表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/99

第1話 殺人カップルは想いを告げ合う

 左右を森に挟まれたハイウェイが一直線に伸びている。

 逸る鼓動のままに私はアクセルを踏み付けた。


 エンジンの凶暴な唸り声を上げて、改造されたオープンカーが加速する。

 揺れが酷くなり、気を抜くとスリップしそうだ。

 もっとも、それでやらかすほど私はドジではない。


 助手席に座るジェシカが嬉しそうに腕にしがみ付いてきた。

 私はそんな彼女に話しかける。


「最高のドライブだ。君もそう思わないかい?」


「ええ、もちろん最高よ。ダーリン、あなたと一緒なんだから」


「嬉しいことを言ってくれるじゃないか」


 微笑する私はサイドミラーを確認する。

 サイレンを鳴らすパトカーが追従している。


 総勢数十台……いや、百を超えているのではないか。

 これだけの数が私達のためだけに出動していた。


(まったく、素晴らしい歓迎だな)


 彼らが追跡を止めない原因――銀行強盗での収穫は、オープンカーの後ろに積んであった。

 時折、紙幣が強風に連れ去られていく。

 半開きのダッシュケースからは宝石類が覗いていた。

 ジェシカの首には豪華なネックレスがかけられている。


 私はサイドミラーで警察との距離を確かめる。


「彼らも楽しんでいるようだね」


「よっぽど私達に夢中みたい。二人きりにさせてくれないのは無粋だと思うけど」


「それが仕事なんだから仕方ないさ」


 直後に銃声が響いてサイドミラーが吹き飛ぶ。

 最も近い車両から警官が発砲したらしい。


「おいおい、修理したばかりなんだがな」


 嘆息した私はハンドルを握りつつ、もう一方の手でリボルバー拳銃を構えた。

 それを後ろに向けると、引き金を絞って発砲する。


 刹那、追突しようとしてきたパトカーが横転した。

 後続に衝突されて爆発する。


 さらにもう一発撃った。

 頭上を飛んでいたヘリコプターが墜落し、パトカーに直撃して炎上する。

 あと二秒ほど遅ければ、ヘリからの狙撃で私が射殺されていたろう。


 成果を見たジェシカが顔を輝かせて喜ぶ。


「さすがダーリン! 銃の腕前は世界一ね」


「よしてくれよ。そこまで誇れるものじゃない。精々、銅メダルくらいさ」


 私は軽やかに笑いながらリボルバーを連射する。

 残り四発を撃ち切るまでに、およそ三十を超えるパトカーを破壊できた。


(悪くないスコアだ)


 私は片手で運転し続けながらリロードを行う。

 揺れのせいで手間取ったが四秒で完了した。

 そのまま撃とうとしたところで、愛しのジェシカの変調に気付く。


 彼女は自分の身体を抱いて震えていた。

 何かを懸命に我慢している。


 原因を察した私は、リボルバーを置いて彼女に尋ねた。


「君も歓迎してあげるかい」


「いいの?」


「ああ、遠慮せずにやるといい」


 私がそう言うと、ジェシカは美しい笑みを湛える。

 そして後ろの席にあった鉈を引っ掴むと、助手席から飛び出した。


「キャハハハッ!」


 ジェシカが軽々と跳躍し、追跡してくるパトカーの一台に着地した。

 衝撃でフロントガラスを粉砕しつつ、驚く警官に向かって鉈を叩き込む。

 悲鳴もなく、二つの生首が宙を舞った。


「キャハッ」


 ジェシカは蛇行するパトカーから別のパトカーへと跳び移り、同じ要領で犠牲者を増やした。

 その繰り返しによって彼女は次々と警官を抹殺していく。

 銃弾が飛び交う中、彼女は優雅に踊り狂っていた。

 やがて晴れ晴れとした様子で助手席に帰還する。


「おかえり。鮮やかな動きだったね」


「でも服が汚れてしまったわ」


「返り血に染まった君も美しいよ」


「もう、ダーリンったら口が上手いんだから」


 ジェシカが照れ臭そうに抱き付いてくる。

 温かい血の感触が伝わってきた。


 私は一瞬だけ視線を落とす。

 ジェシカの脇腹に穴が開いている。

 そこから鮮血が流れ出してシートを汚していた。


 攻撃の最中に被弾したのだろう。

 普段なら絶対にありえないことである。

 それが彼女の疲労を表していた。

 ジェシカが表情を変えないので、私も触れないでおく。


 前方にY字の分岐路が見えてきた。

 左方だけに立ち入り禁止のスタンドが並べられている。

 私はハンドルを切って道のルートを進もうとする。


 その時、車体の下で爆発が起きた。

 浮き上がるような感覚と共にオープンカーが蛇行する。


「おっと」


 私はすぐにハンドルを旋回させて、傾きかけた車体を戻した。

 その代償として、オープンカーは意図せず左方へ寄り、スタンドを薙ぎ倒してその先へと進んでしまった。


 私はハンドルを叩いて呟く。


爆弾魔ボマーか……」


「本当に空気の読めない男ね」


「彼はわざと読まないから厄介なんだ」


 今の爆発は、道路に仕掛けられた地雷の仕業だろう。

 目視では気付けなかったので、特殊なコーティングで目立たないように設置されていたのだと思う。


 私はひび割れたメーターを確認する。

 ガソリンが尽きかけていた。

 おまけに車体側面からは黒煙が噴き上がり、エンジンの音も怪しい。

 おそらく後輪も破損しているだろう。


 私は後ろを振り向く。

 パトカーの大群は追跡を諦める気配がなかった。


(ここらが潮時か)


