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第4話 殺人カップルは暴走する

 オープンカーが加速する。

 スピードメーターの針がどんどん振り切っていく。


 上機嫌にハンドルを旋回すると、甲高いブレーキ音と共にドリフト走行した。

 オープンカーの尻で屋台を破壊しながら突き当たりを曲がる。


 道に並ぶ兵士達がクロスボウを構えていた。

 彼らは一斉に矢を放とうとしている。


「ほう」


 私は素直に感心する。

 通りからは死角となる位置で待ち構えていたらしい。

 甚大な犠牲を払いながらも、それなりに考えているようだ。

 咄嗟の判断としては上等だろう。


「まあ無駄な努力だがね」


 私は腕を振りながらリボルバーを発砲した。


 弾丸は右端の兵士の腕を貫く。

 構えられたクロスボウが横を向いて作動した。

 飛び出した矢が、並んだ兵士の頭部をまとめて串刺しにする。


 被害を受けなかった兵士は仲間の死に動転していた。

 慌てて矢を撃とうとしているが、致命的に遅い。


 発射される前に私が二発目を撃つ。

 弾丸は兵士達ではなく、彼らの背後にあたる建物へと向かっていった。


 何かが軋んで割れる音がした。

 屋根が崩れて落下し、兵士達へと容赦なく襲いかかる。

 押し潰された彼らの上をオープンカーは通過した。

 乗り越える際にくぐもった断末魔が聞こえるが、我々の知ったことではない。


「大した歓迎だな。私は君を誘拐したと思われているらしい」


「まあ。とんでもない誤解ね。ダーリンはあの最低な状況から救い出してくれたのに」


「仕方ないさ。今の我々には異なる身分がある」


 私は首を振って嘆いてみせる。

 こちらには正当性があるものの、実情を鑑みると兵士達に非はない。


 私は落ちこぼれの召喚術師。

 ジェシカは聖女。

 初対面のはずの二人が愛し合っているなど想像もつかないだろう。


 私は運転しながらジェシカに訊く。


「これからどこへ行こうか?」


「どこでもいいわ。ダーリンと一緒なんだもの。地獄行きだって賛成しちゃう」


 ジェシカが嬉しいことを言ってくれた。

 ただし我々が飛んだ先は、地獄ではなく異世界だったわけだが。


(しかし、本当にどこへ向かうべきだ?)


 私は次々と兵士を撥ねながら考える。


 異世界で前世の記憶を取り戻した。

 特殊な能力を獲得し、最愛のジェシカと再会を果たした。


 私は今、幸福の絶頂にいる。

 とても満たされているが、肝心の目的がまだ曖昧なままだった。


 聖女誘拐は瞬く間に知れ渡るだろう。

 この国は威信をかけて捜索するはずだ。


 当然ながら私の抹殺を目論むに違いない。

 各地で指名手配されて命を狙われることになる。


(そうなると潜伏先を決めなければ)


 私はノドルの知識から検索する。

 潜伏に向いていそうな土地がいくつかリストアップできた。


 まずはどこかに身を隠して武装を整えるべきだろう。

 召喚魔術があるからこれは容易だ。


 それから国外へ逃亡する。

 この国の影響力が薄い土地で活動を始めるのが妥当か。

 以降はどうとでもなる。


 方針を定めた私は、しかし眉を寄せて考え直す。


(……異世界に来てまで、我々は逃げ続けるのか?)


 自分の中で納得のいかない感情が渦巻いていた。

 決まりかけの結論を差し置いて、さらなる思考の海へと没入する。


 その間もオープンカーは猛スピードで走行していた。

 立ち塞がる兵士を轢殺しながら、片手はリボルバーを連射する。

 リロードが面倒になったので、弾切れになると同時に新たなリボルバーを召喚して兵士を射殺した。


 ジェシカもカタナソードで活躍している。

 飛来する矢を切断し、さらには魔術も同じく斬り飛ばした。


 彼女の刃に白いオーラが宿っている。

 どうやら魔術を付与したらしい。

 それは先ほどのレーザーと同じ輝きだった。

 使いにくい魔術を自分好みのスタイルにアレンジしたらしい。


(さすがはジェシカだ)


