第二章 傭兵と魔法-3-
赤い火の玉を見詰めた一穂は、思わず叫ぶ。
「や、……やめろぉ! ルベル・インパニア!」
一瞬、時が止まった。
「なんだ……⁉」
『そなた、なぜ私の名を?』
「へ?」
止まっている周りに気を取られていると、一穂に語りかける者がいた。
『ほぉ? この世界の者ではないのか。だが、すでにそなた自身の世界からも外れた者……』
「そっ……それって……!」
一穂が声を大きくすれば、語りかけていたドラゴンは苦笑した。鋭い牙が見えているのに、その笑いはなぜか慈悲深いものに一穂は見えた。
『そうか、そなたはまだ……だからなのかもしれないな、私の名を知ることができたのは』
「俺は、もしかして……」
ドラゴンは、首を横に振る。
『狭間の者よ、生きていきたいか?』
一穂の鼓動が痛いほど高鳴った。
(俺は……もしかして、もう……)
『考えるな。そなたはもう分かっておるはずだ。ならば、今という時を感じてみよ』
「今?」
傷が癒えた自分の体。一穂は、両方の掌を見詰めた。
「生きてる……これからも、生きていきたい」
ドクンッ、と鼓動が跳ねる。熱いものが、一穂の体を巡る。
これは、血か。
『ククク……そなたは面白い』
ドラゴンの喉の奥が鳴った。
『しばらく見てみたい。そなたの目で、この世界を見させてもらおう』
「え?」
ドラゴンが一瞬にして赤い炎と化した。
「うっ……」
熱風に一穂は腕で顔を覆う。
『私を受け入れよ、異世界の者よ。さすれば、火の竜ルベル・インバニアがそなたの力になろう』
ルベルの言の葉を、一穂は信じた。
ここで、生き延びる。元の世界へ帰るために――!
「受け入れる。元の世界に、……そうだ、俺の世界に必ず帰るんだ。そのために、ルベル・インバニアの力を受け入れる!」
『名は?』
「一穂」
『カズホか。良い名だ』
炎と化したルベルの体が、一穂に向かって降りてくる。
「がぁっ! ぐぅ……!」
それは一瞬の激痛だった。体を内側から焼かれる痛みに、一穂は引き裂かれそうになったが、瞬時にそれは治まり、血潮の温もりと腕に赤い竜のような火傷だけが残る。
『だが、カズホ。覚えておくがよい。これからが、そなたにとっての真の試練だということを』
自分の体から発せられたその声に、一穂は目を閉じ応じた。
分かっている――これから、戦わなければならないことを。
あの世界とは違う。
生と死が隣り合わせである、火使いカズホとしての本当の戦いが始まる。
カズホを包んだ炎は、最後に彼の二の腕に小さな竜の痣となって、静まったのだった。