 我々は窮地に追いやられていた。

 いや、正直に言おう。

 もう詰みの状態である。


 早い話がやりすぎた。

 七年にも渡る強盗旅行で、我々は無力な警察を嘲笑ってきた。


 結果、彼らもついに本気を出したのである。

 端的に述べると、非合法な手段だろうと行使してくるようになった。


 その筆頭が、逃走経路に張られた殺人トラップだろう。

 警察や政府の特殊部隊にそこまで用意周到なことはできないので、その道のプロに依頼下したに違いない。


 先ほどの地雷なんて分かりやすい例だった。

 こちらの動向をしっかりと予測している証拠である。

 ただの警察ではあそこまで上手くやれない。


 最近は休息する暇もなかった。

 追跡を撒いて付近の街で潜伏しようとすると、どこからともなくミサイルが撃ち込まれるのだ。

 第三者に深刻な被害が出ようとお構いなしだ。

 明らかに常軌を逸した行動だが、それだけ彼らも真剣なのだろう。


 おかげで無様な逃走生活を余儀なくされている。

 最後に実行した強盗からちょうど一週間が経過していた。

 我々は知らず知らずのうちにボーダーラインを越えてしまったのだった。


 ジェシカも元気な姿を装っているが、内心では破滅を予感しているに違いなかった。


(ここを乗り切ったとしても、新たな刺客がやってくるだろう)


