第32話 殺人カップルは戦いを乗り切る
私の目の前にはドラゴンが君臨していた。
真紅の鱗に小山と評するに足るほどの巨躯。
爬虫類の瞳がこちらを睨み付けている。
凄まじい威圧感だが、それに怯える私ではない。
恐怖の類はとっくに克服していた。
長年に渡って培ってきた殺意と狂気が、生物としての本能を上塗りしていく。
ドラゴンが息を吸い込み、火炎を吐いてきた。
灼熱が大地と死体を焼き焦がしながら迫る。
あまりにも致命的な威力を持っているが、十分に予想できていた行動だ。
何も驚くことはない。
「やれやれ、せっかちなことだ」
苦笑した私は、目の前に数台の戦車を召喚する。
即席の盾を構築してドラゴンの火炎を遮った。
その間に私は疾走する。
ドラゴンの側面に回り込みながら機関銃を乱射した。
大量の弾丸が鱗に弾かれて火花を散らせる。
目に当たるのが嫌なのか、瞼を閉じて顔を逸らしていた。
その隙に私はさらに接近する。
機関銃を投げ捨てると、仮面の裏で微笑みながらバタフライナイフを展開した。
刃と持ち手は既に血みどろである。
ドラゴンが再びこちらを睨み付けてきた。
再び火炎を吐こうとする。
その時、聞き馴染んだ笑い声が響き渡った。
「キャハッ」
ドラゴンの足下にはいつの間にかジェシカがいる。
彼女がこちらに手を振っていた。
もう一方の手はピアノ線を握っている。
目を凝らすと、ドラゴンの脚に何重にも巻き付けられていた。
「えいっ」
ジェシカがピアノ線を引き絞る。
大した抵抗を見せず、ドラゴンの右脚が切断された。
放たれた火炎が上空を扇状に焦がす。
したがって私が被害を受けることはなかった。
片脚を失ったドラゴンが前のめりに転倒する。
私はそこに跳びかかった。
逆手に握ったナイフを掲げると、驚愕に染まるドラゴンの目に突き込む。
容赦なくかき混ぜるようにして動かせば、ドラゴンの頭部が激しく痙攣する。
丹念にミックスするうちに、やがて完全に息絶えてしまった。
刃の折れたバタフライナイフを引き抜いた私は、途方もない達成感を覚えながら呟く。
「これで最後か」
荒涼とした大地は今は死体だらけとなっていた。
もはや原形などない。
すべてが死体である。
死体だけで構成された地獄のような空間が、地平線のその先まで続いていた。
踏み締めた場所も例外なく死体だ。
これらは我々が始末した魔物達であった。
今のドラゴンが最後の生き残りだ。
数十万の軍勢を殲滅するのに丸三日かかってしまったが、私もジェシカも生き残っている。
ほとんどノンストップで殺し続けた。
かなり無茶をした自覚があるが、意外となんとかなってしまうようだ。