第六章 土獅子-9-
顔を真っ赤にして両手で顔を覆ったミーシャに、カズホは大声で言った。
「幻獣の、痣……!」
「えっ⁉」
ミーシャも指の隙間からそれをしっかりと見やる。
男は上着を着直しながら、話を続ける。
「おまえらのおかげで、俺は一時の猶予ってやつをもらえてよ。昨日から傭兵に戻してもらったんだ」
「戻して? じゃあ、……元傭兵だったのか?」
「今は元盗賊、だけどな」
ガハハハッと豪快に笑う男に、役所の前にいる兵士二人、しかも昨日と同じ顔触れだ、に睨まれた。
カズホが、困り顔でペコペコと頭を下げれば、渋々彼らは余所を向く。
肝心の男は気にしていないようで、カズホの肩に腕を回した。
「で、昨日の夜から腕慣らしで、夜の警備に出たんだ。そしたら、幻獣に出くわしてよ。気そいつに懐かれちまって、付けば魔法使いさ」
『懐いたわけでない! 俺様の宿主に丁度良いと思っただけだ! エザフォス』
「えぇっ⁉」
突如顕現した獅子に、ミーシャがまた仰天した。
半分透けてはいても、幻獣は幻獣。周りも一気にざわめき、兵士達も武器を構えてしまった。
「あっ、違います! 違います! えっと、ちょっと挨拶してるだけなんで、大丈夫です!」
「そうそう、こいつはアベレスって言ってな。気の良い奴なんだよ」
『なんだか解せぬ』
幻獣の声は、それを身に宿した者同士にだけ聞こえるらしく、周囲は今や逃げ惑う人々で混乱していた。
「ちょっ、ちょっと待って! とにかく、そいつの姿を消して、他所で話し……」
「役所の一室をお貸ししましょう」
ミーシャの言葉は、またも遮られた。
「ルイーズさん」
「みなさん、この方は昨夜サリアの街を守ってくださった英雄です。恐がることは何もありません。さあ、普段の生活お戻りください」
ルイーズの淡々とした口調に、狼狽していた人々が一瞬で静まり、そして徐々に己の時間へと戻っていった。
ルイーズが、役所の中へと三人を促す。その間、兵士達は敬礼していた。
それは、街を救ったという英雄の傭兵にではなく、ルイーズにしているようにも見えた。
(ルイーズさんって、もしかして、偉い人?)
それを訊く暇はなかった。