第24話 殺人カップルは魔王の洗礼を受ける
「あれは何だろう」
「きっと魔王の魔術――禁呪の類ね。魔族の死を察知したんじゃないかしら」
「ほほう、情報が早いな」
ジェシカの解説に私は感心する。
いつか判明するかと思っていたが、もう攻撃を仕掛けてくるとは。
魔王はよほど短気らしい。
しかし、侮れないスピードである。
迅速な判断ができる者はそれだけ優秀だ。
カクテルを置いた私はわざとらしく嘆く。
「残念ながら穏便な話し合いは無理らしい。向こうは我々を殺す気のようだ」
「そのようね。せっかちな魔王だわ」
ジェシカもカクテルを置いて苦笑した。
その間に紫色の手はもうすぐそこまで迫っていたが、我々に焦りはない。
見苦しい姿は晒さない主義なのだ。
無意味に慌てふためいたところで疲れるだけである。
常にクールでいる方が格好が付く上に、正しい判断もできる。
コックピットに供えられた計器を一瞥しつつ、私はジェシカに尋ねる。
「どうだろう。君の魔術なら防げるかな」
「楽勝よ。任せて」
即答したジェシカは両手を持ち上げて前方にかざした。
旅客機の前方に白い壁が生まれて、そこに紫色の手が衝突する。
紫色の手は柔軟に変形する白い壁に包まれて圧縮された。
一瞬で豆粒のような大きさになり、旅客機の鼻先にぶつかって弾けて消える。
機体には何の影響もない。
魔王の放った禁呪は、ジェシカの術によって無力化されたのだった。
聖女レアナは元より優秀な魔術師である。
前世であるジェシカの人格を得たことにより、莫大な魔力を獲得していた。
術の強度も向上しているだろう。
変貌具合で言えば私の方が目立ちがちだが、聖女の能力を持つジェシカは異世界でも随一の術者なのだった。
それから十秒後、今度は漆黒の岩が飛来する。
真正面より加速しながら飛び込んできたそれを、ジェシカの魔術が破壊した。
虚空から発射された複数のレーザーが岩を粉微塵にしてみせる。
精密操作が苦手なジェシカだが、術の扱いがかなり上達しているようだ。
「さすがだね」
「まだよ。大量の瘴気が溢れ出ているわ。禁呪を破壊されることまで想定していたようね」
ジェシカが冷静に指摘する。
粉々になった岩から黒い気体が漏れ出していた。
風に流されず、真っ直ぐに旅客機へと迫る。
レーザーでは非効率的だと判断したジェシカは、先ほどと同じ要領で白い壁を生み出す。
白い壁は溢れ出した黒い気体を包み込んで消滅させた。
旅客機は何事も無く飛行を続ける。
顔を見合わせた我々は、無言のハイタッチを交わした。