第55話 殺人カップルは魔王計画を始動する
「この地を本格的に開拓していこう」
朝食を終えた私は新たな話題を提示した。
ちょうど皿洗いを済ませたジェシカはその意味を咀嚼する。
数秒の沈黙を使って理解すると、彼女は早足でテーブルまで戻ってきた。
「まあ! 素敵な考えね。さっそく始めましょ」
「いつも即決で助かるよ」
「気にしないで。ダーリンの案が完璧なだけよ」
ジェシカは私の手を握りながら言う。
その顔は至福に満ちていた。
彼女は本気でそう思っているのだろう。
私はジェシカの髪を撫でる。
前世とは少し違う質感だが、その横顔は紛れもなく彼女のものだ。
(私の案が完璧、か……)
残念ながら肯定することはできない。
常人よりは有能で可能な行動の幅が広いが、それでも全知全能とは程遠かった。
前世では政府の力に及ばず、無様に追い詰められてジェシカと心中している。
その現実は粛々と受け入れなければならない。
ジェシカが何かと頼りにしてくれるのは嬉しいものの、過大評価されると困ってしまう。
(しかし、それに応えるのが夫の役目だろう)
私はあえて胸を張ってジェシカに微笑みかける。
彼女が完璧超人を望むなら、その理想像に従うまでだ。
ある程度の模倣はできる。
力を尽くしてやり通すべきであろう。
そうでなければジェシカの夫として釣り合わない。
これだけ素敵な妻なのだ。
他の誰にも渡すつもりはない。
敗北する自分なんて想像もしたくなかった。
万が一にもジェシカに見限られてしまったら、その時はいっそ世界を道連れに自殺でもしてやろうと思う。
彼女を失った世界になど価値は無い。
いっそこの手で終焉を与えるのが一番だ。
世界を殺せたら、殺人鬼としても誇ることができる。
まあ、そんな事態にはなることはない。
なぜなら我々は相思相愛だからだ。
互いへの気持ちが冷める瞬間は永遠に訪れない。
晴れて夫婦となり、新時代の魔王という任まで一緒に背負った。
滅ぼすなんてとんでもない。
さらに素晴らしい未来が待っていることだろう。
(その上で土地の開拓だ。いつまでも更地暮らしでは恰好が付くまい)
現在は召喚してきた家屋を拠点にしている。
特に不便はないが、荒野に一軒だけというのは見栄えが良くない。
あまりにも殺風景だろう。
先代の魔王は立派な城で禍々しさを演出していた。
この荒野という背景ともよくマッチしていた。
それに倣うこともないが、工夫は凝らすべきだと思う。
我々なりの魔王を計画を進めようじゃないか。