第二章 傭兵と魔法-7-
次の町が見えてきたのは、度重なる戦いで疲れ果てた頃合いだった。
陽はまだ高く、少しでも早く落ち着きたかった。
荒野の国エリミヤの台所と言われる街サリア。商業と、エミリアでは珍しく水で大きく栄えた地域だ。かつては、首都イーリヤを超すほどの賑やかで華やいだ街だったらしい。だが、厳しい日照りと、水を巡った紛争に幾度となく巻き込まれ、かつてほどの栄光はないものの、住人や商人を潤し、旅人を癒す土地には間違いない。
カズホは、そんな街の情報をミーシャに聞きながら、検問所を抜けた。
検問所では、職業、滞在期間を訊かれ、荷物を調べられる。剣は職業柄必要であることを説明し、他者に振るわないと誓約書にサインした。日本でいう県境になるようだが、この国では街や村に入る度にこういった検問所を通らなければならない。それぞれの地域が離れ、ほぼ独立し、盗賊や密偵といった行為をする輩が増えてしまっているからだそうだ。
ふと湧いたような人間のカズホも、この国での職業をもらっていた。
「俺も傭兵でいいのか?」
「じゃあ、盗賊にしておく?」
「それじゃ街に入れないだろ」
「まあね」
横目に睨めば、ミーシャはペロッと舌を出して、肩を竦めて答えた。
(いちいちそんな可愛くしなくても……って、俺……何思ってんだ? 十歳以上は年下だぞ、ミーシャは)
「どしたの?」
変な意識を振り払うように視線を逸らすカズホに、ミーシャは小首を傾げていた。
「いや、なんでも」
「怒らせちゃったのかと思った」
思ってもいなさそうなことを、さりと言ったミーシャは、自分の身分証明書でもある傭兵資格の捺印が入った小さな板切れを鞄にしまった。
ミーシャから絶対に失くさないようにと念を押されたそれを、カズホも大切に鞄の底にしまう。
首都イーリアで、カズホは傭兵の資格をもらった。ミーシャの口添えがあったのも大きかった。
そして何より赤い竜の痣が、カズホの腕にくっきりと残っていたことが、役所の人間を納得させたのだった。
居心地の悪さを若干感じているカズホの心情を察してか、ミーシャが言う。
「傭兵になるには、やっぱそれなりに訓練して、実績がなきゃダメなんだけどね。カズホは特別」
特別。その言葉に、カズホはむず痒さを感じた。
今まで自分を特別と言ってくれた人がいただろうか。
答えは、ノーだ。
高校生の頃、はじめて彼女ができた時も、互いに好きと言ったのは告白の時だけだった。その後も、好きな人はできたが、特別な存在と互いに言い合うことはなかった。両親だって、確かに特別な存在なのかもしれないが、言葉としてもらったことはないし、自分も言ったことはない。
照れ臭さがありつつ、でもやっぱり嬉しさが増さった。