 妻の才能を称賛しているうちに、私はいきなり閃く。


 それは先ほどから胸中に燻る考えを解決するものだった。

 革新的なアイデアではないものの、少なくともこの鬱陶しい悩みを打ち晴らせるだけの答えである。


 私は興奮を押し殺しながら提案する。


「コンビ再結成の記念だ。異世界ハネムーンを楽しもうじゃないか」


「さすがダーリン! それは名案ね」


 ジェシカは万歳をして大喜びだった。


 情けない逃避行は却下だ。

 せっかく我々は運命的に再会して夫婦になったのである。

 それを祝うイベントが必要であった。


 ハネムーンなどはまさに最適なのではないか。

 そうに決まっている。


「まずは王都に向かうのはどうだろう。あそこは繁栄していると聞く。君はあそこの大聖堂に住んでいるのだったな」


「ええ、そうよ。今考えると虫唾の走るような場所だったわ。優等生のレアナにはぴったりだったみたいだけど」


 レアナとは今世におけるジェシカのことだ。

 私がその名で呼ぶことはおそらくないだろう。

 ノドルと同様、本来の聖女も消滅したはずである。


「あまり良い思い出がないみたいだが、王都はやめておいた方がいいかい?」


「大聖堂が嫌なだけで、王都は割と好きよ。観光スポットもたくさんあったはずだし」


「へぇ、それは楽しみだ」


 王国の中央都市は様々な分野で発展している。

 きっと満喫できるのではないか。

 とりあえず行き先が決まって良かった。


 まずは王都へと向かう。

 ここからほど近い都市なので、到着には三日とかからない。

 王国軍は猛烈な抵抗を見せるだろうが、我々二人で蹴散らせば済む話である。


 逃避行などを考えてしまったことが恥ずかしい。

 私には召喚魔術がある。

 対策はいくらでも講じることができるだろう。


「おや」


 私は前方の異変に気付いて声を洩らす。


 街の出入り口である門が全開になっていた。

 おそらく封鎖されているものかと思っていたのに。

 人払いも徹底して為されているようだ。


 門の前に一人の大男が立っていた。

 黒銀の全身鎧で、掲げているのは冗談みたいに大きな斧だ。

 魔力の影響を受けてぎらぎらと輝いている。

 刃の付近は、まるで陽炎のように空間を歪められている。


「あいつは誰だ」


「確か有名な騎士ね。あの男の師匠だったはずよ」


「あの男?」


「……元新郎よ」


 ジェシカが少し不機嫌そうに言う。

 それは彼女が教会内で斬り殺した男だ。

 口に出すのも気に入らないらしい。


(あの男の師か。さぞ怒り狂っているだろうな)


 状況からして、薄々ながら弟子の死を察しているだろう。

 彼が最終防衛ラインを担っているようだった。

 ここで私を始末する気なのだ。


「まあいいさ。ここで殺してやろう」


「強気なダーリンは素敵よ」


「ありがとう。君の言葉が私を強くする」


 私はオープンカーをさらに加速させる。

 途中、リボルバーを黒銀騎士に向けて撃つ。


 騎士が大斧を回転させた。

 急所を狙った銃撃を残らず弾いてしまう。

 軌道の変わった弾丸は付近の建物や地面に突き刺さる。


「面白いな。私の弾をガードするのか」


「私だって銃弾を斬れるわよ」


「分かっているとも」


 ジェシカが対抗心を燃やして主張したので、頭を撫でて落ち着かせる。


(銃撃を見切る人間とは何度も戦ったことがある)


 我々を含めて、超常的な技能を持つ人間は少なからず存在する。

 強盗活動以前からも派手に暴れてきたが、その過程で超人と殺し合ってきた経験がある。

 中には私の銃撃を凌ぐだけの者もいた。


 だから何も焦ることはない。

 大切なのは、如何にして相手の能力を凌駕するかだ。


(爆発物や徹甲弾の使用が確実だが、それはスマートではない)


 黒銀騎士は堂々と決闘を望んでいる。

 小細工抜きにこちらを殺そうとしていた。


 その自信と根性は評価すべきだろう。

 向こうの覚悟を無視して叩き潰すのも一興だが、今回はそういった気分ではなかった。


 互いの距離はもうあまり残されていない。

 表情くらいなら分かる程度だ。


 黒銀騎士が半身になって大斧を振りかぶる。

 腰を落としてこちらの追突を待ち構えていた。

 どうやら車両ごと両断するつもりらしい。


(素晴らしい心意気だ。敬意を表するよ)


 私は新しいリボルバーを召喚すると、黒銀騎士を凝視する。

 そして狙い澄ました六連射を見舞った。


 黒銀騎士が凄まじい速度で大斧を振るう。

 先ほどのようにガードしたのだ。


 金属音が連続して赤い火花が散る。

 その直後、黒銀騎士は後ろから突き飛ばされたかのようによろめく。

 しまいには膝をついて大斧を落としてしまった。


 鎧の隙間から血が流れ出しているのが見える。

 兜の奥に見える双眸は、驚愕の色を映し出していた。


「跳弾は初めてかね」


 二度目の銃撃は、黒銀騎士を直接狙ったものではなかった。

 地面や建物にめり込んだ弾の位置を把握し、そこに当てることを前提に発砲したのだ。

 黒銀騎士がどう防ぐかも計算に入っていた。

 銃撃は私の目論見通りに跳ね返り、幾多ものフェイントを経て炸裂したのである。


「ジェシカ」


「ええ、任せて」


 私の呼びかけに反応したジェシカが、素早く車のボンネットに移る。

 這うような姿勢を取った彼女は、迫る黒銀騎士に向けてカタナソードを振るう。

 刃がすくい上げるようにして首を薙いで、そこにオープンカーが衝突した。


 黒銀騎士の身体がタイヤに引きずり込まれて消えた。

 肉と金属を一緒に轢き潰す感触。

 サスペンションでは誤魔化し切れない衝撃に尻が浮きかける。


 兜に入った頭部が宙を回転していた。

 血飛沫がシャワーのように降りかかってくる。


 黒銀騎士の頭部は、走り去る車の遥か後方に落下した。

 そばには潰れた胴体が転がっている。


 颯爽と門を抜けた私とジェシカはハイタッチを交わした。


「これだけ爽快なドライブも久々ね」


「ああ、まったくだ」


 死の直前は、本気になった政府に追い詰められていた。

 純粋に楽しめる余地が少なかった。


 しかし、政府に恨みはない。

 彼らはこちらに期待してボルテージを上げたのだ。

 それに我々が応えられなかっただけである。

 恨むとすれば、己の非力さだろう。


(しかし、今度は失敗しない)


 何の因果か我々は新天地にやってきた。

 念願の婚約を果たしてハネムーンを決行しようとしている。


 次こそは誰にも止められるつもりはない。

 愛するジェシカと最高の人生を歩もうじゃないか。

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