第2話 殺人カップルは再び愛を誓う
(魔力の質量は精神力に依存する)
それが術者の原則であった。
この世界における常識の一つらしい。
強靭な精神力を持つ者ほど、膨大な魔力量を有する。
さらに行使する魔術の効果も強まる傾向にある。
ノドル・ホーエンは気弱な性格だった。
何事も要領が悪く、自信がない。
辛うじて魔術適性を持つ程度だが、それも半人前未満といった具合だ。
言うまでもなく魔力の質と量は三流である。
一般人に毛が生えた程度で、ほとんど何もできない落ちこぼれに等しかった。
ところが、現在の私はノドル・ホーエンではない。
ここにいるのは殺人鬼フレッド・タヴィソンである。
私の性格はノドルとは対極に位置だ。
肝が据わっており、常に自信に満ち溢れている。
恐怖など感じず逆境を楽しみ、さらなる活力へと変換するタフガイだった。
故に人格が表層化した瞬間、体内の魔力量が劇的に増加した。
ほぼ無尽蔵と言えるだろう。
平均的な魔術師を百人集めようとも、きっと私の足下にも及ばない。
この魔力量が常識外であることはノドルの知識が保証している。
目の前に立つ三人の兵士のうち、中央の男に拳銃を向けた。
兵士は怪訝そうに眉を寄せる。
「それは何だ」
「自由と平和の象徴さ」
私は涼しい顔で答える。
拳銃を生み出したのは、召喚魔術によるものだ。
ノドルが有する唯一の魔術適性である。
本来は遠くの物品や契約した魔物を呼び出す能力だが、私の場合は元の世界と繋がりがあった。
そのおかげで召喚の適用範囲が銃火器にまで及んでいる。
なんとなくできる確信があったものの、実際の現象を目にすると感動する。
ぶっつけ本番でしっかり成功するのだから、私には魔術のセンスがあるようだ。
(いかんな。油断すると撃ってしまいそうだ)
いつの間にか引き金に指がかかっている。
心の内で燻る衝動は、このまま発砲することを熱望していた。
銃を構えた私は気軽に提案する。
「今の私は機嫌が良い。素直に道を開けるなら、君達は明日の朝食を味わうことができる」
「貴様、何を言って――」
「どうする? 猶予は五秒だ」
この世界で秒という単位が使われていないことを思い出すが、まあ些細なことだろう。
大まかな意図さえ伝わればそれでいい。
私は笑みを湛えたまま、彼らのリアクションを待つ。
兵士達は動かない。
互いに顔を見合わせつつ、剣呑な雰囲気を見せた。
殺気に近いものを漂わせている。
立ち退く気配はなく、私を排除するつもりらしい。
中央に立つ兵士は、腰の剣に触れながら答えを述べる。
「もう一度言う。ここから、出ていけ」
「断る」
そう返した私は躊躇なく発砲した。
放たれた弾丸が兵士の眉間を捉える。
穴が開いて向こう側が見えた。
床を血肉が汚して兵士が崩れ落ちる。
ぴしゃり、と脳漿の欠片が跳んだ。
「アドバイスは素直に受け取るものだよ。軽んじるのは感心しないな」
私は呆然とする他の二人に向けて連射する。
銃撃は鎧の胸部をいとも簡単に穿った。
右の兵士に三発、左に二発だ。
「な……っ!?」
「う、ごぁっ」
兵士は穴の開いた胸を見下ろしながら床に沈んだ。
広がる血が絨毯に染み込んでいく。
「ふっふっふ」
私は勝ち誇りながらリボルバーを回転させる。
遠心力に釣られて薬莢が転がり出てきた。
開いた片手を振ると、指の間に弾丸が挟まっている。
魔術で召喚したのだ。
それらをリボルバーへと順に装填してシリンダーを回す。
小気味よい音が鳴らしつつ、兵士の死体を踏み越えた。
「すまんね。それほど気の長い方ではないんだ」
私の言葉が教会内に響き渡った途端、出席者達はパニックに陥った。
口々に喚きながら後方の扉へと殺到していく。
巻き添えになるのが怖いのか、私の前に出てくる者はいない。
穏やかな表情で式を進めていた神父も、情けない声を上げて逃げていく。
それとほぼ同時に周囲の兵士達が動き出した。
同僚の死を目の当たりにして、私の進路を阻もうとしてきた。
「敵襲だ! 聖女様を守れッ!」
「彼女を害するつもりはない。安心してくれ」
私は兵士の発言を訂正する。
それにも構わず、彼らは攻撃を仕掛けてこようとしてきた。
