第二章 傭兵と魔法-5-
岩の陰で、小さな傷をミーシャに診てもらう。彼女は、小さな頃から様々な知識を学び、技術を習得していた。応急処置もそのひとつだ。彼女のおかげで、今のところ傷痕は残っていない。
「ほんと、手際が良いな」
「あたしは、あなたの呑み込みの速さに驚いてる。はいっ終わり」
「ってぇ⁉」
パシッと叩かれた痛みが強く、カズホは悲鳴を上げた。
それに、ミーシャがクスクスと愉快そうに笑う。恐らく、彼女はドSだ。
カズホは少し涙目になりながら、叩かれた傷痕を擦る。が、負った傷はすでに痛みはなかった。ミーシャが軽く回復の魔法をかけてくれたようだ。
ミーシャの扱う風の魔法と、カズホがまだ見たことのない水属性は、傷ついた者を癒す能力もある。
カズホの属性は火。攻撃が専門の属性だそうだ。
「本当に前戦ったことない?」
「ないよ。まあ、ある意味戦いだったのかもしれないけどさ」
そう、実際仕事は戦いのようなものだった。
背広に着替え、通勤ラッシュから始まる朝。あの乗車率百パーセントを軽く超える電車に押し乗り、へとへとになりながら出勤する。そこから、半日近く独り黙々とパソコン画面を凝視しながら仕事し、個人戦かと思いきや、自分や誰かのミスは連帯責任。残業はあまりしない方だが、それでも一人暮らしの部屋に帰れば、即寝入る生活だ。次の日も、また次の日も、月曜から金曜は変わらずにそれを続ける。土日は、時々気の合う友人と飲みに行くが、ほぼ寝て終わっていた。
刺激は確かにあまりなかったが、毎日精一杯やるだけのことはやっていたと思う。
それ以上のことを、今自分がしていることが、カズホには未だに不思議だった。
「元々センスがあったのかもね」
ミーシャが微笑む。
その笑みが可愛くて、カズホはドキッとした。誤魔化すように首を横に振る。
「センスはないよ。歳からしてもうおっさんだし、運動してないから体力はないし」
「そんなことない。だって、もうこの辺りのサラマンダーには楽に勝てるじゃない。あいつら、結構強いよ。手練れの剣士や傭兵も、油断しているとあの世逝き」
さらりと怖いことを言うミーシャに、カズホの頬は引き攣ってしまった。
「だから、カズホはセンスが良いんだよ。それに」
ミーシャは、カズホの腕にある消えない痣を見た。
「赤いドラゴン……ルベル・インバニア。聞いた話だけど、人間に力を貸してくれるような生易しい存在じゃない」
「えっ? そうなの?」
カズホが驚くと、ミーシャも同じように驚いた。が、すぐに肩を落とす。
「ま、仕方ないか。また道すがら教えてあげる」
ミーシャが立ち上がる。それが、出発の合図だ。
「とりあえず、このシッキタース街道を抜けましょ」
整備はされておらず、砂と岩だけのこの場所が街道というのも、カズホには信じられなかったが、エリミヤではこれが通常らしい。
慣れた調子で歩き出すミーシャの後を、カズホは彼女からもらった剣を大事に携え直し、華奢な背を追いかけた。