第29話 殺人カップルは地上に落ちる
ジェシカがハッとした顔になる。
彼女は驚きと感動で目を見開いていた。
私が仮面の一方――口元を隠すタイプを差し出すと、それを愛おしそうに受け取る。
「ま、まさか……これって……!」
「ああ。我々のシンボルだからね。召喚も簡単だったよ」
「懐かしいわ……仮面を使うのはいつぶりかしら」
ジェシカがうっとりと言う。
この仮面に特別な機能はない。
ただの記念品だ。
私達が初めてコンビを組んで強盗を行った際に使った代物である。
骨董店で見つけたのだが、二つで一つになるギミックをいたく気に入ってしまった。
それ以来、何か大きな仕事をする際に装着するようになっていた。
ところが我々が死ぬ数日前、警察から逃走する際のゴタゴタで紛失してしまい、回収の余裕もなかった。
こうして召喚魔術で取り寄せられたのは幸運と言えよう。
今回は魔物の大軍を殺し尽くす大イベントだ。
仮面を使うに相応しい機会だと思う。
「武器は何がお好みかな」
「ククリナイフと斧が欲しいわ。あとピアノ線かしら」
「定番のラインナップだね」
「お気に入りを用意するのは大事よ? ダーリンはあまりこだわらないけれど」
「私だって一流の武器は好きさ」
リボルバーは使い勝手が良く、携帯性に優れている。
構造がシンプルで頑丈なため改造も容易だった。
私が召喚するリボルバーは、部品の一つひとつまで丹念にアップグレードしている。
気に入っている武器ではあるが、ジェシカのような愛着は薄いかもしれない。
彼女は血みどろの殺し合いが大好きなのだ。
武器も原始的なものを選びがちである。
私のように効率や性能を加味しない場合が多い。
もちろん状況次第でこだわりを崩すことだってあるが、数十万の獲物を前にククリナイフをオーダーするような殺人鬼だ。
正気の沙汰ではない。
それでも私はジェシカに希望通りの武器を手渡した。
彼女に全幅の信頼を寄せているが故の行動だった。
「いやはや、胸が躍るな。殺し放題だ」
「ちゃんと足りるか心配ね」
「やれやれ。私の妻はかなりの強欲らしい」
「……ダーリンだって心配でしょ?」
「否定はしないな」
私は観念したように苦笑しつつ、仮面を装着する。
横でジェシカも仮面を顔に運ぶのが見えた。
備え付けのベルトで位置を調節して固定し、外れないことを確認してから深呼吸する。
僅かに狭まった視界。
呼吸がしづらく、こびり付いた血の臭いが鼻腔までせり上がってくる。
それらの要素さえもが、素晴らしい高揚感を呼び起こす。
至福のひと時だった。
私は今、はち切れんばかりの感情に襲われていた。
――これこそが、完成された、世界なのだ。
私は究極の陶酔を覚えながら隣を見やる。
ジェシカも仮面を装着していた。
そこから覗く目は、別世界に浸っているかのようだ。
いや、実際にここは異世界だったか。
細かいことはどうでもいい。
完成した我々は前に進み出て、どちらともなく落下を始めた。