話し合いでの解決が無理だと悟った私は、制裁を加えることにする。
リボルバーを腰のベルトに差し込むと、両手を広げて微笑した。
「暴力には暴力を。シンプルな理論だな」
私は新たに大型のマシンガンを召喚して迎撃を開始した。
迫る兵士共を片っ端から撃ち殺していく。
私を中心に弾幕が展開されて、教会内を蹂躙していった。
整然と並べられた長椅子が粉砕されて、窓ガラスが粉々になって砕け散る。
剣や槍を持つ兵士達は蜂の巣になって死んでいく。
誰一人として私に近付くことができない。
何の功績も残せず、ただ撃たれるだけの無力な的だった。
一瞬にして血みどろになった彼らは、惨たらしい姿となって息絶える。
圧倒的な破壊の嵐が、それが当然であるかのように敵を屠っていく。
やがて数百発の弾を撃ち尽くした私は、指を鳴らしてマシンガンを消した。
再びリボルバーを手に取って歩みを進める。
その先には、この式の主役達が待っていた。
すなわち新郎と新婦である。
私は最愛の人に向けて声をかける。
「ジェシカ。迎えに来たよ。僕のことを憶えているかい?」
「…………」
うつむいたジェシカは答えない。
ヴェールのせいで表情が窺えなかった。
反応が薄く、何を考えているのか分からない。
(まだ記憶が戻っていないのか)
私が首を傾げていると、新郎が彼女の前に進み出た。
あまりに興味がない男だが、確か有名な騎士だったか。
剣術の達人らしく、その活躍ぶりから聖女――つまりジェシカとの婚約を認められたのだ。
(まったく気に食わない男だ)
私は明確な苛立ちを覚える。
他ならぬジェシカと夫婦関係になろうとは。
本来なら長い時間をかけて拷問にかけるところだが、この挙式をきっかけに私は前世の記憶を取り戻した。
どうしようもなく愚かな男だが、そこだけは評価したい。
せめてもの情けとして、苦しむことなく殺してやろう。
握ったリボルバーを意識していると、新郎が凄まじい剣幕で怒鳴ってくる。
「お前は何者だ! どうしてこんなことを……!」
「君に質問する権利はない。余計な発言をせず、速やかに立ち去ることを勧めるよ」
「この――ッ」
激昂した新郎が腰に吊るした剣を抜こうとする。
その手が空を切った。
怪訝な顔をした新郎が自分の手元を見やる。
彼が握ろうとした柄はなく、そこにあるのは鞘だけだった。
「え」
新郎が間の抜けた声を洩らす。
彼は首に手をやる。
ちょうど頸動脈に当たる位置に一筋の赤い線ができていた。
それがだんだんと太くなり、勢いよく鮮血が迸った。
新郎の白い服を赤く染め上げていく。
「ふむ」
私は視線を新郎の横へと移す。
行方不明となった剣はジェシカの手にあった。
切っ先が血を滴らせている。
彼女はヴェールをめくり上げる。
そして、冷めた顔を新郎に向けた。
「不愉快な男ね。死んで頂戴」
「ぁ、うぁ……」
新郎の騎士は泣きそうな顔で呻く。
彼は首を押さえてゆっくりと力尽きた。
その手から血に濡れた指輪が転がる。
しばらく進んだ指輪は、血だまりに沈んで倒れた。
ジェシカは持っていた指輪を投げ捨てると、新郎の背中に剣を突き刺す。
新郎は一度だけ跳ねるように反応するも、それきり動かなくなった。
私を見たジェシカは、ニコリと可憐な笑顔を浮かべてみせる。
私はリボルバーを仕舞って彼女に歩み寄る。
「ジェシカ」
「ハァイ、ダーリン。久しぶりね」
ジェシカはふんわりと抱き付いてきた。
声も姿もまるで違うが、紛れもなく私の最愛の女性だった。
苦難を共にしてきた運命の相手である。
「良かった。君も前世を思い出したのか」
「あなたの顔を見た瞬間にね」
ジェシカは可愛らしいウインクを見せた。
私は彼女に尋ねる。
「死ぬ間際の約束を憶えているかい」
「プロポーズのこと?」
「そうだ。僕らは本当に生まれ変わったわけだが、どうだろう」
少し緊張しながら確認する。
鼓動の速まりを実感した。
改めて告白するのは照れてしまう。
ジェシカは上目遣いで私を見つめてくる。
少しの間を置いて彼女は小さく頷いた。
「もちろんオーケーよ。今回の人生もよろしくね」
「……ああ、ジェシカ。愛している」
「私も愛しているわ」
半壊した死体だらけの教会で、私達は熱烈なキスをした。