せざるを得ない。
どのような世界であれ、力がある者が理不尽を振り撒く。
対抗するには、それ以上の暴力を培わねばならない。