第19話 殺人カップルは反抗する
魔族は我々に対して告げる。
「今から付いてこい。城まで案内する」
「我々に拒否権はあるのかな」
「無い。黙って従え」
何とも偉そうな口ぶりである。
こちらが従うことを微塵も疑っていない。
なんと幸せな頭をしているのだろう。
彼の中では人間が従順なロボットなのかもしれない。
或いはか弱いペット未満の存在か。
何にしろ、調子に乗っていることには違いなかった。
(油断や慢心は良い。こちらにとって最高の武器だ)
いつだって気を抜いた者から死んでいく。
世界とはそういう風にできているのだ。
我々が政府に追い詰められて死んだのも、やはり慢心があったからだろう。
どうにも治せない部分はあるが、多少の反省は必要かもしれない。
私は愉快な気持ちを押し殺しながら隣の妻を見る。
「ジェシカ」
「何かしら、ダーリン」
「分かっているね?」
「ええ、もちろん」
小さく震えるジェシカが深い笑みを湛える。
言うまでもないが恐怖による震えではなく、殺戮への強烈な期待だった。
蕩けそうな光が瞳の中で輝いている。
はち切れんばかりの衝動が、紙一重のところで抑え込まれていた。
私は愛しの妻を抱き寄せながら魔族に告げる。
「すまないが帰ってくれ。我々は命令されるのが嫌いな性質でね。君の誘いは断らせてもらう」
「……魔王軍の勧誘を、拒むだと?」
「ああ、我々には合わないようだ。基本的にフリーでやりたいのでね」
こういった誘いはよくあることだ。
前世でも我々には様々なオファーが舞い込んできたものである。
もちろん残らず断ってきた。
殺人鬼の中には傭兵や殺し屋を営む者もいたし、そのスタンスを否定するつもりはない。
我々に限って言うと、趣味と仕事は区別する主義なのだ。
いくら優遇されようとも、勧誘に乗ることはない。
「これ以上の交渉は無意味だ。我々が意見を曲げることはない。魔王にもそう伝えたまえ」
「……こ、の野郎、が。図に乗りやがって……」
「交渉決裂で怒るのか。魔族とは随分短気らしいな」
「クソが! 死にやがれェッ!」
魔族がついに怒りを爆発させた。
辛うじて保っていた理性を捨て去ると、その剛腕を叩き付けようとしてきた。
刹那、私の二挺リボルバーが火を噴く。
銃撃が魔族の両膝と足の付け根を穿ち、大きく体勢を崩させた。
それでも魔族は攻撃をしようとする。
ところが彼の片腕は、断面を晒して宙を舞っていた。
血飛沫が辺りに散る。
隣にいたはずのジェシカは魔族の頭上に跳んでいた。
振り抜かれた剣には血が付着している。