第九章 それぞれの仕事-12-
それは、昼間にどんよりと暗かった青年だった。
『カズホ、放っておけ。疲れるだけだ』
「でも、なんかなぁ」
座り込むその姿は、夜よりも暗いように思う。
(あれから、上手くいなかいのか?)
やはり、どうしてか放っておけなくて、カズホは青年に歩み寄った。
『全く、世話のかかる宿主が、他人の世話など』
ルベルが呆れていたが、カズホは気にしなかった。
「こんばんは」
カズホが声をかければ、青年は重々しく頭を上げる。若干雰囲気は後輩の及川に似ている気もした、この国の住人にしては髪の色は薄い茶で、ふわりとした髪質のようだ。曲のある前髪から覗くその表情は、やはり暗い。薄茶色の目にも光がなく、疲れて切っていた。
「誰だ? あんた……」
声のトーンも、このままでは死んでしまうのではないかと思ってしまうくらいだ。
「あ、その……」
声をかけたのはいいが、その後のことを考えていなかった。
『ほぉら、放っておけば良かった』
ルベルが様はないという風に呆れた。
(うるさいな!)
いちいち茶々を入れるルベルを一喝し、カズホは青年に手を出す。
「俺は、カズホって言うんだ。よかったら、少し、話をしないかと思って」
そう、少しだけ話を聞いてやるくらいならできる。
カズホの差し出した手を、青年はただじっと見詰めるだけだった。
「なぁ?」
「……名乗られても、知らない奴には変わりない。あっちへ行ってくれ」
突っ撥ねられ、動けずにいるカズホに、青年は苛立った。
「おまえが行かないなら、俺がどっか行くさ」
「あっ、ちょっと待って……俺も、傭兵なんだ」
立ち上がり、カズホに背を向けた青年に、慌ててそう告げた。
「昼間、君を役所の二階で見てさ。何か力になれることはないかって……」
「ないよ。傭兵なら尚更……同業者に手を貸すなんて、ふざけてる」
「ふざけてないさ。君が失敗続きで、落ち込んでるって、ルイーズさんから聞いて」
「嘲笑うために、俺に手を貸す振り?」
「だから、違うって!」
思わず声を大きくしたカズホを、青年は睨みつけた。
「その行動がすでに嘲笑ってるよ! 失敗ばっかの役立たずに、何か教えてやろうっていう上から目線。まずます惨めになるだろ……放っておいてくれよ!」
青年はそう言い残して、走り去っていった。
「あっ……」
伸ばした手は、夜のはじまりを掴んだだけだった。
何が正しかったのだろう。
カズホは、大きく溜息を吐きながら首を横に振り、宿屋へと重い足を向けた。