第八章 西に出者
役所に再び訪れれば、ルイーズはいつも通り傭兵の仕事紹介の受付をしていた。
長がこんなところで仕事をしているとは、誰も思わないだろう。
カズホと同じ新人らしい傭兵に、一見陰湿そうで淡々とだが、親身になっている姿は、本当にこの仕事が好きなのだと伝わってくるようだった。受付を離れる際、新人傭兵は「ありがとうございます!」と元気良く礼を言って、その場を去っていった。
三人もその新人を見送った後、ルイーズに歩み寄る。
「ルイーズさん」
「ああ、お三方。結論は出ましたか?」
「仕事をやります」
カズホの言葉に、ルイーズはまた重い瞼を大きく持ち上げ、礼をした。
「あなた方に、エリミヤの神の祝福があらんことを」
正式に仕事を受け、三人は西の街道へと向かっていた。
ふと、カズホは疑問に思った。
「そういえば、ここ神様って、何?」
「何って、おまえ、神サマって奴は神だろ?」
「エリミヤの?」
どう訊いていいのかも、確かに分からなかった。が、神という存在を、誰かの口から聞くことははじめてだった。
(俺も普段口にはしないけどさ)
日本では神頼みといった言葉もあるし、神棚がある家もある。神社仏閣や教会も思えば身近だ。無宗教と言われる国ではあるが、様々な宗教もある。それこそ神や仏を名乗った怪しいものまであるが、それでも救われたい者は頼りにしている。
だが、この国ではそういったものを見ていない。
さっきルイーズが『エリミヤの神』と言ったが、祀っている箇所もなかったように思ったのだ。
「エリミヤの神は、今はもう廃れてしまった神話よ」
「神話?」
ミーシャも肩竦めて、どう答えようかと考えている風だった。
「今のエリミヤでは神を祀る習慣はないわ」
「えっ? そうなの? 何かで見たことがあるけど、紛争や自然災害が多い地域こそ、神や宗教に縋ることが多いって……」
「宗教はあるけど、みんな人ね。神として崇められる存在はいないのよ」
「神が助けてくれねぇことを、この国のもんは知り過ぎてしまったんだな」
「神はただそこに存在する。エリミヤの神もまた。ご加護は、まじないみたいなものね」
冷めた感じのミーシャに、神ですらこの国では廃れてしまうのかと思った。
人の気の持ちようと言えばそれまでなのだろうか。
「廃れた神話って、どんな話なんだ?」
「なんだ? カズホは神を信じる方か?」
「信じてるってほどじゃないけど、俺のいた世界では、何かあると神社に行ったり、神頼みしてみたり……神話もいっぱいあったからさ。大学でちょっと勉強もしたし」
「ほぉ、結構学があんだな、カズホ」
「ほんと、ちょっとだけだよ」
興味があるくらいだった。好きな人は、どっぷりと神話の世界を楽しんでいた。カズホの友人にもいた。彼から時々嫌というほど神話の魅力を聞かされ、頭がパンクしそうになったこともある。
ミーシャが思い出すように天を仰いだ。
「まあ、時間もあるし、思い出せる範囲で教える」
それは、何もない、世界という名もない時のことから始まった。