第七章 穴-3-
宿屋に戻る前に、エザフォスが武器を打ち直したいと言った。
「刃が脆くなっちまっててよ。俺も斧も、鈍っちまってたらしょうがねぇからな」
「じゃあ、路地裏にあるホロメスさんの武器屋に行きましょ。あたしもカズホも、そろそろ武器を新調したいし」
商人や旅人、買い物客で賑わう大通りと違い、路地裏は住人の日常で作られていた。時間の流れが穏やかで、屋根の上には数匹の猫が欠伸をしている。熱い陽射しと時折吹く乾いた風が、家々に渡された縄に吊るされている洗濯物を撫でていく。公園のような広場もあり、そこでは小さな子ども達が、昨日ミーシャに教えてもらったエクサルファをして遊んでいた。
ずっと戦い続きの日常に慣れ始めていたカズホだったが、剣や魔法のない生活が本来なら平和な時だと改めて感じる。
が、広場の奥にその看板は見えていた。大剣の型が彫られている鉄の板は、風にはためく洗濯物の横で、全く動じない。そこが《武器屋スミス》だ。
店の前では、貧相で頑固そうなオヤジが剣を打っていた。剣は打たれる度に火花を散らしならが、強い陽の光までも吸収しているように見えた。
「ホロメスさん、お久しぶりです」
「ん? ああ」
ホロメスは見た目だけでなく、声音もぶっきら棒だった。ミーシャの挨拶にも、短く答えるだけだった。
ちなみに、スミスはホロメスの姓でなく、他の大陸から来た武器商人から屋号としてもらったそうだ。
この国で姓のある者は、身分の高い人間に限られる。
ホロメスは、訪れた三人の客を見回し、まずエザフォスに手を差し出した。
「斧を貸しな」
「やってくれんのかい? オヤッさん、よろしく頼むぜ」
「あんたの斧次第だ」
エザフォスから斧を受け取ったホロメスは、柄を軽くそして優しく撫で、刃を天に向けた。窪んだ大きな眼が、厳しく斧を見定めている。
「……良い相棒だな」
「おぉ! オヤッさん、分かってんな! そうともよ。こいつは長年俺と共に戦ってきてな。数々の修羅場から俺を……」
「黙ってろ。気が散る」
コミュニケーション能力の高いエザフォスも、さすがにこのぶっきら棒さには敵わない、と思いきや、軽快に「わりぃわりぃ」と笑っただけだった。
(ここの人達って、ほんとマイペースだよな……些細なことは気にしないっていうか)
カズホは、呆れにも近い感動を覚えた。
「ホロメスさん、中を見させてもらうね」
ミーシャが言うと、ホロメスは「好きにしな」と斧を打ち直しながら答えた。
中はそれこそ男の夢が詰まっていた。武器にあまり興味のないカズホでも、興奮した。
「おうぁ! 何これ! カッコイイ!」
「それは最新の剣だな! いいよなぁ! この柄もまたいいんだよぉ、カズホ」
「ほんとだ! このマークいいっすね!」
「だろ? だろぉ⁉」
エザフォスは武器に詳しいようだった。単なる武器好きでもあるらしい。カズホに、あれもここがいいぞ、これはどうこう、と歓喜しながら教えてくれる。
大興奮する男二人の横で、ミーシャが呆れていた。
「もぉ~、集中して武器選べないじゃない」
「ミーシャ嬢ちゃんには、こっちがいいんじゃない?」
「おぉ! 似合う似合う!」
「……服の時もそれくらいのテンションで言ってよ。あっ、でもあっちの可愛い!」
が、結局ミーシャも武器が好きなのだ。見付けた刃の細い剣を、キラキラした表情で眺めている。
「いいな、それ。重さがなさそうだから威力は差ほどだろうが、ミーシャ嬢ちゃんの素早さを邪魔しねぇだろ」
「エザフォスさん! これは?」
「ああ、それはなぁ」