第3話 殺人カップルは異世界へと繰り出す
数分後、教会の正面扉が爆発した。
そこから飛び出したのは、私達を乗せたオープンカーだ。
死の直前まで乗っていたあの車両である。
オープンカーは石階段を乱暴に下り切ると、通りを歩く人々を驚かせながら旋回した。
そこから騒々しいエンジン音を吹かせながら急発進する。
脇に飛び退く住民を嘲笑うかのように、通りを爆走し始めた。
「さすが私のダーリン! 異世界でも頼もしいわぁ!」
「そうだろう。君の期待に応えられて嬉しいよ」
ジェシカが歓喜し、私が悠々と応じる。
前世で何度も繰り返してきたやり取りであった。
これがどうにも心地よい。
もう二度とできないと思っていたが、こうして再び実現できるとは。
運命とは生粋の悪党にも味方をするらしい。
ちなみにこのオープンカーは私が召喚魔術で生み出したものだ。
愛用していた車両の一つとして呼び出してみたのだが、地雷による破損は見当たらない。
かと言って修理の痕跡もなかった。
そもそもこの車両は私達と共に崖からダイブしたはずだ。
あの後、警察が回収したのだろうか。
損壊がないのでその可能性はやはり考えにくい。
(たぶん飛び込む前の車両なのだろう)
召喚魔術の原理について詳しくは知らないが、時系列的にオープンカーが無事なタイミングが選ばれたのかもしれない。
元の世界とこの異世界が同じ時間軸で動いているとは限らない。
そういった矛盾もありえるだろう。
大前提として、我々が記憶を残したまま異世界に転生している時点でイレギュラーなのだ。
どんな奇跡だろうと、こちらにとって都合さえ良ければそれで構わない。
真実はこの目で見て決めればいい。
「召喚魔術って便利なのね。私も使ってみたかったわ」
「君にも特別なパワーがあるだろう」
「そういえばそうね」
ジェシカは思い出したように言うと、目を薄く閉じて集中する。
前方にかざされたその手から白いレーザーが放たれた。
レーザーは右方の建物を斜めに薙ぎ払う。
軌道上にあった建物がそのラインを中心にずれて倒壊し、人々が慌てて距離を取って退避した。
それなりの被害が出た中を私達は素通りしていく。
現在のジェシカは魔術を使うことができる。
聖女としての能力だ。
しかも私のように召喚魔術特化ではなく、様々な魔術を習得しているらしい。
こればかりは今世の才能だろう。
生憎とノドルは落ちこぼれである。
有能な聖女と比較するのは、あまりにも酷というものだ。
ただし、ジェシカの魔術は制御ができていない印象であった。
才能が原因というより、ジェシカ自身の相性が問題ではないか。
彼女はシンプルな戦いを好む傾向にあり、魔術等の複雑な能力には向かないのだ。
この点は私と大きく異なる点だろう。
ジェシカはオープンカーの助手席から何度かレーザーを発射していく。
そのたびに建物が切断されて不運な住民に穴が開く。
兵士達も巻き添えになっていたが、別に特筆するほどの出来事ではない。
一通り試した末、ジェシカは不満そうに肩をすくめる。
「うーん、イマイチね。殺し甲斐がないもの」
「それは問題だな。やはり君の好みはこっちだったか」
私はそう言って召喚魔術を発動し、手の中に生み出した物をジェシカに投げ渡す。
それは鞘に収められた刃物だった。
刃部分が緩く反っており、柄には布が巻かれている。
「こ、これって……」
柄を握ったジェシカは、そっと鞘から引き抜いていく。
現れたのは青白い刃だ。
それを目にした瞬間、ジェシカは興奮したように叫ぶ。
「カタナソード! 私が欲しがっていたのを憶えていたの?」
「当然さ。妻へのプレゼントを忘れる夫がどこにいる」
「ダーリン……大好きっ」
感極まったジェシカが力一杯に抱き付いてくる。
その弾みでハンドル操作がぶれて、進路を阻もうとした兵士を何人か撥ね飛ばす。
まあ些細なことだろう。
車載の音楽プレーヤーを操作していると、さっそくジェシカが要望を投げてきた。
「ダーリン、少しだけ右に寄ってもらえる?」
「任せてくれ」
愛しの妻からのリクエストにすぐさま応じる。
オープンカーが通りの右寄りを走り始めた。
少し先にまた兵士達がいる。
ちょうど馬車を横倒しにしているところだった。
即席のバリケードにするつもりなのだろう。
接近する私達を見て彼らは大慌てだ。
間に合わないことを悟って逃げようとしている。
そのそばをオープンカーが通過した。
刹那、立ち上がったジェシカは、淀みない動作でカタナソードを一閃させる。
彼女はそっと刃を鞘に戻す。
私はサイドミラーを一瞥する。
後方の兵士達が硬直していた。
彼らの首から上が消失している。
視線をずらすと、生首が宙を回転するのが見えた。
遅れて身体の断面から血が噴出し、兵士達は一斉に崩れ落ちる。
(見事な抜刀術だ)
昔、日本の時代劇と呼ばれるカルチャーに触れたことがある。
ジェシカの斬撃はそれと酷似していた。
彼女も時代劇を観たことがあるのかもしれない。
もしそうだとしたら、憧れから実践したことになる。
カタナソードを戻して座ったジェシカは、晴れ晴れとした笑みを見せた。
その横顔を目にした私は惚れ惚れとして呟く。
「美しい……今の君は、まるでヴァルキリーのようだ」
「もう、照れちゃうわ」
ジェシカは頬をピンク色に染める。
しかし、その目がいきなり鋭くなり、カタナソードを持つ手が霞む。
すぐ後ろで甲高い音が鳴り響いた。
私は振り向いて確認する。
オープンカーの後部座席に割れた矢が突き立っていた。
深く食い込んだ鏃を見るに、魔術的な強化が施されている。
飛来したそれをジェシカは真っ二つに切断したらしい。
「あそこね」
ジェシカが前方の屋根に立つ射手を発見する。
彼女はダッシュボードに収めたマシンガンを掴んで撃った。
ばら撒かれた弾は、残念ながら無関係な人間を射殺しただけだ。
狙った射手とは見当違いの方向ばかりを破壊している。
彼女の射撃能力はお世辞にも良くない。
赤ん坊と勝負させても互角なのではないか。
魔術制御と相性が悪いと思ったのは、この辺りが主因であった。
望まぬ結果を見てジェシカは頬を膨らませる。
「銃の腕はダーリンに敵わないわ」
「誰にでも得意不得意がある。気に病むことはないさ」
私は前を見据えたままリボルバーを発砲した。
一瞬だけサイドミラーを確かめる。
弓を持つ射手の頭部が砕け散っていた。