第十章 それぞれの時間-15-
あんな風に嬉しくて泣いたのは、いつ振りだろうか。
エザフォスは我に返り、少し恥ずかしくなる。
だが、悪い気分ではなかった。
『なあ? エザフォス』
「ん?」
『家族とは、それほど良いものか?』
アベレスが不思議そうに尋ねてきた。
周りには誰もいない。少しなら話してもよさそうだ。
「まあ、良いことばかりじゃねぇけどな」
『そうなのか? 俺様はいつも独りでいたから、よく分からないが……良いもののように思えたぞ』
アベレスの言葉に、エザフォスはふっと笑う。
「そうだな」
暗くなり始めた空。いつまでも平和ではない。
だが、いつまでも続いてほしいと願ってしまうのは、傲慢なのだろうか。
「ああ、家族はあったけぇもなんなんだ」
エザフォスの言葉に、アベレスはなんだか納得した。
「さっ、はやく帰らねぇとな」
『おう! パンが待っている!』
「……おまえ、どんだけ好きなんだよ?」
『俺様の家族は、パンだ!』
「いや、それは違ぇと思うけどな」
『エザフォス、おまえも俺様の家族してやる、と思ったが、おまえはやっぱり相棒の方がしっくりくるな』
パンをこよなく愛する幻獣にそう言われ、エザフォスの心が満たされた。
また目頭が熱くなる。
(歳くうと涙脆くなんな)
これは、年齢のせいだ。エザフォスは照れ臭さをぐっと呑み込み、「ふんっ」と鼻を鳴らす。
「当然だ」
アベレスが笑った。
薄暗くなり始めた道を、エザフォスはアベレスと共に宿屋へ戻る道を歩いた。




