第15話 殺人カップルは衣服を新調する
このままだとジェシカがいつ暴走するか分かったものではない。
目的もなく散策するのではなく、明確なショッピングで誤魔化す方面にシフトすべきだろう。
妻のメンタル管理も夫の務めだろう。
そう考えた私は目に付いた店を指差す。
「まずは服を買うとしよう」
「召喚魔術じゃなくてこの街で調達するのね」
「ああ。経済循環に貢献すべきだ」
「さすがダーリンね。そこまで考えられるなんて素敵だわ」
ジェシカは上機嫌に言うと、とても嬉しそうに店へ向かっていく。
通行人は慌てて彼女に道を譲った。
王城での騒ぎは知らないようだが、本能的に危険を察したのだろう。
武装した傭兵らしき男達も逃げている。
荒事に慣れた彼らの目に、果たして我々はどう映っているのやら。
私は手招きするジェシカに従って店に入った。
「失礼。二人分の衣服を見繕ってほしいのだが」
「え、あっ……か、かしこまりました」
若い女性店員はこちらを見て唖然とする。
血だらけの格好に驚いたようだが、すぐ我に返って対応してみせた。
私はそんな彼女に声をかける。
「それと身体を洗う場所はあるかね」
「店の裏に井戸がありますが……」
「ふむ。少し借りるよ」
私はジェシカを連れて店を出ると、建物の側面から裏手へ移動した。
確かにそこには井戸があった。
滑車付きのロープで水を持ち上げてくるタイプだ。
力仕事は面倒なので、ペットボトル入りのミネラルウォーターを何本か召喚し、さらにポリバケツを用意する。
そこに水を注ぎこんでいく。
さらにシャンプーやリンス、タオルも追加で召喚した。
「せっかく服を新調するのだからね。それを血で汚してしまうのはもったいないだろう」
「同感だわ」
身体を洗おうと服を脱ぎかけて、私は気付く。
肌を晒そうとしたジェシカを制すると、少し声を張って宣告した。
「覗きで死にたくないだろう。さっさと立ち去った方がいい」
数秒後、隣接する家や生垣、石壁の向こうから逃げ去る音がした。
通りを歩いていた私達に興味を持ち、それとなく監視していた者達だ。
ただの興味本位だった者もいたが、プロの気配も混ざっていた。
王城での惨劇を知る者だろうか。
誰だか知らないが、あまり趣味が良いとは言えない。
私は改めて服を脱ぎ始めつつ、小さく文句を洩らす。
「まったく、無粋な連中だ」
「本当よ。二人きりにさせてほしいのに」
ジェシカは可愛らしく頬を膨らませる。
私は彼女の額にキスをした。