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「明日晴れるといいな。」
車椅子の上で妹が言った。
私が立てた降雨計画によると明日は雨で明後日は曇りである。
ずっとずっと以前妹はこの時と同じ状況、同じ感情をもって「明日雨が降るといいな」と言ったのだが。あの時とは車椅子のメーカーが違ったのか、あるいは頭上を流れる雲の形が違っていたのが影響したのかも知れず、違う意見を述べたのだった。
私は妹の隣で微笑むと、降雨計画の見直しを進めながら、妹と同じ世界にいて傍らに立ち、遠くを眺めている自分を夢に見た。
例えば、私の創り出したこの世界の事象は目に映るもの耳に聞こえるもの味わうもの触れるもの、香り立つもの、五感で感じ取るものとそれら各々を俯瞰して見るものがもたらす様々な徴の総体として生じている。私がそのように創ったのだから確かなことだ。
一方で、それら全てを覆して私は妹の望みを叶えることに奔走している。私は神かと言われれば厳密には違うのだが、何者かと言われれば、少なくともこの世界においては何者でもない。
しかしながら、それとは別に私には可能なことがあまりにも多かった。
加えて今日は17日の土曜日だ。だから明日は晴れる。妹の望み通りに。
多くの者どもが当てにする天気予報は外れ。私の仕事は大幅に狂うことになるだろう。
結果、外に持ち出された塗れていない傘は大量に置き忘れられるであろうし、何人かは相合い傘をしそびれ、あるいは雨宿りをしそびれ、出会いの機会を失うだろう。しかし私はそんなことに構っている余裕はなかった。雨が降ると3周前に私の創った神原中央公園と言う公園は見所のある場所になる。公園の中央にあるオプジェのような傘立ては置き傘の数が多ければ多いほど芸術的に華やいで見え、一層目立つ形状に変形するのだ。だから妹は雨が降って欲しいと言ったに違いない。
そう確信したところで、世界の応答を待つ。
遠く眼下を見渡すと泥濘の上に刻まれたスタックタイヤの跡が血の轍に見えた。
妹の余命はあと13日、この子のためになるのなら何だってやってやろう。そう思ったとき世界が応えを出した。世界を取り巻く降雨計画の変更は完了された。
蝶の羽が羽ばたくような音が聴こえた気がした。この虫の呼び名はこの世界にはまだ存在しない生き物の名前だった。