第九章 それぞれの仕事-22-
その先で、カズホを見詰めていた青の傭兵ザフィリがいた。
彼を狙った闇の植物の蔦は、彼を守るようにして展開されている毒水の障壁に阻まれ、朽ちていった。
が、そんな弱き幻獣など、ザフィリは興味がない。
それよりも――
「カズホ、君をはやく……」
口端を持ち上げ、嬉々とした感情を抑えられなかった。
危うく、あの場に赴き、弱ったカズホを追い詰めそうになるほどだった。
「やっぱり面白い男だよ、カズホ。闇を制する光までも」
ほしい。
炎も、光も、力も、体も、心も――あの男のすべてを。
ほしいと思うと同時に、壊したくなる。
「君が光れば光るほど、闇に堕ちた君は綺麗でしょうね」
ただの興味の対象だったカズホが、今ではなぜだろうか。
彼の言動を見れば見るほど、知ろうとすればするほどに、惹かれてしまう。
全く正反対の道を辿ってきた者だというのに――
青年が、とても羨ましい。
「僕も死んだふりをすれば、カズホにああしてもらえるのかな?」
『ご冗談が過ぎます』
顕現したエフィアルティス・フィズィに、ザファリが苦笑して、応える。
「浮気にも少しだけ寛容であってほしい……なんて、浮気した者の勝手なお願いだよね? 本来なら、殺されて当然の行為だと僕も思うよ」
『ええ』
人の所有物を奪う者は、何かを奪われて当然で、所有物になるという契約を破る者は、恐ろしい苦痛を伴う罰を受けなければならない。
ザフィリは、目の前で冷酷で残虐な行為を数日受け続け、人とは思えない耳障りな悲鳴と暴言を発し死んでいった母を思い出した。
『わたくしは、今すぐにでも、あの男の喉元を食い千切りたいですわ。あなたの心を惑わす、あの忌々しい男……』
青い宝石のような眼が、ぎらりと鈍く光る。チロチロと出る舌が、カズホの呼吸と体温を捉えていた。
彼女の能力は、ザフィリにも伝わり、彼は己の体をゆっくりと抱く。エフィアルティスの感情は、ザフィリのものでもある。温かな血潮を、もっと感じたくなる。
(カズホ、あなたを必ず手に入れてみせます)
手に入れれば――この欲は満たされるのだろうか。
はやく。はやく――まだ、まだもう少し。
逸る気持ちを抑え、欲を今は振り切るように、ザフィリは現実に背を向けた。
「行こう、エフィ」
踵を返すザフィリに、大蛇は従う。
彼が先を行こうと、それは変わらない。
この先も、ザフィリという男がこの世界から消えない限り。
ずっと――永久に。
毒水は絶えず、ザフィリを侵し続ける。