 ある種の諦念を抱いていると、前方に崖が見えてきた。

 避けるための道はない。

 正確には急カーブがあるのだが、その先の道路が木材で封鎖されている。


 背後には相変わらずパトカーが大挙して押し寄せてきていた。

 呑気に引き返すこともできない。

 つまり突き進むしかなかった。


 逮捕なんて情けない真似はしたくないし、向こうも我々を生かすつもりはないだろう。

 後方からシャワーのように飛来する弾丸がそれを主張していた。


「どこか行きたい国はあるかい?」


 私は唐突に質問する。

 叶えられないと知りながら尋ねたことに罪悪感を覚えた。


 ジェシカは私に寄りかかりながら答える。


「あなたと一緒ならどんな場所でも満足よ」


「奇遇だね。僕も同じ意見さ」


 私は優しく微笑みかける。


 右肩に凄まじい衝撃が走った。

 抉れて肉と骨が露出し、フロントガラスに残片が飛び散っている。

 どうやら狙撃されたようだ。


「まったく……」


 私はため息を洩らして、痛む肩を無視してリボルバーを持ち上げる。

 そして、真後ろに向けて発砲した。

 また何台かのパトカーがクラッシュする。


「ダーリン……」


「やれやれ、格好が付かないな」


 私は心配そうなジェシカを見て自嘲する。


 崖はもう目前まで迫っていた。

 ブレーキを踏んでも絶対に間に合わない。

 パトカーは後方で急停止してぶつかり合っていた。


 私はそこにリボルバーを連射する。

 爆炎の連鎖に伴って、阿鼻叫喚の大騒ぎとなった。


 彼らは私達の最期を見届けることができる。

 相当に価値のあるシーンだ。

 それに見合うだけのものを支払ってもらわねば割に合わない。


「そういえば、君とは結婚していなかったな」


「いきなりどうしたのよ」


「ふと思っただけさ。特に意味なんてない」


「何よそれ」


 ジェシカがくすりと笑う。


 私達の関係を端的に言い表すなら、きっと恋人だろう。

 不思議と結婚するといった発想はなかった。

 常に最大の幸福を感じていたので、わざわざ婚約する必要がなかったからか。


「もし生まれ変わったら、その時は夫婦になろうじゃないか」


「突然のプロポーズね」


「この際だから言っておこうと思ったんだ」


 私がウインクすると、ジェシカは疑問を口にした。


「来世なんてあるのかしら」


「どうだろうな」


 生まれ変わりがあるとしても、それは善人だけの特権ではないか。

 少なくとも我々は地獄行きだろう。

 無論、それを口に出すほど野暮ではない。


 車体の下で再び爆発が起きた。

 ここにも地雷が仕掛けられていたらしい。

 念入りなことだ。


 二度の爆破により、オープンカーは制御不能に陥った。

 車体後部が炎上したまま、錆びたガードレールを突き破って崖から飛び出す。

 オープンカーは重力に従って落下を始めた。

 荒れ狂う海面が急速に迫る。


 私はジェシカの顔に手を添えた。

 その姿を目に焼き付けるように見つめる。


「――愛している」


「私もよ」


 そっと互いの唇を合わせる。


 直後に爆発音が轟いて、私の意識は闇に沈んだ。




 ◆




 式場で聖女レアナの姿を目にした途端、私の人生は一変した。


 より正確に言うなら、落ちこぼれの召喚術師ノドル・ホーエンの人格が消滅し、前世であるフレッド・タヴィソンの人格が蘇った。

 押し退けるようにして現れた"私"は、両者の記憶を照らし合わせて状況を把握する。


 ここは結婚式場で私は出席者の一人である。

 確か知人の代理としてやって来たのだったか。

 つまり無関係な人間というわけだが、今となってはそうでもないことが分かる。


 フレッド・タヴィソンの視点から考えた場合、ここはどうやら異世界らしい。

 カーチェイスの末に死んだ私は、別次元の世界で新たな人生を歩み出したのだ。

 信じられないことだが、現実として起きているのだから否定もできない。


 本来は記憶なんて残っていないだろうに、どういった不具合なのか、私は人格も含めて保持されている。

 そしてめでたく眠りから覚めたわけだ。


 ノドル・ホーエンはもうすぐで二十一歳の誕生日を迎えるところだった。

 彼は待ち遠しく思っていたようだが、残念ながら死んでしまった。

 自らの誕生日を祝うことはもうない。

 この肉体は私が引き継いで、ありがたく使わせてもらおうと思う。


 前世の人格と記憶を取り戻した私だが、そのきっかけは明白だ。

 聖女レアナを目撃したからである。


 彼女は今、教会の中央を進んでいた。

 純白の衣服に美しい横顔。

 どこか憂いを含んだ眼差しも魅力的である。


 彼女の隣を歩く男がいるが、生憎と興味がないので意識からシャットアウトする。


 それよりも聖女だ。

 姿の雰囲気も違うが、私は確信していた。


(彼女こそジェシカだ)


 聖女を目にした瞬間に私は覚醒した。

 何か惹かれるものがあったのだろう。

 まるで落雷に打たれたようなショックだった。

 私をこれほどまでに振り回す存在は、一人しかいなかった。


(奇跡なんて信じない主義だったが、考え直した方が良さそうだ)


 細かいことはどうでもいい。

 大切なことは、もう既に理解している。


 長椅子に座る私は、震える手を凝視する。

 込み上げる歓喜が抑えられない。


 仕方のないことだ。

 別れた恋人と再び出会うことができたのだから。

 これほど嬉しいことはあるまい。


「まさしく運命だな。素晴らしい」


 私は耐え切れずに立ち上がった。

 中央の絨毯を踏み締めながらジェシカに近付いていく。


 その途中、出席者らしき老人が私の裾を掴んできた。


「き、君! どうしたのだね。今は挙式の最中だから静かに――」


「少し黙ってくれるかな」


 私は老人を押し退けると、笑顔になって歩みを再開させた。


「ジェシカ、会いに来たよ。こんな下らない式は中止にして、二人で愛し合おうじゃないか」


 私の声が教会内に反響する。

 出席者達が騒々しくなり、こちらに奇異の視線を向けてくる者が続出した。


「何だあいつは?」


「聖女様を狙っているぞ!」


「衛兵、止めろ!」


 私の進路を遮るように、鎧姿の兵士が進み出てきた。

 合わせて三人だ。

 周囲にも別の兵士が立ち並んでおり、いつでも加勢に入れる位置だった。


 兵士達に隠れてジェシカが見えなくなった。

 だから私は苛立ちを隠さずに尋ねる。


「何だね」


「ここから出ていけ。貴様みたいな不届き者のいる場所ではない」


「ふむ。では抵抗させてもらおう」


 私は不敵に笑って片手を持ち上げた。

 指を曲げて、何かを握るような形を作る。


(方法は分かっていた)


 ノドル・ホーエンの遺した記憶と経験がある。

 彼は生粋の落ちこぼれだが、知識だけはしっかりと蓄えていた。


 私は体内の魔力を操作し、術式を構成する。

 世界の法則が歪み、私の手の中に異物が現出した。


 ――それは、一挺の古めかしいリボルバー拳銃だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] いつもはヤバイのが一人なところを今回はカップルで両方ともヤバイ。 楽しみにしています。 [気になる点] 爆弾魔って『爆弾作成EX』を手に入れた彼ですか?
[良い点] 『ボニー&クライド』ならぬ、『フレッド&ジェシカ』!! これはまた、不謹慎ながらも面白そうなアンチヒーローものになりそうで楽しみです。 (実在のボニー&クライドは強盗殺人を繰り返した凶…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